第5話.人魚シーシャとサメのツルギちゃん
シーシャは本当に綺麗だった。
ぱっちりと開いた丸いピンク&ブルーのグラデーションの瞳、シミ一つない肌は、人間離れした美しさ。
胸元は大きなフリルの付いたチューブトップで覆われていて、その下から覗く腰はどこに食事が入るんだってくらい薄く華奢。
そして腰から下はオーロラカラーに光る鱗に覆われた、魚の尻尾が生えている。
そのシーシャに友達と紹介されたツルギちゃんは、額に剣のような出っ張りがある小さなサメの姿をしていた。
瞳はゴマ粒のように小さく、見た目のゆるさはういろうといい勝負だ。
そんなツルギちゃんは、ういろうと額同士を軽くぶつけ合ってじゃれ合っている。
俺たちは遺跡内の石の円卓に座って話をしていた。
テーブルも椅子もヒビが入っていて、いつ崩れるかハラハラしそうな見た目だ。
『そっか、ミズキは水の外から来たんだね』
さっそく俺の名前を呼んでくれるシーシャ。
女の子に名前を呼ばれる経験なんて滅多にないから変な気分だ。
ちなみに俺は、普段名乗る時、必要でない限り下の名前を名乗らないようにしている。
愉快な性格でもないのに「ユカイ」という名前を持ってる事が耐えられないからだ。
幼少期は、名前のことで散々からかわれた苦い思い出がある。
『でも知らなかったよ、水の外に生き物が住んでるなんて』
『シーシャ……は、水から出たことがないの?』
『うん。そんなことしたら死んじゃうもん』
そうなのか。人間みたいな顔をしているから感覚が麻痺するけど、人間とは全然違う生き物なんだよな。
『私はね、ツルギちゃんと探検してたの。そしたら変なモンスターが襲ってきて……逃げてたら、道に迷っちゃって、また別のモンスターに襲われて、その繰り返し』
『大変だったんだな……』
『でもミズキに会えたからプラマイプラスだよ』
ぐはっ。
ストレートに言われるの、だいぶ効く。
まあ俺個人に対してではなくて、地上の生き物が珍しいからそう言っているだけだとは思うが……。
『じゃあ俺とういろうで、家まで送ろうか? どこから来たんだ?』
『ピキュッ?』
『モーン』
ういろうが、呼ばれた気配を察して近寄ってくる。
シーシャは俺の言葉に、不思議そうな顔をして首を傾げた。
『イエ……って、なに?』
『え? 家は家だよ……ほら、住むところ』
『すむ……??』
嘘お。家に住むって概念をご存じない!?
『え、じゃ、じゃあシーシャは寝る時とか、ご飯を食べる時とか、どこでするんだ?』
『? その時によるよ? 直近だとサンゴの間に結界を張って寝たし、ご飯は向こうに生えてた泡イチゴを食べた』
わあ。だいぶサバイバル。野生の生き物みたいだ。
そう考えるとモンスター寄り……なのか?
そもそも、人魚って何なんだ?
ダンジョンに人魚がいるなんて話、今まで聞いたことなかったからな。
探索者アプリを起動しようと思ったが、なんとなく失礼な気がしてやめた。
目の前にいるんだから本人から話を聞いてみよう。
『ええと……俺も人間以外の生き物と話すのは初めてだから、色々聞かせてくれ。シーシャは、地上で言う「人魚」って生き物に似てるんだ。君は人魚なのか?』
『私、人魚なの?』
『そこから!?』
『こうやってお喋りできる生き物に初めて会ったから、よくわからない』
そっか、そりゃそうなるよな。
『でもね、私以外にお喋りできる生き物がいるのは知ってたよ』
『え? なんで?』
『これ』
シーシャは銀のネックレスを引っ張って、チューブトップの中から古びた端末を取り出す。
ネックレスに見えていたものは端末のストラップだったようだ。
『前に、水の底に落ちてたのを見つけたの。この板に魔力を流すと、色んな世界が見れるんだよ』
『見せてくれ』
おそらく、どこかの探索者が紛失した端末なのだろう。何かの拍子でロックが解除され、中が見れるようになっていた。
シーシャが指差す先には動画サイトのアプリがあった。
『ほら、ここを押すと出てくるでしょ?』
『ダンジョン動画を見てたのか……』
『ドウガ? でもわかったよ、これって水の外の世界なんだね。本当に実在する世界なんだ』
シーシャの瞳が好奇心できらきらと輝いている。
『シーシャがその動画を珍しいと思うように、俺も水中世界が珍しいんだ』
『ほんと? じゃあお揃いだね』
『お、おそろい……』
『ねえ、私が水の中のことをたくさん教えるから、ミズキも外の世界のことを教えて』
シーシャが真っ直ぐな瞳で俺を見ている。すごく綺麗だ。
俺が捻くれ陰キャじゃなければ瞬殺されていただろう。勘違いしないぞ、シーシャはあくまで地上が珍しいだけ、地上が珍しいだけ……!
