第22話.彼女の見た水中世界
======ルリカ視点======
今日は水中ダンジョン出張の日。
未知の未踏破ダンジョンの調査のために、現地にやって来た。
……は、いいものの。
『な、なんなんだここーーーー!!??』
ミルク色に光る水底に照らされて、輝く宮殿が姿を現す。
一面にエメラルドブルーが広がる景色に、銀の泡が渦を巻いて流れていく。
どこまでも連なるかのような銀いろの屋根。
見慣れぬ美しい石で出来た外壁。宮殿へと続く水晶の階段。
ここは本当にダンジョン? 御伽話の御殿にでも来てしまったんじゃないだろうか。
『なあ、なんだあの建造物は!?』
先導するミズキと名乗った探索者に尋ねる。
今はアタシのスキルコピーの能力で、彼の水中活動スキルを一時的に借りて水中へ潜っている状況だ。
人畜無害そうな印象の彼は、どこか遠い目をして答えた。
『あの……それが話すと色々長くなる理由がありまして……』
『キュ~』
ミズキの隣で、白いふにゃっとしたクジラのような生き物が身体を揺らしている。
伝説種と聞いているが随分と可愛らしい姿だ。
『というか目を通した資料に、あんな建造物のこと書いてなかったぞ……!?』
『そ、それが、つい最近出来たばっかりなので……』
『え!? そんな事があるはずないだろう!?』
さっぱり状況がわからないでいると、宮殿から何者かが泳いでくるのが見える。
何だ? 女の子? ……って近づいて来てるけど綺麗すぎないかあり得ない造形してるぞ何だあれ!?!?
『ミズキーー!! おかえりーーーー!!』
『シ、シーシャ……!』
『に、に、人魚だーーーーーー!!??』
凄い勢いで泳いできた人魚はミズキに飛びついていた。
人魚って本当にいるんだな。初めて見たけど意味わからん美しさすぎて叫んでしまった。
『ブモ~』
『主様、プルヴィアが目を覚ましたぞ!』
人魚の後に続いて、ちっちゃいサメと、半分馬で半分魚の生き物がやって来る。
なんだなんだ!?
『おや? そちらの方は?』
『え!? 尻尾がない……地上の生き物!?』
『ブモモ』
現実離れした宮殿を背景に、一斉に視線を向けられて。
『た、探索者ミズキ……状況を説明してくれ……!!』
アタシはそれだけ言うのが精一杯だった。
『へ、へえ……じゃあこの水底に遺跡があって、そこを調べたらウォーターゴーレムが見つかって、そいつが一瞬で宮殿を建てたっていうんだな……!?』
『あ、そんな感じです……』
経緯を聞いても、正直、そんな事ある?? というのが本音だった。
そもそも宮殿が出来る前から、人魚とサメの精と水棲馬とで遺跡に暮らしていたというんだから、前代未聞ではある。
どうやら他のダンジョンに比べてかなりモンスターが少ない事と、人魚の張った結界で平穏は維持されているみたいだけど……だからって住もうとするかなあ。探索大好きなアタシでも、さすがに遠慮したい。というか美々の待つ家に帰らないなんてあり得ない。
宮殿を作り上げたというウォーターゴーレムは、力を使い果たしてしばらく倒れていたという事だった。
介抱の途中でアタシを迎えに来てくれたらしく、それに関しては申し訳ないなと思う。
目覚めたウォーターゴーレムは、青く透き通ったマネキンのような己の手をじっと見つめている。
少し元気がない様子だった。
『力を使い切ってしまった……プルウィア、不覚……』
『大丈夫か、プルウィア』
『キュ!』
探索者ミズキがウォーターゴーレムに飴玉のようなものを与えている。おそらく魔素の補給だな。
その後ろから人魚の少女が近づき、彼の上着の裾に指を掛けて引き、振り向かせた。
『ねえ、ミズキ、今日はこのひとと一緒にどこか行っちゃうの?』
『え、いや、シーシャ、あの』
長い睫毛の下に瞳が伏せられ、整った顔が寂しげに歪められている。
目が合うと彼は顔を真っ赤にしながら言葉を詰まらせ始めた。いいな、若いなあ。
『ところでこの人も、水の外で暮らす生き物なんだよね?』
『ブモ?』
『あ、ああ、ルリカさんっていって……』
『うわあ、尻尾がないのはいっしょだけど、ミズキとすごく違う! どうして??』
『主様、このニンゲンはもしかして雌か? すると主様のレンアイタイショーという事で合っているか?』
『ケルピィ!? ごめんややこしくなるから黙っててくれ?』
水棲馬が、にゅっと話に割り込んで来る。みんなが好き放題に話し始めて収集がつかなくなってきた。
