近づくために
一週間後、ビジーから魔法で生成された伝書鳩がとどいた。
メモ書きには簡潔に落ち合う日付と料理屋の名前、格好の指示だけが記されていた。
どうやらラッセルたちが収集した情報から導き出された計画と、ヴァーゴの組み立てていた作戦が合致していたらしい。
ヴァーゴは理髪店で髪を切り、洋服屋で何着かの服を用意した。
当日、予定されていた料理屋の二階のテラス席にヴァーゴが現れた。
「あんた、その格好……」
「お久しぶりです、ラッセルさん、ビジーさん」
「……フフ」
丁寧にそろえた髪を整髪料で撫でつけ、商人風の服に身を包んだヴァーゴは丁寧な口調に笑顔を浮かべていた。
もちろんその腰には魔剣の姿などない。
驚くラッセルとかすかに口の端をあげて笑うビジーに悪態をつくこともなかった。
「まさか私の名前を忘れてませんよね? レオです。レオ・ヴァンドールですよ」
「あ、ああ……もちろん忘れてないさ。ひさしぶりだね、レオ」
「フフ……、ひさしぶり」
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「すごいね、あんたそんな礼儀作法もできたんだ」
「これはある方の忘れ物みたいなものです。スキルですよ、スキル」
偽名に加え髪型、服装、グッドマンの遺したスキル『礼儀作法』による立ち振る舞いでヴァーゴはまるで別人になっていた。
悪人面で荒くれ者の印象が強かった風体からは想像もできないだろう。
これもすべて、これから話す内容のためのものだった。
「まあ食べながら話そう」
「はい。失礼しますね」
丁寧な口調と所作でイスに座ったヴァーゴはどこからどう見ても善良な商人だった。
「俺なりに調べてみたところ、この街は交易で栄えている」
「そのようですね」
「特にこの街随一の大商会、リーブロ商会は南の大陸との貿易で莫大な利益をあげてるらしい」
「……そのようですね」
リーブロ商会の名前に一拍おいて同意した。
「格好を指示した理由は……その髪型を見るに、もうわかってるみたいだね」
「はい。私も冒険者ギルドで情報収集をしまして、近づいていくにはこれが一番だと判断しました」
「意外だね。あんたはもっと手荒なやり方を選ぶと思ってた」
「以前の私ならそうだったでしょう。ただ、私も旅の中でいろいろと学びました。旧友の言葉ですが、人をもっとも効率よく動かすのは信用だそうです。そして、信用を勝ち取るには忍耐が必要だ、と」
「至言だね。その友人はよほど賢く善良な人みたいだ」
「ええ、とても賢く、忍耐強く、そうして目的を成し遂げました」
脳裏によぎる真面目で実直すぎる男の顔。
正義を為すために毒をもって毒を制すことすら選んだ男。
ヴァーゴの生来の性格からするといけ好かない男だったが、彼の見事な復讐劇からは学ぶことが多かった。
「お気づきだと思いますが、私も今回はじっくりと回り道をする予定です」
「うん、そのほうがいいと思う。師匠ゆずりのルートで調べてみたけど、あまり有益な情報は得られなかったよ」
ラッセルは魚の切り身をフォークで刺し、口に入れた。
口をモグモグと動かし、咳き込むふりをしてテーブルに上半身をかがめた。
ヴァーゴだけに聞こえるように小声でささやいた。
「“厳重のリブロ”と呼ばれているらしい」
「ほぉ……厳重ですか」
姿勢をもどしたラッセルは水を口に含んで飲み下した。
「由来はわからない。どういう意味かも仮説はたくさん立てられるけど、どうなんだろうね」
「自分の情報について厳重、と考えるのが手っ取り早いですが……」
「安直だよね、それだと」
ヴァーゴはサラダを口に運び、ビジーは関心なさそうにジュースをちょびちょび飲んでいた。
「ちなみに大商会だからこそ恨みを買うことも多いらしい。だけどね、帰ってきた人がいないらしいんだ」
「……なるほど」
なるべく言葉を濁すラッセルの意図を汲んだヴァーゴは思考をめぐらせた。
恨みを買う大商会の会長なら当然、刺客を差し向けられることも多いのだろう。
だが帰ってきた刺客がいない、そういう意味で間違いない。
リブロ本人が手練れであることはヴァーゴの両親が惨殺された記憶からも推測できる。
そして商会を経営していることから、おそらく頭も回る。
自身に関する情報の拡散について厳重、という単純な理由でそのような二つ名はつかないだろうとヴァーゴは結論づけた。
「やはり、コツコツいくしかないようですね」
「だね。ちなみにどんな商売をするんだい?」
「私には知人から教わった『魔導具の知識』があります。その路線でいこうかと」
「なるほど、それなら俺たちと会食しても自然だ」
「ええ、そういうことになります」
ヴァーゴは『礼儀作法』のスキルで見事な笑顔をつくった。
そして『魔導具の知識』を商売に活かしつつ、こうしてラッセルと大っぴらに会うことも可能になった。
ヴァーゴは内心で、今は亡き仲間たちに柄にもなく感謝した。
「ちなみにラッセルさんたちはどうするんです?」
「この街にも魔導具に関する仕事はあるらしい。魔導具師の一人としてのらりくらりと目立たず過ごすよ」
「それがいいでしょう。目立てば嫌でも恨みを買います」
「俺たちは裏方だからね。コネは作りつつも、いつでも逃げ出せるようにしておくさ」
話せることはすべて話したということか、ラッセルは魚の切り身を何枚もいっきに頬張った。




