第18話:決断
営業所の脇。
半壊した壁の影に、白いバンが一台。
鍵は――ない。
「……いけるか」
「……うん」
セレーナが手をかざす。
――がちゃ。
ロックが外れ、エンジンが静かに目を覚ます。
カイは一瞬だけ目を見開き、すぐに表情を戻す。
「……乗るぞ」
ドアを引き、滑り込む。アクセル。
バンは音もなく走り出す。
(今は使う。それだけでいい)
車内。
エンジンの振動だけが、現実を繋ぎ止めている。
「……解析、頼む」
「……うん」
声がわずかに遅れる。唇の動きのあとから、音が追いつく。
視界の奥で層が重なる。
数値。断片。ログ。
滝のように流れ込む。
フレームが一瞬遅れる。
処理表示と認識が噛み合わない。
多い。
重い。
胸の奥に熱が溜まり、こめかみの内側から圧がかかる。
焦点がわずかにズレる。
処理が追いつかない。
「……どうだ」
「……まだ」
思考が先に走り、言葉が後から追いつく。
カイは舌打ちする。
無理をしている。分かっている。
(……ふざけるな)
――それでも止められない。
「……やめろ」
無理するな。
壊れるぞ。
カイの視線がわずかに揺れる。
止めればいいと分かっている。
だが、止めれば届かない。
「……大丈夫」
返答が遅れる。ズレが広がる。
だが、手は止まらない。
――一次解析。
発信源、収束。
「……大阪だ」
だが――
「……おかしい」
ログが歪む。
ノイズが跳ねる。
処理が乱れる。
表示の更新が遅延し、同じフレームが一瞬だけ重なる。
限界。
短い沈黙。
排熱。
熱が抜け、圧がわずかに緩む。
セレーナの視線が足元へ落ちる。
回収してきたパーツを、ひとつずつ選別していく。
識別。
適合判定。
取捨。
「……これ」
指先が止まる。
「……いいかも」
カイが横目で見る。
「……やるのか」
一拍遅れて頷く。
「……うん」
「……アップデート、開始する」
「……やれ」
パーツが展開される。
接続。
再配線。
自己最適化。
回収済みパーツが順に展開され、内部構造へ組み込まれていく。
カイは息を呑む。
(……進化してる)
「……もう一度やる」
「……頼む」
――二次解析(再解析)。
ログが再配置され、ノイズが削ぎ落とされていく。
精度が上がる。
処理速度が一段引き上げられる。
発信源、確定。
大阪市内――天到ネクサス塔。
天に届くことを前提に設計された中枢塔。
高層部からの一斉配信と一致。
結果を伝えようとして、わずかに遅れる。
「……カイ君」
声が遅れて届く。
「……さっきのか」
「……うん」
「……特定、完了」
「助かる」
表示の隅に、エネルギー残量。
低い。
セレーナの呼吸がわずかに乱れる。
処理に合わせて消費が跳ねる。
カイは歯を食いしばる。
――このままじゃ持たない。
「……電源を取る。チャージが必要だ」
「……うん。あとでチャージする」
車は琵琶湖沿いを走る。
水面は静かだ。
だが――静かすぎる。
歩行者の視線が揃う。
一人が止まると、遅れて周囲も同じ角度で止まる。
ほんの半拍遅れで、同じ動作が波のように広がる。
同じ歩幅で動き、同じタイミングで崩れる。
見間違いで片付く程度のズレが、街に混ざっている。
「……人に何か入れてる」
「チップか」
セレーナは首をわずかに振る。
「……違う。もっと、近い……中」
「……壊しても止まらない」
末端をいくら壊しても、流れは止まらない。
ここは供給口だ。
「本拠地を潰す」
「……行くぞ」
目指す先は、もう決まっている。
「天到ネクサス塔だ」
カイは一瞬だけ思考を走らせる。
このまま突っ込めば、セレーナが持たない。
「……その前に準備だ」
「電源が生きてる場所を探せ」
セレーナの視線がわずかに揺れる。
遅れて、街の情報が流れ込む。
建物の電力状態。
配電。
残存電源。
「……あった」
「……ここ、どう」
朽ちたビル。
外壁は崩れかけているが、内部にだけ微かな電力反応が残っている。
カイは横目で確認する。
「……いいな」
「ここでチャージする」
カイは前だけを見る。
振り返らない。
もう迷わない。
――ここからが、本番だ。
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