リーブロ商船団の帰還
魔導具専門の商人としてゲンナル商会とうまく関係を深めながらの日々。
遠洋祭が間近に迫り、リーブロ商会の商船団が港に戻ってきた。
予定されている遠洋祭は商船団が帰還し、南の大陸から仕入れてきた商品を各商会、商人たちが買い付けてから開かれることになっている。
二年に一度、たくさんの目新しい商品が人々の目を引き、港湾都市ブルーカフスがもっともにぎわう時期が目前に迫っていた。
ラッセルからの情報で、今回の航海にはリーブロ商会の会長であるリブラが直接、指揮を執っているようだ。
ヴァーゴは港が一望できる喫茶店のテラスで商船団の様子を眺めていた。
船着き場ではこの時とばかりに集まってきていた冒険者たちが巨大な木箱や木樽を汗を流しながら運んでいる。
商船は何十隻にも昇り、その荷下ろしとなるとちょっとした催し物のような光景だ。
邪魔にならない距離で庶民たちが遠目にその様子を眺めている。
『相棒、仇敵の顔を拝んでおこうってことだな!』
「そんなところだ」
街に来てから数ヶ月。
似合わない姿と言動で活動してきたヴァーゴは己の復讐の炎に薪をくべるため、対象の顔を確認しようと考えていた。
商船から数えきれないほどの商人と船員、荷物が運び出され、注意深く観察しなければ見落としてしまう。
数十を超える大型船の中、とりわけ大きな船がいくつかあった。
おそらく商船団の幹部、そしてリブロが搭乗しているに違いない。
ティーカップの縁を唇に付けたその時、ヴァーゴの視線はある男を捉えた。
マントの上からでも容易に想像できる、鍛え上げられた体の男。
ターバンを被り、顔に横一文字の傷を持つ男。
『あの野郎だ!』
「……!!」
冷静というより冷徹と表現した方が似つかわしい相貌。
長い黒髪を潮風に吹かれながら歩く確かな足取り。
取り巻きを従えながら堂々と船から降りてくるリブラを捉えた瞬間、ヴァーゴは胸が締め付けられるような感覚をおぼえた。
何も変わっていなかった。
ヴァーゴの人生を狂わせた時から年数分の老いを重ねただけ。
息を吸うことと同じ要領で人を殺せる感情の灯っていない瞳。
腹の底から粘っこくドロドロした衝動が勢いよく込み上げてきた。
『相棒! 殺気は出すな! 気取られるぞ!』
「ぐっ……うぅぅぅ!」
テーブルに手をつき、地面の石畳に向かって深く息を吐き出して感情を抑え込む。
のたうち回るような感情の奔流がヴァーゴの全身を駆け巡った。
脳裏には無感動に両親を斬り殺した場面から現在に至るまでの記憶が時系列もぐちゃぐちゃに去来した。
思考する余裕もなく、ただただ感情を押し殺すことだけに集中する。
「はぁ……はぁ……!」
乱れた呼吸を整えながら暴れる感情を無理やり抑えつける。
頭と視界が、ヴァーゴの体を突き破ろうとする感情と記憶に塗り潰されている。
どす黒く、ちらちらと鮮血に似た赤色の混じる憎悪で埋め尽くされた自分を受け入れ、呼吸にのみ意識を向ける。
息を吸う、吐く、吸う、吐く……。
ようやく呼吸が落ち着いてきたヴァーゴにデルフィンが声を掛けた。
『大丈夫かい、相棒?』
「なんとか、な……」
ヴァーゴはイスに深く腰掛け、まだ震えの残る指先でティーカップを取った。
ひと口だけのつもりがカップの茶をすべて飲み干してしまった。
いつの間にか喉がカラカラに乾いていたことに気付いた。
「危なかったぜ……」
『バレちまったら今までの苦労が水の泡だからな』
「そっちじゃねえ」
あらためて深呼吸をしてから、
「この下見なしで出会っていたら、間違いなく衝動のままに殺しに行ってた」
『そういうことかい』
計画的に準備を進め、確実に殺せる状況を用意する重要性をヴァーゴは学んでいた。
もし今回の予行練習がなかったら準備が不十分な状況で襲い掛かっていただろう。
ヴァーゴは自身の復讐心の激しさを再確認し、その上で感情を飼い慣らす意志を脳裏に刻んだ。




