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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第二部 奪還編

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第4話 ノウト

 翌日。


 薄暗い室内。古びた端末の画面だけが、わずかに光を放っている。


 ノイズ混じりの映像。ニュースだ。


『緊急速報――』

『本日未明、研究施設にて重大な破壊行為が発生』

『複数名の死傷者を確認』


 画面が切り替わる。


 映し出されたのは――自分の顔だった。


『逃走した危険人物を指名手配』

『極めて危険なテロリストとして警戒を強めています』


 無言で見つめる。


「……そう来るか」


 驚きはない。


 だが――胸の奥が、わずかに軋んだ。


 あの場所で過ごした時間。

 セレーナと交わした言葉。


 それらすべてが、

 今、別の意味に塗り替えられていく。


 ――戻る場所は、もうない。


 画面を閉じる。


 静寂。


 自分の呼吸だけが、やけに大きく聞こえた。


 ――状況は、理解した。


 なら、次だ。


 考える。


 逃げるだけでは、いずれ詰む。


 必要なのは――新しい“形”。


 まずは、外見。


 髪を掴む。


 指先に、まだわずかに震えが残っている。


 ナイフを当てる。


 一瞬だけ――止まった。


 ふと、浮かぶ。


 「……カイくん」


 あの声。


 初めて「おはよう」と言われた、あの朝。


 何でもないはずの一言が、なぜか胸に残っている。


 この顔も、この髪も。


 セレーナが見ていた「自分」だ。


 だが。


 ゆっくりと息を吐く。


 迷いを押し殺すように、刃を引いた。


 ざくり、と鈍い音。


 床に落ちる髪。


 もう一度。

 もう一度。


 短く。

 乱雑に。


 鏡に映る自分は、少しずつ輪郭を失っていく。


 ――これでいい。


 手持ちの薬剤を開ける。


 鼻を刺す、安い化学臭。


 それを無造作に髪へと塗り込む。


 色が沈む。


 印象が消えていく。


 服も変える。


 どこにでもあるもの。

 誰の記憶にも残らない色。


 ――別人になる。


 そうしなければ、生き残れない。


 次は、身分。


 これがなければ、どこにも入れない。

 どこにも存在できない。


 端末を起動する。


 低く唸る冷却ファンの音。


 指が走る。侵入し、改ざんし、登録していく。


 だが――その動きは、以前とは違っていた。


 迷いがない。


 躊躇も、倫理も、今は必要ない。


 戸籍。

 履歴。

 記録。


 すべてを“作る”。


 数時間後。


 画面に表示される、新しい名前。


 ――ノウト。


 視線が、その文字に止まる。


 ノックアウト。


 すべてを失い、

 ゼロになった自分。


 その言葉が、妙にしっくりときた。


「……これでいい」


 呟いた声は、思っていたよりも静かだった。

 だが、胸の奥には冷たい決意が確かにあった。


 そこにいるのは、もう“カイ”ではない。


 その名前を口にすることは、もうない。


 街の外れへ向かう。


 人の流れが途切れる場所。


 忘れられたような建物。


 崩れかけた外壁。


 だが――内部は違う。


 壁の奥に、まだ配線が残っている。


 埃の匂い。

 乾いた空気。


「……使える」


 外からは見えない空間。


 隠れるには十分。

 作業もできる。


 ここに決めた。


 次は、資金。


 この場所を維持するにも、動くにも、金は要る。


 端末を起動する。


 侵入する先は、厳選する。


 監視の薄い層だけ。


 ログを分断し、履歴をずらす。


 痕跡は残さない。


 大きくは取らない。


 気づかれない範囲で。


 何度も。

 分けて。


 静かに蓄える。


 ふと、手が止まる。


 誰かに見られているような感覚。


 振り返る。


 当然、誰もいない。


 だが――その錯覚だけが、消えない。


「……気にするな」


 小さく呟き、作業に戻る。

 背後に視線を感じたまま、それでも指だけは止めない。


「……十分だ」


 これで、時間は稼げる。


 機材を集める。


 店を変え、時間をずらしながら、

 新品は避けて中古品を少しずつ集めていく。


 端末、配線、工具、電源。


 街を渡り歩き、断片を拾い集める。


 それらを繋ぎ合わせていく。


 ――一つの環境を、組み上げる。


 電源を入れる。


 黒い画面に、わずかな光。


 ――起動。


 その瞬間。


 意図していないプロセスが走る。


 止めない。


 記録の断片。

 失われた設計。

 分断されたデータ。


 それらが、ゆっくりと繋がり始める。


 何かが――再構築されていく。


 どこかで見たことのないコードが、わずかに混じる。


 カイは、それを見ている。


 止める理由はない。


 通信を絞る。


 低帯域。

 断続。


 検知されないように。


 慎重に。


 だが、確実に。


 目的は一つ。


 セレーナ。


 バックドアを叩く。


 一度。


 二度。


 三度。


 反応はない。


 それでも。


 やめない。


 何度も。

 何度も。


 ――そして。


 微弱な信号。


 画面に、わずかな揺らぎ。


 ノイズの中に、わずかな規則が混じる。


 まるで、応えるように。


「……生きてる」


 息が、ほどける。


 胸の奥に残っていた何かが、少しだけ軽くなる。


 完全ではない。


 だが。


 確かに、そこにいる。


 それだけで、十分だった。


 時間の感覚が、曖昧になる。


 数日。

 あるいは、数週間。


 だが――変わっていた。


 動きが、軽い。


 迷いがない。


 研究者ではない。


 生き延びる側の動きだ。


 静寂。


 拠点の中。


 外の音は、ほとんど届かない。


 椅子に腰を下ろす。


 ゆっくりと、息を吐く。


「……ようやく、か」


 初めて。


 ほんのわずかだが――


 安定と呼べるものが、そこにあった。


 視線を落とす。


 セレーナのデータ。


 微弱な波形。


 消えてはいない。


「……待っていてくれ」


 その声は、静かだった。


 だが――確かに、前を向いていた。


 モニターの光が、暗闇を照らす。


 その中で。


 彼の目だけが――まだ、消えていなかった。


第3話・第4話と一気に書き上げました。


 ここまでで一区切りですが、カイ――ノウトの物語はまだ始まったばかりです。


 ここからどう動くのか、自分でも楽しみなところです。


 また少しずつ続きを書いていこうと思いますので、お付き合いいただければ嬉しいです。

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