『キュキュキュン』
ういろうが俺を落ち着かせるように寄り添ってくれる。何て頼りになる相棒なんだ。
『と、とりあえず、人間には家が必要なんだ。ご飯を食べたり寝たりするのは基本的に、そこで行うんだよ』
『どんな場所なの?』
『そうだなあ、この遺跡……は家というより神殿だし』
俺は遺跡を見渡す。
まだ探索していなかったが、住居として使えるスペースはどこかにないだろうか?
『大前提として、壁で囲われてて、外から簡単に入れない場所かな』
『それって結界とは何が違うの?』
『え? そう言われると……同じようなものなのか?』
『そっか、えいっ』
シーシャは何かに納得したように、手のひらを光らせて頭上にかざした。
ゆっくりと光が強くなっていったかと思えば、シャボン玉の膜のようなものが広がって遺跡全体を覆う。
『おお!!??』
『キュウウ~~イ』
ういろうが両ヒレをぱたぱた動かして、オーロラ色に揺らめく膜にはしゃいでいる。
その隣にはシーシャの様子を見守っているツルギちゃん。どことなく後方保護者面にも見えるのは気のせいか?
『家、ってこんな感じ? 外から簡単に入れなくしたよ』
『す……すごい、これがシーシャのスキルなのか?』
『すきる? 私、結界を張る事だけは得意なんだ。発動までに時間がかかるから、その前に襲われたらどうしようもないんだけどね』
あは、とシーシャは屈託なく微笑んだ。
『それでそれで、家が出来たら次は何するの? あ、ご飯を食べるんだっけ』
シーシャの尻尾の先がそわそわと動いている。
『でも、ご飯は見つけたその場で食べればいいんじゃないの? どうして家で食べるの?』
『えーと、ちなみにシーシャは料理って知ってる?』
『りょうり……あ! 見たことあるかも! あの板の映像で!』
『料理動画を見たのか』
それだ、と言わんばかりにシーシャが勢いよく頷く。
料理とは、って料理を知らない子にあらためて説明するとなると、難しいな。
『簡単に言うと、そのままじゃ食べられないものを食べられるようにしたり、食べられるものをより美味しく便利にしたりするようなこと……かな』
『面白そう! やりたいやりたい』
『じゃあ、そうだなあ……まずは食べられるものが採れる場所を教えてくれるか?』
『うん! そういうのはツルギちゃんが得意なんだよ!』
呼ばれたツルギちゃんは、待ってましたと言いたげな様子でシーシャの前に飛び出した。
『いっけえ、ツルギちゃん! 探す目標は食べられるもの!』
『ブモモン』
『よーし! ツルギちゃんを追えー!』
『は、早いな!?』
弾丸のように飛び出したツルギちゃんの後に続いて、シーシャも泳ぎ出す。俺も慌ててういろうを連れて後を追う。
魚ゾンビに追われていた時も思ったけど、ツルギちゃんとシーシャの遊泳速度はかなり高速だ。
あんなに高速で逃げ続けていたということは、一体どれくらい遠くから来たんだろう……?
こ、これ、追いつけるのか……!?
『キュ~イ』
『あ、ありがとう、ういろう』
ういろうが俺を気遣うように先に進んでは戻ってルートを見失わないようにしてくれる。
つくづく俺なんかにはもったいない、よく出来たパートナーだ。
料理が出来たらいっぱい食べさせてあげよう。美味しいものを作らないとな。
『ごめーーん!! ミズキ!!』
『モモン……』
『き、き、気にしないで……』
全速力のシーシャ達に追いつく頃にはぜえぜえと息が切れていた。砂の上にうつぶせに突っ伏す。
『私、料理っていうのが楽しみになっちゃって、夢中で泳いでたら、置いてきそうになって……ごめんね……』
『むしろ、それくらい楽しみにしててくれて、うれしいよ』
本心だ。シーシャが本気で楽しそうだったのが伝わってくるから、体はへろへろになりながらも心は全力で躍っていた。
シーシャが謝る必要はない。俺の体力が紙なのがいけない。うん。
『キュキュイ』
『ういろう、ありがとうな』
労わってくれるういろうの額を撫でる。ういろうは嬉しそうに尻尾を揺すった。
呼吸も落ち着いて来たので顔を上げると、そこには木々が広がっていた。
まるで水の底にそのまま森林が生えたかのような光景だ。
しかし聳え立つ木々は地上にある姿とは異なる、いかにも未知の種といった雰囲気だった。
『おおー、すごい景色』
『ピキュイ!』
『ツルギちゃんが、ここにいっぱい食べれるものがあるって教えてくれたよ!』
全力遊泳の疲れも吹っ飛ぶ微笑みで、シーシャは水中森林にキラキラとした視線を向ける。
そのテンションにつられて、俺の心もますます弾んでくる。
よし、さっそく森林探検&食材探しだ!
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