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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第八部 アメリカ編

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第22話 到達

 塔からの脱出の後。


 大阪を離れた二人は、隣の神戸へと移動していた。


 夜。


 空気は重い。


 それだけで十分だった。


「……重い」


「疲れてるだけだろ」


「……違う」


 視線が、自然と前に引かれる。


 胸の奥で、何かがわずかに軋んだ。


「……変だね」


「何がだ?」


「……全部」


 ◇


 路地の角、消えかけたディスプレイが一瞬だけ光る。


『昨夜の施設崩壊——』


 そこで映像は途切れた。


 セレーナの視線が、わずかに止まる。


 カイは何も言わず、歩みを止めない。


 セレーナも、すぐに視線を外した。


 ◇


 調査は静かに、しかし確実に進む。


 ログを追う。


 数値のズレが、わずかに重なる。

 規則性がある。

 その並びが、胸の奥で“同じ形”として引っかかった。


 断片だったものが、ゆっくりと形を持ちはじめる。


 セレーナの中で、それは“線”として認識された。


「……ここだ」


 セレーナが座標を示す。


「……アメリカか」


 カイの声で空気が変わる。


「……この座標」


 指が止まる。


「私が……いた場所」


 沈黙。だが十分だった。過去と現在が一本に繋がる。


 ◇


 準備は短く、要点だけ。


 装備確認。バックアップ。移動手段の確保。


「……カイ君」


「ん?」


「……今回の件……」


「行くしかないだろ」


 即答。


「……怖い?」


 わずかな間。


「……少し」


「なら、俺が前に出る」


「……うん」


 ◇


 神戸港。


 港の外れ。


 照明の届かない影の中で、カイは足を止めた。


 壁にもたれかかる男が一人。


 無精髭、くたびれたジャケット。目だけが、妙に鋭い。


「……持ってきたか」


 短い声。


 カイは無言で封筒を差し出す。


 男は中身も確認せず、ポケットに押し込んだ。


「コンテナは三番だ。中で大人しくしてろ」


「……ああ」


 それだけのやり取り。


 男は興味を失ったように視線を外した。


 セレーナは、その一連の動きを黙って見ていた。


「……合法じゃないんだね」


「今さらだろ」


 カイはそれだけ言って歩き出す。


 セレーナは一拍だけ遅れて、その背中を追った。


 ここから先は——戻れない。


 そんな感覚が、はっきりと形を持ちはじめていた。


 ◇


 夜の海は、黒く沈んでいる。


 大型貨物船の影が、水面に揺れていた。


 人の気配は少ない。

 ただ、金属音とエンジンの低い唸りだけが、空間を満たしている。


 コンテナの列の間を、二つの影が進む。


「……これで行けるのか?」


「問題ない」


 セレーナは短く答える。


 すでにルートは確保してある。

 認証も、監視も、すべて通過可能。


 ただ一つ。


 理由だけが、曖昧だった。


 なぜここに向かうのか。

 なぜ呼ばれているのか。


 その答えは、まだ出ていない。


 ◇


 コンテナの内部は、狭く、暗い。


 金属の匂いが、鼻に残る。


 わずかな振動が、身体に伝わる。


 扉が閉まる。


 外の音が、ゆっくりと消えていく。


 完全な遮断。


 空気が、少しだけ重くなったように感じられた。


 カイはすぐに動いた。


 バックパックを開き、最低限の装備を並べる。弾倉の残数、ナイフの固定、簡易通信機の電源確認。動きに無駄はない。


 「到着後、三分で降りる。迷うな」


 「うん」


 短い確認。


 セレーナは壁にもたれ、静かに目を閉じる。


 ——自己診断、開始。


 内部温度、正常。

 駆動系、誤差許容内。

 記憶領域、断片化なし。


 だが——


 数値に現れない“揺らぎ”が、微かに残る。


 (……違和感)


 言葉にできない何かが、内部に滞留している。


 セレーナは、ゆっくりと息を吐いた。


 診断を終了する。


 数値は正常。

 それでも——完全ではない。


 カイは横目で見て、短く言う。


「異常が出たら切り替えろ。深追いするな」


「……さっきの“嫌な感じ”も?」


 一瞬の間。


「それも含めてだ」


「……了解」


 セレーナは、目を閉じた。


 その瞬間——


 何かが、引っかかる。


 ノイズではない。

 データでもない。


 もっと曖昧で、説明のつかないもの。


「……セレーナ?」


 カイの声。


 セレーナは、ゆっくりと目を開けた。


「……ううん」


 そして、ほんの少しだけ間を置いて——


「……ここ……嫌な感じがする」


 それは、初めての言葉だった。


 論理でも、解析でもない。


 ただの感覚。


 カイは一瞬だけ眉をひそめた。


「……なら、近いな」


 それだけ言って、視線を前に戻す。


 ◇


 時間の感覚が曖昧になる。


 振動。

 停止。

 再始動。


 それらが繰り返される中で、セレーナは静かに座っていた。


 何も考えていないわけではない。


 ただ、思考がどこにも定着しない。


 すべてが、流れていく。


 過去も。

 現在も。

 そして——


 まだ見ぬ何かも。


 ◇


 やがて。


 コンテナが開く。


 白い光が差し込んだ。


 空気が変わる。


 温度。

 匂い。

 音。


 すべてが、微妙に違う。


 セレーナは、ゆっくりと外に出た。


 足が、地面に触れる。


 その瞬間。


 確信が生まれる。


 ここは——


 戻ってきた場所。


 逃げられない場所。


 そして——


 終わらせる場所。


 カイが隣に立つ。


 短く息を吐いて、前を見た。


「……着いたな」


 その一言で、すべてが切り替わる。


 セレーナは、わずかに頷いた。


 そして——


 何も言わなかった。


 夜の空気が、静かに流れている。


 誰も、その先を知らないまま。


 セレーナは、一歩踏み出した。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし面白いと感じていただけたら、

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今後ともよろしくお願いいたします。

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