第11話:逃走と真実
路地を駆ける。
石畳を蹴る音が、やけに大きく響いた。
背後でサイレンが反響し、追ってくる。
角を曲がるたび、光が壁に跳ねた。
「……っ、こっちだ」
カイは人混みに飛び込む。
観光客の流れに紛れ、そのまま横へ抜ける。
視線を感じる。
だが、振り返らない。
呼吸を抑え、足を止めずに進む。
――まだ、来るかもしれない。
やがて、細い路地へ滑り込んだ。
人の気配が、途切れる。
音が、遠のく。
サイレンが、ゆっくりと遠ざかっていった。
それでも、しばらくは動かない。
数秒。
ようやく、カイは壁に手をついた。
息を整える。
額ににじんだ汗を、腕で乱暴に拭う。
「……撒いたか」
そのとき。
セレーナがそっとハンカチを差し出した。
「……はい」
カイは一瞬だけ目を瞬かせる。
「……すまない」
受け取り、軽く拭う。
「……たぶん」
セレーナは一瞬だけ動きを止め、周囲を見渡す。
わずかに、遅れて。
顔を上げた。
「……見るね」
瞳がわずかに揺れる。
情報を追うように。
「……脳の、記憶のとこだけ、抜かれてる」
カイは黙って聞く。
「……わざと、取られてる」
沈黙。
遠くで、サイレンがまだ鳴っている。
「そんなことができるのか」
「……できる」
セレーナの声は低い。
「前に見たデータに、似てる」
「……過去か」
「……うん」
一拍。
「旧世界末期……似た研究、あった」
カイの眉が寄る。
「記録抽出……ってやつか」
「……人の中から、記憶だけ抜き取る技術」
言いながら、少しだけ顔をしかめる。
「……やだ」
ぽつりと漏れる。
カイはポケットに手を入れた。
取り出す。
スズキの胸ポケットから抜き取ったチップ。
小さく、無機質なそれ。
「……これが鍵か」
ほんの一瞬、視線が揺れる。
――守れなかった。
「……うん」
セレーナがそれを見つめる。
「……中、残ってるかもしれない」
セレーナは小さくうなずく。
腕の端子を開き、チップを接続した。
わずかに、ほんの少しだけ遅れて。
接続が完了する。
微かな起動音。
瞳が淡く光る。
「……読む」
数秒。
そして――
音声が再生された。
『カイ。これを見ているということは――おそらく、俺はだめだったんだろう』
カイの表情がわずかに強張る。
『人の記憶を抜き取るという研究が、どうやら一部成功したようだ』
静寂。
『お前が一番最初に狙われると思ったからな』
セレーナの視線が揺れる。
『だが、これもすでに漏れている可能性がある』
ノイズが混じる。
『……気を付けてくれ』
沈黙。
誰も、すぐには言葉を出さなかった。
カイは視線を落とす。
ほんの一瞬だけ。
拳が、静かに握られる。
「……スズキは」
言葉が続かない。
「……止めようとしてた」
セレーナが静かに言う。
カイは息を吐いた。
低く、押し殺すように。
「……誰だ」
一歩。
「スズキを、やったのは……」
拳が、わずかに震える。
怒りが、滲む。
「……まだ正体は見えていない」
静かに言う。
だが――
その声には、確かな刃があった。
「洗い出す」
「この地域のデータ、全部当たる」
一歩踏み出す。
「……全部だ」
視線が鋭くなる。
「手段は選ばない」
セレーナを見る。
「……頼む」
「……うん」
わずかにうなずく。
「……やる」
二人の視線が交わる。
言葉は少ない。
だが、その奥にある意志は同じだった。
二人は、やり遂げると――
静かに決意していた。
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