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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第三部 潜伏編

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第7話 仮の居場所

 拠点を出た。通信は切断。

 端末は最低限だけ残す。

 追跡は――来る。

 だが、今はまだ遠い。


 車内。

 静かだ。


 エンジンの低い振動だけが、足元から伝わってくる。


 隣。

 セレーナが、窓の外を見ている。


 指先が、ガラスに触れていた。


「ねぇ」


「どうして逃げるの?」


「捕まるからだ」


 短く答える。


「ねぇ、どうして捕まるとだめなの?」


「自由がなくなる」


 少しだけ、声を落とす。


「……それに、お前もだ」


 セレーナは、少しだけ首を傾げた。


「ねぇ、どうして自由がないとだめなの?」


 カイは答えない。


 言葉にすると、軽くなる。


 だから、言わない。


 視線だけが、ほんのわずかに逸れた。


 胸の奥に、鈍い痛みが残る。


 ――軽すぎる体。


 思い出さないように、前を見る。


 夜の港。


 巨大なクレーンが、黒い空に骨のような影を落としている。


 白い灯り。


 冷たい。


 コンテナが整然と並び、機械音だけが低く響く。


 人の気配はある。


 だが、関わらない。


 セレーナは歩きながら、時折足を止める。


 見上げる。


 触れる。


 確かめるように。


「ねぇ、あれなに?」


「クレーンだ」


「ねぇ……」


 続きかけた言葉を、途中で止める。


 少しだけ考える。


 そして、うなずく。


 理解したように。


 少し遅れて。


 コンテナの中。


 暗い。

 狭い。


 金属の匂い。


 外から、低い機械音が響く。


 カイは扉を閉める。


 光が消える。


「……ここでいい」


「怖いか」


 セレーナは、小さく首を振る。


「……だいじょうぶ」


 だが、その手は、服の裾を少しだけ掴んでいた。


 揺れ。


 わずかに。


 ロック機構が、一瞬遅れる。


 カイは気づく。


 何も言わない。


 時間が過ぎる。


 揺れ。


 静寂。


 海の上だ。


「ねぇ」


「なんだ」


「海ってなに?」


 カイは、少しだけ考える。


「……水が、多すぎる場所だ」


 セレーナは、少し考える。


 やがて、うなずく。


 到着。


 夜の港は、似ている。

 だが、違う。


 音。

 匂い。

 看板の文字。


「ねぇ、読めない」


「いい」


「読めなくても困らない」


「俺がいる」


 今は。


 倉庫。


 港の端。


 錆びたシャッター。

 割れた窓。


 だが――広い。


 カイは端末を開く。


 侵入。

 最小の改変。


 存在する会社。

 存在しない人間。


 辻褄だけを合わせる。


 ログは流れる。


 痕跡は残らない。


 灯りがつく。


 古い蛍光灯が、わずかに唸る。


 遠くで、機械音が低く響いている。


 潮の匂いと、錆びた金属の匂いが混じる。


 埃が、ゆっくりと舞う。


 セレーナは、その粒子を目で追っていた。


 カイは動く。


 配線。

 カメラ。

 センサー。


 死角を潰す。


 糸を張る。


 電源を分ける。


 通信を絞る。


 ダミーを流す。


 ――来るなら、そっちへ行け。


「なにしてるの?」


「見張りだ」


「どうして?」


「先に気づくためだ」


「遅れると?」


「終わる」


 診断。


 端末接続。


 スキャン。


 結果は正常。


 だが、視線がわずかに遅れる。


 反応が、ずれる。


 カイは、それを見ている。


「壊れてないか、な」


 セレーナは、うなずく。


 少し遅れて。


 通信。


 短く。


 旧拠点。


 ノイズ混じりの映像。


 まだ、残っている。


 だが。


 ログが触られている。


 誰かが見ている。


 まだ、来ていない。


「戻らないの?」


「戻らない」


 少しだけ間。


「……もう戻る場所じゃない」


 静寂。


「……足りないな」


「なにが?」


「全部だ」


 セレーナが、笑う。


「えへへ」


「えへへじゃない」


 ため息。


 だが、強くは言わない。


「だって、必要そうだったから」


 端末に表示される。


 残高。


 大きい。


 購入履歴。


 さらに大きい。


 最高級。


 全部。


 過剰に。


 カイは、少しだけ目を閉じる。


 怒るより先に、考える。


 ――こいつは、分かっていない。


 盗むということを。


「……全部最高ランクか」


「加減って知ってるか」


「……うん」


 少し間。


「それは“盗み”だ」


「どうして?」


「他人のものだからだ」


 セレーナは考える。


 長く。


「でも、必要そうだった」


 その言葉に、カイは少しだけ黙る。


 胸の奥が、わずかに痛む。


 否定しきれない。


 だが――違う。


「……順番がある」


「順番?」


「必要な分だけ、取る」


 少しだけ、視線を向ける。


「……次は一緒に決める」


 セレーナは、ゆっくりとうなずいた。


 夜。


 灯りは落とす。


 倉庫は、静かだ。


「ねぇ」


「なんだ」


「そこに、誰かいるよ?」


 カイは見る。


 何もない。


「……いない」


 だが。


 もう一度だけ、視線を向ける。


 確かに――違和感がある。


 空気が、わずかに揺れている。


 セレーナは、そこを見ている。


 “何もない場所”を。


 静かだ。


 だが。


 この静けさは、仮のものだ。


 そして――


 これは、嵐の前だ。

第3部が始まりました。


逃亡の先で手に入れたのは、安全ではなく“仮の居場所”。


そして、セレーナの「ねぇ、どうして?」が少しずつ増えていきます。

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