第8話.ひとつ屋根……じゃなくて水面の下で眠る
食事を終えた俺たちは、円卓を囲んだままダラダラしていた。
シーシャはツルギちゃんとダンジョン動画を見ていて、ういろうは俺の膝の上でウトウトしている。
誰かと同じ空間でだらだら出来るって、いいな。
俺は探索で見つけた泡イチゴの情報を、端末からダンジョン署に申請しておいた。
登録名はガイドラインの範囲内で、発見した人がつけることが出来る。
あんまりイチゴっぽくないのに泡イチゴと申請するのもどうかと思ったが、大丈夫だろう。
だって海ブドウとかキクラゲもそんなに言うほどブドウとかキクラゲではないし。あくまで俺の感覚では!
なのでシーシャの命名を尊重して、泡イチゴと入力して画面をぽちっとする。
『……よし』
端末に集中していて丸くなっていた背筋をぐっと伸ばすと、頭がスッキリする。
『あ、ねえねえミズキ、”朝活”ってなあに?』
『朝活っていうのは朝に活動することだけど……まず朝から説明するか』
『……ふんふん。時間帯、空……まだまだわかんないことがいっぱいだ』
水の外の世界を知らないシーシャは、動画を見ながらわからないことを都度聞いてくる。
それが頼られているみたいで嬉しくて、ついつい得意気に説明してしまう。
シーシャがすごいすごいと喜んでくれるから、尚更だ。
ふいに、シーシャが端末の右上を指差して言う。
『あ、ここのマークの色が変わっちゃった。魔力ぎゅーっとしなきゃ』
『魔力ぎゅーって……充電の代わりか?』
『こうしないと、真っ黒になって動かなくなっちゃうんだよ』
充電器具もなさそうな場所でシーシャがどうやって端末を使い続けているか、俺は心当たりがあった。
魔力系のスキルが発現した探索者は、魔力を体に宿す。
そんな人用に、端末を魔力充電式にカスタムすることが出来るらしいのだ。
拾った端末がたまたま魔力充電式だったから、魔力を持つシーシャは充電して使い続けることが出来たのだろう。
俺のは魔力充電に対応していないから、モバイルバッテリーが尽きたら一度地上に戻らなくてはならない。
完全に拠点を水中に移すには、まだまだ色々足りないものがある。
充電はもちろん。
いま座っている円卓もボロボロだから作り変えたい。
あと、泡イチゴに価値がついたら、遺跡の近くに植えて採取をラクにするのもアリだな。
クラフトに畑づくりと、やりたいことは沢山だ。
でも、いま一番優先して用意しなくちゃいけないものは……。
『……くあ』
喉からあくびが漏れる。そろそろ眠たくなってきた。
でも、ここには寝具がないのだ。
水中睡眠スキルを覚えたとはいえ、寝るときには布団にくるまれたい。
『ピキュ……ピキュ……』
ういろうはもう完璧に膝の上で熟睡していて、可愛い寝息を漏らしている。
今回は採取と討伐と料理でバタバタしていて、寝具の用意まで余裕が回らなかった。
引っ越したばかりの時、しばらくフローリングに直接寝ていた時期があるけど、あれは背中や腰が痛くなるから出来ればやりたくない。
仕方ない、いったんアパートに戻って寝て、起きたら戻ってくるしかないか。
俺がシーシャにそう説明すると、不思議そうに首を傾げられた。
『寝るために帰るの? どうして? ここが”家”なのに?』
そうだった。シーシャに、家は寝るための場所って説明したんだった。
『たしかにそうだけど……寝るためには、家に寝具が必要なんだ』
『シング?』
『ふかふかの布団とマットレス……つまり、ぶあつい布が欲しいってこと』
『それがないと、眠れないの?』
『そういうわけじゃないけど……』
シーシャは感情豊かな瞳を揺らして、とんでもないことを言い出した。
『水の外の色んなこと一緒にしようって約束したでしょー? 一緒に寝ようよー!』
『寝ッ……!?!?』
どういう意味かわかって言って……ないな!!
落ち着け、シーシャは人間とは考え方も生態も違うんだ!!
『シーシャ、待ってくれ、人間の世界で一緒に寝るっていうのはちゃんと段階を踏んで仲が深まってから』
『私たちとっくに仲良しだよ?』
そういう事ではなくて……!? ああでも仲良しって言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しい!