『賑やかだな、テイマーってみんなこうなのか……?』
なんとも微笑ましくて良い事だとは思うけど、仕事で来た以上あまりのんびりもしていられないな。
『仲がいいのは良い事だけど、今は調査を優先してくれないか』
『は、はい!』
『ピキュ!』
気になることは多いけど、まずは、ウォーターゴーレムが居たという遺跡内部を見たい。
内部を案内して欲しいと話し合い、私と探索者ミズキ、伝説種で遺跡内部へ向かうことになった。
『むう……私は一緒に行けないの?』
人魚の少女が可愛らしい顔でむくれている。
決定したのは私だ。先ほどの話し合いで、彼女は結界がないと水のない場所で生きられないと聞いた。それなら、遺跡内部に連れていくリスクは大きすぎる。
しかし、別行動になってしゅんとしている姿は少し可哀想だ。
慣れないことはするもんじゃないかなと思いつつも、アタシは精一杯のフォローを送る。
『まあまあ、どーんと構えとけ。恋心ってのは会えない時間が育てるものだぞ』
『コイゴコロ? ってなあに?』
『ル、ルリカさん!?』
ふんふん。この二人を突っついたら、探索者ミズキが沸騰するの面白いな。
大人げなくからかいたくなる衝動をぐっと抑える。
ミズキは、深呼吸して落ち着くと人魚の少女に向き直った。
『ごめんな。その……俺としても一緒に行動したいけど、安全な場所で待っていて欲しいとも思うし……。探索が落ち着いたら一緒に、家の飾りつけとか冒険とかしよう』
『ほんと!? 楽しみにしてるからね!』
尻尾をぴょこぴょこ揺らす人魚の少女は、再び笑顔に戻っていた。
すごいな、見た事もない素直さだ。アタシの周りの面倒な人類全員に、彼女の鱗を煎じて飲ませてやりたい。なんて思うくらいだ。
こうしてアタシたちはミズキの案内で、謎の遺跡内部へ向かった。
遺跡に潜る道中、思わぬ質問が飛んできた。
「そういえばルリカさんって、名字は東雲……ですよね」
「うん、そうだよ?」
「もしかして、ダンジョンで端末をなくして、最近見つかった事ありませんでしたか?」
「!? たしかに言う通りだけど……!?」
驚いた。なんで知ってるんだ!?
「実は、ルリカさんの端末。さっきの女の子、シーシャが拾ってたんですよ。それを俺が届けたら、東雲さんって調査官の方からお礼を言われて」
「キュイ!」
「美々か! あ~~、マジかあ! でもなんで、アタシの端末がこのダンジョンで見つかったんだ? 来たのは今回が初めてなのに」
「え? そう言われると不思議ですね……」
「ダンジョン同士はどこかで繋がっている、とか? まだまだ謎が深いな……」
そんな話をしながら、苔の匂いが充満する古い通路を進んでいく。
そうだ、ダンジョンは未知だ。だからこそアタシをこの仕事に導いて今も魅了している。
機械室のような場所に案内された時、その神秘に圧倒されて、アタシは思わず大きく息を吐き出していた。
「は~~……なるほどなあ。こりゃダンジョン研究者が泡拭いて喜びそうな遺物だな」
「やっぱり、特殊なものなんですか?」
天上や壁一面を這う無機質なコードや、中央に存在感を放つモニターを見渡して言う。
特殊なんてレベルじゃない、もっともっと凄い発見のような気がしてならない!
「ミズキは、ダンジョン学にはどこまで興味がある?」
「え、えっと……まったくの無知で……」
「ふふ、先入観がなくてむしろ有り難い」
アタシはとある説を思い出していた。
星の数ほどあるダンジョン都市伝説の、特にお気に入りの御伽話。
「アタシの好きな説。ダンジョンは、人類が滅びた異世界の残骸だ、って説があるんだ」
「……どういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。滅んだ異世界が千切れて、何らかの原理でアタシ達の世界にくっついたのが、ダンジョンなんじゃないかって」
ミズキは、ぽかんと口を開けて伝説種と顔を見合わせた。
「なんともファンタジックな説ですね……??」
「あはは、界隈じゃ全然支持されてない説らしいけど。でもさ、ここに残ってる機械とかを調べたら、ホントに異世界のことがわかったりして? なんて、探索者やってたらそういうロマンは妄想するよね」
「な、なるほど……?」
ワクワクする気持ちを抑えて、アタシは機械に向き合った。
起動したモニターに浮かび上がる文字が、未知を湛えて光っていた。




