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セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日―  作者: カイメイラ
第四部 京都編

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第10話:異変と罠

 季節は、春だった。


 昼下がり。陽はやわらかく、影は短い。


 古都――京都。


 やわらかな陽光の中、桜が舞い散る。


 花びらは風に乗り、ゆるやかに川面へと落ちていく。


 水面には淡い桃色が浮かび、ゆらゆらと揺れていた。


 現実と、どこか別の層が重なったような――


 幻想的な空気に、街全体が包まれている。


 橋の向こうでは、提灯が風に揺れ、遠くで水のせせらぎが続いていた。


「……久しぶりに来た気がするな」


 カイが周囲を見渡しながら呟く。


「……あぁ。仕事とはいえ、悪くない」


 ほんの少しだけ、懐かしい気持ちが胸をよぎる。


 観光客の笑い声が流れ、焼き団子の甘い匂いがかすかに混じる。


 少し遅れて――


「えっと……データ上でも、この時期は人が増える、みたい」


 セレーナがそう言って、ふと足を止めた。


「……あれ、きれい」


 舞い落ちる桜を、じっと見上げる。


 そのしぐさに、カイはわずかに口元を緩めた。


「こんなにいっぱい、落ちるんだ」


 指先で花びらを受け止める。


「……久しぶりの遠出だね」


「はしゃぎすぎるなよ」


 ほんの少しだけ、嬉しそうに笑った。


 だが――


 その視線が、わずかに揺れる。


「どうした」


「……なんか、変」


 その瞬間。


 風が――止まった。


 カイは眉をひそめる。


 言葉にならない違和感が、胸の奥に引っかかる。


「……なんだろうな。人の流れも、音も――どこか“合ってない”」


「うまく言えないけど……ちょっとズレてる」


 さっきまで確かにあった人の気配が、薄くなる。


 笑い声も、足音も、どこか遠い。


 世界が、薄く剥がれていくような感覚。


 セレーナの声も、少しだけ低くなる。


 今回の仕事は、奇妙な暗号通信から始まった。


 発信元は――旧友。


 Dr.スズキ。


 内容は簡素だった。


 『直接会いたい』


 それだけ。


 だが、その暗号の組み方に見覚えがあった。


 ――昔、二人で使っていたものだ。


 研究室。


 夜更け。


 くだらない実験と、意味のない会話。


 あの頃は――


 まだ、こんな世界じゃなかった。


「……よく見つけたもんだ」


 カイは小さく呟く。


 最初は警戒した。


 だが、調査した限り、不審な点はなかった。


 だからこそ――


 ほんの少しだけ、再会を楽しみにしていた。


 ――その期待を、思い出す。


「ここだな」


 古い町家の前で足を止める。


 静かすぎた。


 ついさっきまでの喧騒が、嘘のように消えている。


 風の音だけが、やけに大きく聞こえる。


 扉を開ける。


 中は荒れてはいない。


 だが――違和感。


 部屋の中央。


 男が倒れていた。


「……スズキ」


 懐かしさと焦りが、同時に胸を掠める。


 カイが駆け寄る。


 まだ、息がある。


 焦点の合わない瞳。


 わずかに口が動いた。


「……カイ……気をつけ……」


 ――途切れた。


 動きが、止まる。


 息が、途中で切られたように止まる。


「……おい」


 低い声。


 セレーナが静かにしゃがみ込む。


「……脳が、なんか変」


 迷いのない声。


「……これ、やだ」


 スズキの瞳は――瞬きの途中で止まっていた。


 光を追う動きがない。


 視線だけが、一点に縫い付けられている。


「損傷?」


「……違う」


 一拍。


「……欠けてる」


 空気が、凍る。


「……抜かれている」


 カイは視線を落とす。


 胸の奥が、わずかに軋む。


 ――間に合わなかった。


 スズキの胸ポケットに、小さなチップが差し込まれていた。


「……証拠か」


 それを抜き取る。


 その一瞬、セレーナが小さく息を呑んだ。


「……それ、触っていいの?」


「今は時間がない」


 ポケットに滑り込ませる。


 その瞬間。


 外からサイレンの音。


 遠く、近づき、反響する。


 赤色灯の光が障子越しに揺れ、部屋の中を断続的に染めた。


 サイレンが、さらに近づく。


 逃げ場を塞ぐように。


 カイは舌打ちした。


「……ち、はめられたか」


 ほんの一瞬、スズキを見下ろす。


 言葉はない。


 だが――


 その視線には、確かな怒りが宿っていた。


「逃げるぞ、セレーナ」


「……うん」


 次の瞬間、二人は同時に動いた。


 障子を蹴り破る。


 裏手へ。


 路地へ飛び出す。


 舞い散る桜が、視界をかすめる。


 淡い花びらが、血の気の引いた世界に浮かぶ。


 背後でサイレンが重なり、赤い光が追いすがる。


 足音と、息遣い。


 桜の花びらが舞う中、春の空気を裂くように――


 二人は走った。

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