第6話 回収
計画通りだ。
ノウトは影のように施設内を進む。
カメラは沈黙し、巡回はすれ違う。
すべては、準備の通り。
だが――その静けさが、かえって耳に残る。
扉が、滑るように開いた。
音はない。
冷気だけが、外へと滲み出る。
視線が、自然と中へ引き込まれる。
白い部屋。
無機質な光が、天井から均一に降りている。
影が、ほとんど生まれない。
床も、壁も、天井も。
すべてが同じ色で塗り潰されていた。
継ぎ目すら、見えない。
白は、どこまでも均一で。
――作られた空間。
白は光を反射しているはずなのに。
どこか、吸い込まれるようだった。
部屋の中央。
円形の台座。
その上に、少女が横たわっている。
セレーナだ。
細い腕。
白い肌。
呼吸は、浅い。
無数のケーブル。
背中、首筋、こめかみ、指先。
皮膚に食い込むように接続されている。
透明なチューブの中を、淡い光が流れていた。
脈打つように。
ゆっくりと。
ノウトは、一歩だけ踏み出す。
その瞬間。
胸の奥が、強く脈打った。
――生きてる。
確認していたはずの事実が、現実になる。
視界が、わずかに揺れた。
機械音。
一定のリズム。
電子音が、かすかに鳴っている。
だが――どこかズレている。
不安定。
無理に繋ぎ止めているような音。
空気は冷たい。
無臭。
だが、わずかに薬品の気配が残っている。
そして。
その中心で。
セレーナだけが――この空間に溶け込んでいなかった。
「……セレーナ?」
声が、わずかに震える。
その瞬間。
電子音が乱れた。
波形が跳ねる。
ゆっくりと。
セレーナの瞼が、震える。
機械のリズムと、わずかにズレるように。
「……カイくん?」
ぽかん、とした表情。
ほんの少し、遅れている。
だが――笑った。
「それって……イメチェン?」
ノウトは、一瞬だけ目を閉じる。
その一言で、すべてが戻りそうになる。
だが。
切り替える。
「……あぁ。気分転換だ」
声は、かすれている。
手を伸ばす。
ケーブル。
接続部。
ロック。
解除。
引き抜く。
一本。
また一本。
機械音が乱れる。
警告音が混じる。
最低限。
生存維持だけ残す。
それ以外は、切る。
時間はかけない。
今は、これでいい。
セレーナの体が、わずかに傾く。
支える。
軽い。
軽すぎる。
指先に触れる温度が、あまりにも弱い。
腕にかかる重さが、ほとんどない。
ノウトの胸に、鈍い痛みが走る。
「待て!」
足音。
速い。
想定より早い。
警報が鳴る。
赤い光。
白の空間が、歪む。
「セレーナ、下がれ」
「いや!」
強い声。
「私は、カイくんと行くんだから!」
扉が閉じる。
強制ロック。
金属が軋む。
ノウトは舌打ちを飲み込む。
ルート変更。
最短を捨てる。
代替経路へ。
走る。
背後。
衝撃音。
追ってきている。
だが――まだ間に合う。
外へ。
夜気。
肺に入る。
冷たい。
だが、自由だ。
拠点へ戻る。
同じ場所。
同じ空間。
だが――一人ではない。
セレーナは、ノウトの袖を掴んでいる。
離れない。
端末を起動する。
コアを確認。
データの断片。
損傷。
欠落。
――幼い。
完全ではない。
だが。
壊れてはいない。
「……大丈夫だ」
修復は可能だ。
モニターに、ノイズ。
『……カイ……!』
歪んだ声。
『どこにいる……! 返答しろ……!』
エイン=バルド。
怒り。
焦り。
執着。
ノウトは、何も返さない。
通信を切る。
拠点を見渡す。
ここで、生き延びた。
だが。
ここに、留まる理由はない。
最低限の荷物だけを手に取る。
端末。
工具。
それだけでいい。
車に乗り込む。
エンジンが、低く唸る。
隣。
小さな気配。
離れない。
走り出す。
街を抜ける。
灯りが減る。
闇が広がる。
空。
星が、静かに瞬いていた。
ノウトは、前だけを見る。
セレーナは、隣で眠るように目を閉じている。
――終わらない。
これは、始まりだ。
――第2部完
第2部、ここで一区切りです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
セレーナの回収は「救出」でありながら、同時に“違和感の始まり”でもあります。
完全ではない存在。
それでも隣にいるという選択。
その先に何が待つのか――
第3部で描いていきます。
引き続き、よろしくお願いします。




