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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第五部 奈良編

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15/24

第15話:包囲

 風が、止まった気がした。


 花びらだけが、ゆっくりと落ちていく。


 ――静かすぎる。


 カイは、視線を上げた。


 何かが、揃っている。


 気配が、均一すぎる。


「……セレーナ」


「……うん」


 短い返答。


 それで十分だった。


「囲まれてる」


 視線。


 四方から。


 同時に。


 こちらへ向く。


 人。


 鹿。


 区別がつかない。


 どちらも同じ“向き”をしている。


 わずかな遅れもなく。


 ぴたりと。


 揃っている。


 足音が近づく。


 ゆっくりと。


 だが、確実に。


 間合いを詰めてくる。


 ――逃げ場が、ない。


 空気が、重い。


 肺に入ってこない。


 背中に、冷たい汗が流れる。


 誰も走らない。


 誰も焦らない。


 それが逆に、異様だった。


「……おい」


 カイが低く呟く。


「これ、やばいぞ」


「人は記録でできている」


 声がした。


 どこからともなく。


 だが、はっきりと。


「ならば、書き換えればいい」


 同時に。


 複数の口が動いた。


 同じ言葉を。


 同じ調子で。


 カイは一歩下がる。


 距離を取る。


 だが。


 距離が、意味を持たない。


 前からも。


 横からも。


 後ろからも。


 同じ速度で、詰めてくる。


「……やるしかない」


 短く吐き出す。


 守る。


 それだけは、決めている。


 手が、自然と動く。


 構え。


 踏み込み。


 最短で、一体を崩す。


 倒れる。


 だが。


 すぐに別の“それ”が間を埋める。


 隙がない。


 数で押してくる。


 セレーナは動かない。


 ただ、見ている。


 全体を。


 流れを。


 構造を。


 視界が、広がる。


 情報が流れ込む。


 重なり。


 ズレ。


 ――基点。


「……違う」


 ぽつりと呟く。


「それは、その人じゃない」


 次の瞬間。


 セレーナの視線が、わずかに変わる。


 “中”を見るように。


 表ではなく。


 奥へ。


 揺らぎ。


 ほんの一瞬。


 動きが、ズレる。


「今」


 カイが踏み込む。


 一直線。


 最短で。


 突破。


 囲みの一角が崩れる。


 だが。


 すぐに再構築される。


 まるで。


 “穴を埋める”ように。


「キリがねぇ!」


 カイが吐き捨てる。


「……下」


 セレーナが小さく言う。


 影。


 建物の影。


 木の影。


 重なり。


 濃くなる場所。


 そこだけ。


 流れが、途切れている。


 カイは理解する。


 迷わない。


 セレーナの手を引く。


 影へ。


 滑り込む。


 その手は、わずかに冷たかった。


 次の瞬間。


 視線が、外れる。


 追ってこない。


 いや。


 追えない。


 外では。


 “それら”が、止まっている。


 一定距離を保ったまま。


 動かない。


 ただ。


 こちらを見ている。


「……なんだよ、これ」


 カイの声が、低くなる。


「……広がってる」


 セレーナが答える。


 視線は、外へ。


 奈良の街は、何も変わっていない。


 人は歩き。


 鹿は草を食む。


 観光客は笑う。


 その中に。


 混ざっている。


 区別がつかない。


 もう。


 鹿が、こちらを見ていた。


 じっと。


 何もせずに。


 風が、戻る。


 花びらが、舞う。


 春の奈良は、変わらない。


 ――それが、一番おかしかった。


「……ここ、ダメだ」


 カイが低く言う。


 このままじゃ、詰む。


 時間をかければ、また囲まれる。


 通りの脇。


 通りに停車している車。


 セレーナが手をかざす。


 ――がちゃ。


 ロックが外れる。


 カイは一瞬、目を見開く。


 「……乗るぞ」


 ドアを開ける。


 間を置かず。


 ――起動。


 エンジンが、静かに目を覚ます。


 鍵は、回していない。


 それでも。


 一発で、かかる。


 静かすぎる。


 アクセル。


 踏み込む。


 車が、滑るように走り出す。


 バックミラー。


 映るのは。


 人。


 鹿。


 そして――


 同じ方向を向いた視線。


 追ってこない。


 だが。


 見ている。


「……なんなんだよ、これ」


 カイが吐き捨てる。


「……まだ、いる」


 セレーナが言う。


 前を見たまま。


 信号。


 交差点。


 歩道。


 その中に。


 混ざっている。


 区別がつかない。


 もう。


 バックミラーの奥。


 鹿が一斉に、こちらを見ていた。


 ぴたりと。


 揃って。


 車は、奈良の街を抜けていく。


 逃げているはずなのに。


 ――逃げ切れていない気がした。


 カイは、無意識に腕を押さえた。


 皮膚の下。


 埋め込まれているはずの、小さなチップ。


 反応はない。


 だが――


 さっきの“あれ”。


 あの動き。


 あの揃い方。


「……なぁ、セレーナ」


 ハンドルを握ったまま、低く言う。


「さっきのやつら」


 セレーナは答えない。


 ただ、前を見たまま。


「……中、見たんだろ」


 わずかな沈黙。


「……似てる」


「何が」


「構造」


 セレーナが、静かに言う。


「人じゃない」


「……でも、人の形してる」


 カイの背中に、冷たいものが走る。


「……チップ」


 ぽつりと。


 言葉が落ちる。


「……使われてる」


 信号が変わる。


 車は、そのまま進む。


 前を歩く人影。


 その耳元に。


 一瞬だけ、光が走った気がした。


 カイは、目を逸らす。


 見たくない。


 でも。


 もう、分かってしまった。


 これは。


 “偶然”じゃない。


「……全員じゃない」


 セレーナがぽつりと続ける。


「反応、ばらつきある」


 カイは眉を寄せる。


「……条件があるってことか」


 車内に、短い沈黙。


 セレーナの視線が、どこか遠くへ向く。


 データが流れ込む。


 断片。


 記録。


 照合。


「……いた」


 セレーナの指が止まる。


「奈良。みき」


 カイが息を呑む。


「……あの子か」


「手術歴」


「……時期、一致」


 画面の片隅。


 小さな記録。


 ――埋設。


 カイの喉が鳴る。


「……チップ、か」


 セレーナはわずかに首を振る。


「……これも」


 別の名前。


 別の記録。


 同じ“印”。


 点が、線になる。


 奈良の街に。


 静かに。


 広がっている。


ーー第5部完

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