表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第六部 滋賀編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/24

第16話:侵入


風は、戻っていた。


だが。


バックミラーの奥に、残っている。


揃った視線。


人。


鹿。


区別のつかない“向き”。


ぴたりと、揃っていた。


カイは、何も言わない。


アクセルを踏む。


速度を上げる。


奈良の街が、ゆっくりと後ろへ流れていく。


――逃げている。


はずなのに。


逃げ切れていない気がした。


「……まだ、いる」


セレーナの声。


視線は前。


だが、見ているのは外ではない。


重なっている。


人の流れの中に。


同じ動き。


同じ間。


「……ああ」


カイは短く返す。


それ以上は、言わない。


言葉にすると、現実になる。


車内に、静かな振動。


エンジンの音。


規則正しいリズム。


それだけが、まだ“正常”だった。


だが。


背中に、触れている。


見えない視線が。


ルームミラーの端。


一瞬、何かが動いた気がする。


――気のせいじゃない。


カイは無意識にアクセルを踏み増す。


速度が、わずかに上がる。


振り向かない。


空。


電線。


電線に止まる鴉が、一羽だけこちらを見ている。


ただの鳥のはずなのに。


視線が、重なる。


セレーナが、半拍遅れてバックミラーへ視線を向ける。


「……後ろ」


セレーナは、すでに解析に入っている。


――ほんの、わずかに。


応答が遅れる。


視界の奥に、層が重なる。


数値。断片。ノイズ。


薄く、ちらつく。


現実の景色に、重なっている。


カイは気づく。


だが、何も言わない。


奈良で拾った名前。


――みき。


手術記録。


時期。


施設。


医師。


断片が、並ぶ。


広げる。


つなぐ。


照合。


ノイズを削る。


残るのは、共通項。


――機器。


「……揃いすぎてる」


カイが呟く。


バラバラの病院。


バラバラの医師。


だが。


使われている手術ロボットは、同一モデル。


セレーナは応答しない。


代わりに、画面を展開する。


製造元。


配送履歴。


メンテナンスログ。


点が増える。


線が浮かぶ。


その中に、一箇所だけ。


共通して経由している拠点。


――滋賀。


「……近いな」


カイはハンドルを切る。


進路を変える。


躊躇はない。


もう、戻れない。


しばらくして。


道は、細くなる。


奈良の山道。


緩やかなカーブ。


木々が近い。


窓の外を、春の緑が流れていく。


新しい葉。


柔らかい光。


風が、枝を揺らす。


その合間を、車が抜けていく。


静かだ。


さっきまでの、あの異様な視線が嘘のように。


「……きれい」


一拍、遅れて。


セレーナが、小さく言う。


カイは、ちらりと横を見る。


セレーナは窓の外を見ている。


だが、その視線はただ眺めているわけではない。


記録。


光。


色。


風の動き。


すべてを、取り込んでいる。


「……そんな余裕あるのか」


カイが低く言う。


「……必要」


わずかに、間がある。


短い返答。


「偏る」


「……何が」


「世界の認識」


わずかな間。


「悪いデータだけだと、歪む」


カイは、何も言わない。


ただ、前を見る。


やがて。


視界が、開ける。


木々の隙間。


光が、強くなる。


次のカーブを抜けた瞬間。


――広がる。


大きな水面。


琵琶湖。


空を、そのまま映したような青。


風が、水を揺らす。


細かな波。


光が砕ける。


セレーナの視線が、止まる。


「……広い」


「……ああ」


カイは短く返す。


湖岸の道に出る。


車はそのまま、流れるように進む。


静かな景色。


穏やかな春。


だが。


その裏で。


何かが、広がっている。


奈良で見た“それ”が。


見えないまま。


この先にも。


しばらくして。


カイはウインカーを出す。


湖岸沿いの小さなパーキング。


車を滑り込ませる。


エンジンが落ちる。


遠くで、水の音。


風が、草を揺らす。


カイはシートに背を預ける。


「……少しだけだ」


短く言う。


