第14話:侵食
女の子は、ぐったりと力を失っていた。
さっきまで、確かに“何か”がそこにあったはずなのに。
今はただの、どこにでもいる子供にしか見えない。
「……運ぶぞ」
カイは周囲を一瞥し、短く言った。
誰も気づいていない。
――それが、余計に気味が悪い。
人目の少ない場所。
古びた建物の影。
即席の隠れ場所としては、十分だった。
カイは少女をそっと横たえる。
「……大丈夫か」
反応はない。
呼吸はある。
だが――意識は落ちている。
セレーナが、静かに膝をついた。
「ちょっと見る」
カイは一歩下がる。
邪魔はしない。
セレーナの視線が、少女に落ちる。
その瞬間。
空気が、わずかに歪んだ。
見えない何かに触れるように。
意識を潜らせる。
深く。
さらに深く。
――違和感。
「……これ」
セレーナの眉が、わずかに寄る。
「入ってる」
――ほんの一瞬、遅れて。
カイが顔をしかめる。
「何がだよ」
「記録」
短い言葉。
だが、そこに迷いはない。
「この子のじゃない」
……スズキのチップと、似てる。
カイの脳裏に、あの男の残骸がよぎる。
重なっている。
本来の記憶の上に。
別の何かが。
貼り付けるように。
無理やり。
押し込まれている。
歪み。
ズレ。
そして――整合。
矛盾が、矛盾のまま成立している。
「……おい、それ」
カイの声が低くなる。
「どういうことだ」
「上書きされてる」
セレーナは視線を外さない。
「元のままじゃない」
「……そんなこと、できんのかよ」
カイは吐き捨てるように言う。
だが、すぐに思い出す。
さっきの母娘。
あのズレ。
あの声。
――できている。
もう、目の前で。
少女の指が、ぴくりと動いた。
カイの視線が跳ねる。
「……来るぞ」
セレーナは動かない。
ただ、見ている。
少女の瞳が、ゆっくりと開いた。
焦点が合う。
だが。
その奥にあるものが、違う。
「……確認する」
同じ声。
同じ調子。
感情がない。
「対象、二名」
カイの体が、わずかに強張る。
「記録照合――」
「……やめろ」
カイが一歩踏み出す。
だが。
その瞬間。
少女の動きが止まる。
静止。
完全な停止。
まるで。
電源が落ちたみたいに。
次の瞬間。
「……う、ん……?」
声が変わる。
普通の子供の声。
焦点も、戻る。
「ここ、どこ……?」
カイは言葉を失う。
セレーナも、すぐには答えない。
「……大丈夫」
セレーナが、ゆっくりと言う。
「少し休んで」
少女は、小さく頷いた。
しばらくして。
少女は家族の元へ戻された。
何もなかったかのように。
日常へ。
だが。
違う。
「……一人じゃない」
セレーナが呟く。
「同じの、いる」
カイが周囲を見る。
通りを歩く人。
観光客。
鹿。
どこにでもある風景。
――なのに。
その中に。
“混ざっている”。
鹿が、一斉に顔を上げた。
同じタイミングで。
同じ方向を向く。
カイの背中に、冷たいものが走る。
「……おい」
人の視線も。
揃う。
わずかに。
ほんの一瞬だけ。
そして、何事もなかったかのように戻る。
「……作られてる」
セレーナが、ぽつりと呟く。
「記録は、作るものじゃない」
カイは息を吐く。
「……おかしいぞ、これ」
視線。
どこからともなく。
まとわりつく。
見られている。
確実に。
――守る。
カイの意識が、無意識のまま前に出る。
セレーナと、あの少女の位置を、自然と背で庇う。
だが。
誰もいない。
奈良の街は、何事もなく続いている。
穏やかに。
静かに。
いつも通りに。
――それが、一番おかしかった。
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