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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第五部 奈良編

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第14話:侵食


 女の子は、ぐったりと力を失っていた。


 さっきまで、確かに“何か”がそこにあったはずなのに。


 今はただの、どこにでもいる子供にしか見えない。


「……運ぶぞ」


 カイは周囲を一瞥し、短く言った。


 誰も気づいていない。


 ――それが、余計に気味が悪い。


 人目の少ない場所。


 古びた建物の影。


 即席の隠れ場所としては、十分だった。


 カイは少女をそっと横たえる。


「……大丈夫か」


 反応はない。


 呼吸はある。


 だが――意識は落ちている。


 セレーナが、静かに膝をついた。


「ちょっと見る」


 カイは一歩下がる。


 邪魔はしない。


 セレーナの視線が、少女に落ちる。


 その瞬間。


 空気が、わずかに歪んだ。


 見えない何かに触れるように。


 意識を潜らせる。


 深く。


 さらに深く。


 ――違和感。


「……これ」


 セレーナの眉が、わずかに寄る。


「入ってる」


 ――ほんの一瞬、遅れて。


 カイが顔をしかめる。


「何がだよ」


「記録」


 短い言葉。


 だが、そこに迷いはない。


「この子のじゃない」


 ……スズキのチップと、似てる。


 カイの脳裏に、あの男の残骸がよぎる。


 重なっている。


 本来の記憶の上に。


 別の何かが。


 貼り付けるように。


 無理やり。


 押し込まれている。


 歪み。


 ズレ。


 そして――整合。


 矛盾が、矛盾のまま成立している。


「……おい、それ」


 カイの声が低くなる。


「どういうことだ」


「上書きされてる」


 セレーナは視線を外さない。


「元のままじゃない」


「……そんなこと、できんのかよ」


 カイは吐き捨てるように言う。


 だが、すぐに思い出す。


 さっきの母娘。


 あのズレ。


 あの声。


 ――できている。


 もう、目の前で。


 少女の指が、ぴくりと動いた。


 カイの視線が跳ねる。


「……来るぞ」


 セレーナは動かない。


 ただ、見ている。


 少女の瞳が、ゆっくりと開いた。


 焦点が合う。


 だが。


 その奥にあるものが、違う。


「……確認する」


 同じ声。


 同じ調子。


 感情がない。


「対象、二名」


 カイの体が、わずかに強張る。


「記録照合――」


「……やめろ」


 カイが一歩踏み出す。


 だが。


 その瞬間。


 少女の動きが止まる。


 静止。


 完全な停止。


 まるで。


 電源が落ちたみたいに。


 次の瞬間。


「……う、ん……?」


 声が変わる。


 普通の子供の声。


 焦点も、戻る。


「ここ、どこ……?」


 カイは言葉を失う。


 セレーナも、すぐには答えない。


「……大丈夫」


 セレーナが、ゆっくりと言う。


「少し休んで」


 少女は、小さく頷いた。


 しばらくして。


 少女は家族の元へ戻された。


 何もなかったかのように。


 日常へ。


 だが。


 違う。


「……一人じゃない」


 セレーナが呟く。


「同じの、いる」


 カイが周囲を見る。


 通りを歩く人。


 観光客。


 鹿。


 どこにでもある風景。


 ――なのに。


 その中に。


 “混ざっている”。


 鹿が、一斉に顔を上げた。


 同じタイミングで。


 同じ方向を向く。


 カイの背中に、冷たいものが走る。


「……おい」


 人の視線も。


 揃う。


 わずかに。


 ほんの一瞬だけ。


 そして、何事もなかったかのように戻る。


「……作られてる」


 セレーナが、ぽつりと呟く。


「記録は、作るものじゃない」


 カイは息を吐く。


「……おかしいぞ、これ」


 視線。


 どこからともなく。


 まとわりつく。


 見られている。


 確実に。


 ――守る。


 カイの意識が、無意識のまま前に出る。


 セレーナと、あの少女の位置を、自然と背で庇う。


 だが。


 誰もいない。


 奈良の街は、何事もなく続いている。


 穏やかに。


 静かに。


 いつも通りに。


 ――それが、一番おかしかった。

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