第12話:記録の奪還
廃施設。
崩れかけた研究設備。
配線がむき出しの天井から、火花が散っている。
焦げた臭い。
低い機械音。
まだ“生きている”場所の気配。
その中央に、男が立っていた。
「……遅かったな」
振り返る。
白衣は煤け、片袖は焼け落ちている。
だが、眼だけが妙に澄んでいた。
「ササキ」
カイの声が低くなる。
かつて同じ研究室にいた男。
スズキと並び、夜を明かした仲間。
――その面影は、まだある。
だが。
その目は、もう別のものだった。
「久しぶりだな」
ササキは笑う。
「記憶は抜き出せる」
「知っているだろう?」
壁際のラックに、無数の記録媒体。
ラベルは剥がされ、番号だけが並ぶ。
人の“生”が、箱に詰められている。
「……スズキは止めようとした」
カイが言う。
「だから殺した」
ササキは肩をすくめた。
「進歩には犠牲がいる」
「戦時こそ、技術は加速する――」
一瞬、笑みが深くなる。
「……悲しいことに、だ」
空気が、凍る。
「スズキはいい餌だった」
「お前を釣るには十分だった」
カイの拳が軋む。
セレーナの瞳が、揺れる。
「……ダメ」
一歩、踏み出す。
「記憶は、その人が生きてた証拠で」
「それを奪うなんて……」
言葉が詰まる。
「……そんなの、違う」
胸の奥に、熱が灯る。
小さな違和感。
ノイズ。
――混ざる。
視界が、わずかに歪んだ。
ササキの背後。
装置の奥。
誰かの断片が、ちらつく。
笑い声。
泣き声。
知らない日常。
「……っ」
セレーナが顔を歪める。
情報が流れ込む。
自分ではない記憶が、身体の内側を通り抜ける。
「やめろ」
カイが一歩前に出る。
「……返して」
低く、呟く。
視線が、ササキを射抜く。
「……全部、返して」
その瞬間。
空気が震えた。
電磁ノイズが、爆ぜる。
装置が一斉に悲鳴を上げる。
「おい、セレーナ!」
カイが腕を掴む。
だが――熱い。
鼓動が、異常に速い。
彼女の中で何かが“開く”。
光が暴れ、空間が歪む。
記録の洪水が、逆流する。
流れ込んでいたものが、反転する。
押し返される。
「な、何を……!」
ササキの身体が震えた。
目が見開かれる。
「やめろ……それは……!」
彼の中に蓄積された記憶が、暴走する。
他人の記憶。
奪った記憶。
すべてが一気に流れ込む。
押し寄せる“人生”。
耐えきれない。
「……私は、正しかっ――」
言葉は最後まで届かない。
崩壊が、始まった。
装置が弾け、床が崩れる。
光が膨張し、視界を埋める。
ササキの身体は、そのまま呑まれた。
静寂。
煙の中。
カイはセレーナを引き寄せる。
「……行くぞ!」
外へ飛び出す。
背後で施設が崩れ落ちた。
轟音。
振動。
やがて、それも遠のく。
しばらく無言。
風だけが吹いている。
カイがぽつりと呟く。
「……捕まれば終わりだな」
その声は低い。
だが、揺れていない。
しばらく、言葉はなかった。
セレーナは呼吸を整えながら、静かに前を見る。
「……今度は、ゆっくり来たいな」
カイが小さく言う。
「全部に片が付いたら」
セレーナは少しだけ間を置いて――
「……うん」
「もっと、いろいろ見てみたい」
桜が風に舞う。
遠くの季節が、ここにも流れ込んでくる。
二人は、その中を歩き出す。
やがて、影の中へ――
静かに消えていった。
――第四部完
春の京都編、ここまで読んでいただきありがとうございました。
静かな景色の中に潜む“違和感”と、記録というテーマを軸にした短編でした。
セレーナの未完成さや、カイとの関係性も少しずつ見えてきたかと思います。
この先、二人が向き合うものはさらに深く、そして危険になっていきます。
よろしければ、引き続き見守っていただけると嬉しいです。