『ピイキュ……?』
『あ……! ご、ごめんなういろう、起こしちゃったか』
俺が大騒ぎし始めたので膝の上のういろうを起こしてしまった。
『ういろうちゃんも、ミズキと一緒に寝てるんだもんね』
『キュ!』
『ふふ、みんな仲良しだー』
俺はその言葉を聞いて、通っていた幼稚園の標語に「みんななかよし」と書かれていた事を思い出した。
そうか、幼稚園の頃なら、お昼寝の時間に複数人でタオルケットで雑魚寝していた記憶がある。
あれと同じようなものだ。決してやましいものではないんだ。
『……よし、じゃ、じゃあ、布はなくても何かクッションになるものを……』
『おっけー! ツルギちゃん、近くに何かありそう?』
『モーン』
俺たちのやり取りをじっと見つめていたツルギちゃんが、ゆったりと遺跡の外へ泳いでいく。
そして、そこを見てみなさい、と言わんばかりに視線を送ってくる。
なんか、俺の中でのツルギちゃんのイメージが、熟練の家政婦か執事ってイメージになりつつあるな。
ツルギちゃんが案内してくれた遺跡の裏手には、俺たちの身長を超える高さの巨大なワカメ(のようなもの)が生えていた。
あまりにもその辺に生えまくっていたし、解析したら全然希少なものじゃなかったからスルーしていたけど、確かに布団代わりにするにはちょうどいいか。
ヌメヌメしてたらちょっと嫌だけど。
巨大ワカメを触ってみる。幸いなことにヌメりや臭いはない。
例えるなら柔らかいグミに近くて、ある程度の厚みと弾力もあった。
必要な量を取って、祭壇ホールの床に重ねて敷き詰める。
まるで巣のような、雑魚寝スペースが出来上がった。
『わー、ふかふかしてる……』
『モン……』
シーシャとツルギちゃんは、さっそく巨大ワカメの間にくるまった。すると一気に眠気が襲ってきたようで、ウトウトし始めた。
ういろうは俺の頭の上でうたた寝をしている。
『ういろう、こっちで寝ような』
『キュ……』
ういろうを寝かすために、俺もワカメの寝床へ潜り込む。
半ば眠りながらも無意識に脇の下に額を擦りつけてくるういろうが可愛い。
緊張するからシーシャからなるべく距離を取ったところに寝転がったが、所詮は狭い寝床。
すぐ隣にシーシャの呼吸の気配がある。
人魚の呼吸は全身で行われているのだろう。
真珠を砕いた粒のような、細かい泡が彼女の全身から立ち昇っていた。
すごく神秘的で、綺麗だ。
『これが寝具かあ……いいね、ほわーっとしてふわっとした気持ちになる』
『そ、そうか? 気に入ってもらえて良かった。でもこれは簡易的なやつだから、そのうちもっとちゃんとしたやつを用意したいと思ってる』
『やったあ。たのしみ』
楽しみってことは……次も俺と一緒に寝るつもりでいるのか!?
『シ、シーシャ』
『なあに?』
『シーシャは、いつまで俺と一緒に行動してくれるんだ?』
シーシャは少し眠たげな、しかし普段と変わらないトーンで言う。
『いつまででもいるよ?』
『い、いつまでも……??』
どういうことだ? シーシャの時間に対する価値観がわからないから、どれくらい真に受けていいのか俺は困惑する。
『あのね、ミズキが”家”って場所を教えてくれてから、すごくあったかい気持ちになったんだ。私、もっとここにいたい』
『え』
『誰かといっしょに家で過ごすって、うれしいね』
喉の奥がぐっと熱くなる。
そんな風に思っていてくれていたのか。
『……俺も、そう思うよ』
『ほんと? よかったあ』
なら、尚更この場所を家としてより良い場所にしていかなくちゃな。
『シーシャ、家に住む者同士は、寝る前に「おやすみ」って言うんだ』
『そうなんだ。じゃあ「おやすみ」だね。ミズキ』
『おやすみ、シーシャ』
少しでも寝返りを打てば呼吸が交わりそうな距離で、なんとか寝付こうと目を瞑る。
当然俺は、目を閉じていてもまったく眠れず、地上で言う明け方を迎えたのだった。
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