第17話:解析
暗い。
冷たい空気。
むき出しの配線。
壁を這う太いケーブル。
被覆の擦れた箇所。
天井から垂れる影。
遠くで、微かな電子音が途切れ途切れに鳴る。
奥から。
低い唸り。
空調の残響。
周期のずれたノイズ。
――生きている。
建物が。
カイは歩を止めない。
だが。
足音は、自然と殺している。
心拍が、わずかに上がる。
ここで乱れたら終わる。
セレーナの反応は遅い。
分かっている。
だから、前に出る。
守る。
それだけは決めている。
遅れるなら、その分前に出る。
全部、引き受ける。
――来るなら、先に叩く。
「……搬入口、奥だ」
セレーナの声。
半拍、遅れて届く。
ほんのわずかに、ズレる。
視界の奥に、層が重なる。
数値。断片。ノイズ。
薄く、ちらつく。
現実の通路に、重なっている。
処理が、追いついていない。
「……見えてるのか」
「……重なってる」
一拍遅れ。
カイは頷く。
理解しようとはしない。
必要なのは、結果だけだ。
角を曲がる。
広い空間。
搬入エリア。
並んでいる。
同じ形。
同じサイズ。
手術ロボット。
整然と。
揃って。
――静止している。
その中で、一体だけ。
微かに、動いている。
待機。
呼吸のような、わずかな振動。
「……あれだ」
カイは迷わず近づく。
距離を詰める。
金属の匂い。
油の残り香。
手をかける。
外装。
力任せに、引き剥がす。
――破壊。
音が響く。
静寂を切り裂く。
「壊すぞ」
「問題ない」
セレーナが手を伸ばす。
内部ユニットへ。
接続。
一瞬。
強いノイズ。
セレーナの視界が乱れる。
処理が遅れる。
胸の奥に、熱。
圧迫。
こめかみが締め付けられる。
頭蓋の内側から押し広げられるような圧。
情報が流れ込みすぎている。
「……いける」
遅れて、言う。
ログが流れ込む。
洪水。
記録が、一気に押し寄せる。
だが、途切れる。
ノイズが噛む。
視界が白く弾ける。
再接続。
再同期。
遅い。
手術記録。
切開。
縫合。
正常な工程。
だが。
その隙間に。
異物。
混ざっている。
拡大。
深く潜る。
層を剥がす。
遅れる。
もう一度。
「……ここ」
一拍、遅れて指す。
表示。
挿入。
対象:脳基底部。
デバイス:不明。
材質:有機体。
「……これ、入れてる」
声が半拍遅れる。
唇の動きと、音がずれる。
カイの表情が、わずかに歪む。
怒りが、混ざる。
人間に、入れてる。
「……ふざけてやがる」
その瞬間。
低い起動音。
――複数。
背後。
横。
奥。
一斉に。
動く。
ロボットの頭部が、こちらを向く。
同じ角度で。
同じ速度で。
ぴたりと。
揃う。
奈良と、同じだ。
「……来るぞ」
息が浅くなる。
視線を切る。
数を数える暇はない。
カイが踏み込む。
床を蹴る音を殺す。
最短。
踏み込みながら、懐に潜る。
装甲の継ぎ目。
肘関節。
そこに、体重を乗せた一撃。
鈍い音。
衝撃が腕に返る。
硬い。
だが、止まらない。
そのまま腕を絡める。
捻る。
関節が、軋む。
限界。
――破断。
バランスを崩し、倒れる。
だが。
間が、埋まる。
もう一体。
横から。
死角。
セレーナの声は、来ない。
遅れている。
カイは反射で体を捻る。
肩をかすめる衝撃。
鈍い痛み。
一歩、遅れていたら終わっていた。
息が荒くなる。
「チッ……!」
数。
止まらない。
「キリがねぇ!」
セレーナが干渉。
だが。
遅れる。
処理が追いつかない。
一体、止まりきらない。
関節がわずかに動いたまま残る。
腕が振り下ろされる。
一瞬、セレーナの制御が間に合わない。
完全に止まっていない。
カイは紙一重でかわす。
遅れていたら、腕が潰されていた。
床に叩きつけられる衝撃。
「……止まって」
遅れて、命令。
ロボットの動きが、ぴたりと止まる。
一瞬。
空白。
「遅ぇ!」
焦りが混じる。
苛立ちが混じる。
だが、責めない。
カイが踏み込む。
止まった個体の側面へ回り込む。
首元のハウジング。
配線が集中している継ぎ目を狙う。
肘で押し込み、体重で固定。
指を差し込む。
無理やり、こじ開ける。
――裂ける。
露出したケーブルを掴む。
引き抜く。
スパーク。
一瞬、光。
駆動が落ちる。
そのまま蹴り倒す。
「今」
セレーナの声も、遅れて重なる。
コンマ数秒。
ズレがある。
だが。
終わらない。
壁の奥。
さらに、起動音。
ここは、供給ライン。
生産。
停止しない。
「……離脱」
セレーナの声。
遅れる。
判断も、わずかに遅い。
それでも、正しい。
カイは頷く。
判断は、同じだ。
「行くぞ!」
ユニットを掴む。
その瞬間。
セレーナの視線が、別の個体へ滑る。
遅れて、止まる。
「……それも」
一拍遅れ。
「使える」
カイは迷わない。
近くのロボットの胸部を叩き割る。
コアユニット。
制御基板。
ケーブルごと、引き抜く。
息が上がる。
時間がない。
「……何に使う」
「……改良」
遅れて答える。
自分に。
取り込むように。
ユニットを掴む。
引き抜く。
持ち出す。
背後で。
再起動。
音が重なる。
追ってくる。
だが。
足は止めない。
出口へ。
一直線。
通路。
角。
光。
外。
飛び出す。
空気が変わる。
風。
音。
現実。
だが。
背後では、まだ動いている。
営業所。
半壊。
どこかで、火が回ったのだろうか。
焦げた匂いが、遅れて鼻を刺す。
煙が、わずかに上がっている。
だが。
止まっていない。
カイは振り返らない。
振り返る必要がない。
分かっている。
――ここじゃない。
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