セレーナは頷く。


ドアを開ける。


外へ出る。


空気が違う。


街のものではない。


湿り気。


土の匂い。


水の気配。


セレーナは、湖の方を見る。


風。


光。


波。


すべてが、緩やかに動いている。


「……記録、更新」


小さく呟く。


カイは缶コーヒーを開ける。


音が、やけに大きく響く。


「……落ち着くか」


「……うん」


短い返答。


わずかな時間。


何も起きない。


ただの、休憩。


――のはずだった。


だが。


カイは、完全に力を抜かない。


いつ来ても、おかしくない。


その感覚だけが、残っている。


駐車場の端。


一台の車。


人影。


動かない。


風の中で。


不自然に、静止している。


カイの視線が止まる。


セレーナも、同じ方向を見る。


わずかなズレ。


ほんの一瞬。


その“影”が。


こちらを向く。


ぴたりと。


揃った角度で。


「……行くぞ」


休憩は終わり。


カイはすぐにドアを閉める。


エンジン。


再起動。


車はそのまま、パーキングを抜ける。


バックミラー。


映るのは。


湖。


空。


そして。


動かない“それ”。


街の色が変わる。


観光地のざわめきは消え、


代わりに。


均質な建物。


広い道路。


物流の気配。


「……ここか」


カイの視線の先。


低い建物。


企業ロゴ。


営業所。


車を停める。


胸の奥に、嫌な重さ。


ここは、外じゃない。


“内側”だ。


エンジンが止まる。


静寂。


耳が、痛い。


ドアを開ける。


外に出る。


空気は、普通だ。


風もある。


音もある。


だが。


人の気配が、薄い。


削がれている。


完全な無人ではない。


だが。


“いない”。


カイは建物を見上げる。


窓。


影。


動かない。


「……ここだな」


セレーナは隣に立つ。


何も言わない。


ただ。


見ている。


外側ではなく。


中を。


奥を。


構造を。


わずかに。


視線が、沈む。


「……いる」


小さく、言う。


「……何が」


カイが問う。


短い間。


「……同じ」


奈良と。


あの動きと。


あの揃い方と。


同じ“何か”。


カイは、息を吐く。


ゆっくりと。


肩の力を抜く。


「……行くぞ」


答えは、決まっている。


止まる理由は、ない。


セレーナが頷く。


二人は、そのまま建物へ向かう。


その直前。


カイの足が止まる。


視線が、建物の外周をなぞる。


カメラ。


配置。


死角。


入口上部。


側面。


搬入口側。


「……見てる」


低く呟く。


セレーナは動かない。


「……どこまで」


「入口周辺。常時記録」


短い解析。


カイはポケットから端末を取り出す。


数秒。


指が走る。


侵入経路の再構成。


ログの書き換え。


ループ。


「……三十秒」


「十分」


セレーナが頷く。


「入る」


カイの合図。


二人は一気に距離を詰める。


扉の前。


セレーナが手をかざす。


――がちゃ。


ロックが外れる。


誰も触れていないはずの音が、静かに響く。


カイは一瞬、目を見開く。


だが。


すぐに表情を戻す。


「……入るぞ」


ドアを押す。


暗い。


冷たい空気。


むき出しの配線。


壁を這う太いケーブル。


被覆の擦れた箇所。


天井から垂れる影。


遠くで、微かな電子音が途切れ途切れに鳴る。


奥から。


低い唸り。


空調の残響。


周期のずれたノイズ。


まだ、動いている。


“何か”が。


奈良で見たものが、頭をよぎる。


揃った視線。


揃った動き。


人でも、鹿でもない“それ”。


カイは一歩、踏み込む。


心拍が、わずかに上がる。


止める。


意識して、抑え込む。


ここで乱れると、終わる。


セレーナの手を引いた感触が、まだ残っている。


冷たい。


わずかに、体温がない。


それでも、確かにそこにある。


もう一歩。


セレーナが続く。


内部へ。


静かな建物の中へ。


侵入する。


ここは、末端だ。


だが。


確実に、繋がっている。


――あれに。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