幕間2.調査官ルリカと、その友人
ある一人の調査官が、彼女専用の執務室でのんびりコーヒーを啜っていた。
ダンジョン庁所属の調査官兼、A級探索者の東雲 瑠璃佳。
「さーて、ささっと残業終わらせて、可愛い妹が待つ我が家に帰りますか~」
ルリカはコーヒーを飲み干すと、PCのロック画面にパスワードを打ち込む。
「えーと、次の出張は新規ダンジョンの調査? どれどれ」
公的機関所属の探索者であるルリカは、庁からの指示でダンジョンに潜るのが主な仕事だ。
「ん? これ、事務の方でバタバタしてて現地調査が後回しになってるダンジョンじゃなかったっけ? 自宅アパートにダンジョンが出現とか、伝説種のテイムとか諸々」
こりゃ事務の皆さん頭抱えてそうだなあ、と、ルリカは他人事のように呟く。
「今のところ入った探索者は一人だけ……ってそんなことある? ……ああ、環境が特殊なのか。他に稼ぎが美味しいダンジョンなんて山ほどあるし、わざわざこんなところに潜る物好きもいないかあ」
資料に目を通しながら、ルリカの独り言は続く。
「成果は今のとこ、数種のモンスターのテイムに食用の素材ねえ……未知の種も混じってるみたいだけど、異色の環境のダンジョンにしてはちょっと成果が地味なような……うーん、潜った探索者がひとりだけじゃ、充分なデータ取れないか」
ルリカは頬をパンっと叩いた。
「よーし。それならアタシの調査で、いい感じのデータ取って来ようじゃないの!」
ルリカには好奇心と、ダンジョンに潜る飛び抜けた実力があった。
探索者に必要な資質を備えた、活発な女性である。
「この件はそういう感じでオッケー。……と、電話だ」
ルリカは端末に手を伸ばす。通話相手は『瀬戸 姫菊』と表示されていた。
「ヒメじゃん。何の用だろ」
ヒメギクはルリカの同業者であり、友人でもあった。共に若くしてA級探索者になった者同士、関わりも深い。
「ルリカさん、お久しぶりです」
「おー、ヒメ。相変わらずお堅いねえ。さすが名門のお嬢様」
端末の向こうから、凛とした声が響く。
「あなたが粗野すぎるのです。仮にもお役人様でしょう」
「役人がお上品なんて、誰が決めたんだ。そもそもアタシは探索者が本業で、ついでにダンジョン庁に所属してるだけなんだってば」
「ふふ、相変わらずですわね」
ヒメギクは通話に微笑の吐息を乗せた。
「それで、何があったの? もしかしてまたスキル増えた? なら、アタシに分けてよ」
「くっ……あなたは口を開けばそればかり……わたくしのスキルを何だと思っているのです」
「こんなこと気軽に言えるの、ヒメしか居ないからさあ」
「スキル目当てのケダモノ。野蛮人。探索バカ」
「ご、ごめんって」
軽口のあと、ヒメギクは何でもない調子で言う。
「……まあ、茶番はこの位で良いですわ。どのみちスキルは貸すつもりでしたし」
「ほんとか!? 持つべきものはやっぱ親友だよなあ」
「調子が良いですわね……。まあ、あなたのスケジュールに無理をさせてしまったのはわたくしですし、その埋め合わせという形です」
「ん? どういうこと?」
ルリカはPC画面の出張スケジュールに視線を戻す。
「わたくしの妹からのタレコミですわ。水中ダンジョンにおそらく価値ある何かが眠っていると。だから少々、ダンジョン庁の方々にお願いをしてあなたのスケジュールに急きょ加えさせてもらいましたの」
「そうなんだ? ……待ってヒメ、妹さんと仲直りできたの!!?」
「そっちですの!?」
「いやだって……一時期めちゃくちゃ落ち込んでたじゃん……妹さんが家を出てったって……」
通話の向こうのヒメギクの声が大きくなる。
「だ、だって! お父様もお母様もスイレンに酷い事を言うから! これ以上スイレンに文句があるならわたくしも家を出て行くと両親に啖呵を切ったはいいものの、既に去ってしまったスイレンは戻って来ませんでしたし……」
「やっと、連絡取れたのか?」
「はい。しばらくわたくしからの連絡は拒否されていましたが、最近になってスイレンの方から声をかけてくれるようになったのですわ。……わ、わ”たぐじっ、う”れじぐて……!」
「ヒメーー!? な、泣くなって!!」
いやでも分かるよ、妹は可愛いもんなとルリカは独り言つ。
ヒメギクが泣き止むのを待って、ようやく本題に入る事となった。
「……コホン。あなたのスキルなら水中ダンジョンに入ることも可能ですし、適任でしょう?」
「まあね、その水中活動スキル持ちの男の人が協力してくれるなら、だけど」
「スキルコピーのスキル、なんて……何度聞いても羨ましいほどのチートスキルですわ」
ルリカのスキルは『相手のスキルを借りて使用する』というもの。
要するにコピースキルの一種だ。
強力なスキルゆえに発動条件は厳しく、借用期間を明記した契約書に合意の上で、相手にサインしてもらう必要があるのだ。
スキルの精度は、借用期間に比例する。ほんの数分なら本来のスキル使用者を超えた力が出せる場合もあるし、永久と定めたらほとんど能力が発現しない。
そんなスキルを持つルリカが、ヒメギクと仲が良いのは幸運だったかもしれない。
「ヒメだって、取得した魔法スキルの数ならバケモノ級なんだよなあ」
瀬戸家の”大天才”へ向かって、ルリカが呟く。
うふふふ、と端末から静かな笑い声が帰ってくる。
そんな雰囲気に割り込むかのように、ふいに端末のアラームが鳴り響いた。
がばっと椅子から飛び上がるルリカ。
「あ! そろそろ帰んないと。美々のご飯が出来上がる頃だ」
「まあ、良いですわね」
「ヒメも、妹さんと仲良くな。それじゃ、ダンジョンの調査は任せといて~」
慌ただしく通話が切れた後の画面を見て、ヒメギクは「妹の手料理うらやましいですわ……」と溜息を漏らすのだった。
――その頃のスイレンの部屋――
「くしゅんっ!」
「ふしゅ?」
「やだ、誰がわたしの噂をしているんでしょう? 視聴者さん? 今日通りすがった人々? それとも神様? なーんて」
「ふしゃ~」
「ふふ、お待たせしましたほのちゃん。ご飯ですよ~。はいあーん」
「ふしゅる~♡」
ルリカは美々(ダンジョン署の調査官)の姉で、ヒメギクはスイレンの姉です。
いつもお読みいただきありがとうございます!
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