第13話.アザラシの妖精と遥かなる探し人
結晶洞窟で俺たちは、迷子のアザラシに出会ったのだった。
『かわいいー! お名前はなあに?』
『あたしは……セルキー族のヒナナっていうの』
アザラシはそう自己紹介した。
『セルキー?』
『ふむ、聞いたことがあるぞ!』
ケルピィが意気揚々と説明してくれる。
セルキーとは、水中ではアザラシの姿、地上では人間の姿になるアザラシの妖精らしい。
水陸で二つの姿を使い分けられるなんて、凄い生き物だ。
『ヒナナちゃんは、ここで何をしてたの?』
『えっと……あたし、おっきな氷の隙間に落ちちゃって、気がついたらここにいたの。氷の中で眠たくなっちゃって、しばらく寝てたみたい……?』
ヒナナは記憶を手繰りながら、辺りを見渡している。
『そうだ、ミッチは? ミッチはどこ?』
『ミッチ?』
『あたしのお友達なの』
友達とはぐれたのだろうか。俺たちは顔を見合わせる。
『うーん……ここに来るまでに、他のセルキーには会わなかったよな』
『ううん、ミッチは人間なの!』
『人間!?』
ってことは、ヒナナは他の探索者のテイムしたモンスターなのか?
『人間ってことは、地上のひと? ミズキ知ってる?』
『おにいちゃん、ミッチのこと知ってるの!?』
俺は交友関係が皆無だから、人間の知り合いに心当たりはまったく無いんだよ……。
とはいえ、何か力になれないかと思いヒナナの話を聞いてみる。
『ミッチって名前だけじゃ、何もわからないな……他に手がかりはあるか?』
『ミッチはおめめが大きくて、すごくかわいいの!』
『……ちなみに、他には?』
『あと、とっっっっても優しいの!』
手がかりほぼゼロである。
『ミッチは優しいから、あたしの無くした、あざらしの皮を見つけてくれたの』
『あざらしの……皮?』
『セルキー族は皮を着たり脱いだりして変化するの。……こんな感じなの』
そう言って、ヒナナがもふもふの毛皮を取り払う。
一瞬にしてアザラシの姿が消え、そこには金髪の小さな女の子の姿があった。
『すごーい! 変身した!』
『なんたる早業』
『ブモー』
なるほど……! これがセルキー族の二つの形態か。
『んっ……水の中ではやっぱり、皮を着ていた方がラクなの』
苦し気な表情をしたヒナナは、すぐにアザラシの皮を装着してもふもふの姿に戻った。
『あたし、地上で大事な皮をなくしちゃって、水の中に帰れなくなるとこだったの。でも、ミッチが見つけてくれたからこうして帰ってこれたの。それまではミッチとずっと一緒にいて、すっごく楽しかったの……! あのね、ミッチの好きな遊びはね……』
思い出を語るヒナナの瞳は、愛おしげに揺れていた。
『……そうだ! ミッチに水の中の宝物をあげるって約束したの! だから水中に帰ってきたの!』
ひとしきり思い出を語っていたヒナナはふいにそう叫ぶと、首から下げている二つの装飾を揺らした。
一つはシンプルなリボンチョーカー。もう一つは水晶に似た宝石のペンダントだった。
『こっちのリボンが、ミッチにもらった宝物なの。あたしはお返しに、ペンダントをあげようと思って……それで……氷に飲み込まれたの。思い出したの』
『そうか……ミッチって人、心配してるだろうな』
『あれ? リボンに、何か書いてあるよ』
シーシャがヒナナのリボンチョーカーを見つめる。
もしかしたら手がかりかもしれないと思い、ヒナナに了承をとってチョーカーを調べた。
『ミチル……スミカワ……?』
そこにはローマ字でフルネームらしきものが刻まれていた。
『うーん……いったんこの名前で、ダンジョン署に問い合わせてみるか』
『ピキュ!』
ヒナナの幼い仕草を見ていると、このまま放っておけないという気持ちが強まっていく。
テイムしたモンスターはダンジョン署に厳重に管理されているから、すぐにスミカワが見つかるだろう、と俺はこの時思っていたのだけど……。
「スミカワミチルという探索者はいない……ですか?」
「ええ、確認したところ、ヒナナという登録名のセルキーも情報がありませんでした」
俺はダンジョン署と連絡を取るために、一度地上のアパートへ帰ってきていた。
シーシャやヒナナ達には、遺跡でくつろいでもらっている。
「キュ……?」
一緒について来たういろうが、俺の疑問を代弁するかのように鳴いた。
「で、でも実際に、ヒナナってモンスターがスミカワって人を探してるんです」
「スミカワ様という方が、そのモンスターをテイムして登録を出しているとは限りません。たまたまダンジョンで関わったことがある、という状況であれば、私どもがお調べするのは難しいかと」
端末の向こうから、ダンジョン署の職員の申し訳なさそうな声が聞こえる。
まさかの空振りに、俺はがっくりとうなだれそうになって……
ふと、閃いたことがあった。
たまたまダンジョンで関わっただけ……?
本当にそうなのか?
俺の脳裏の疑問が膨らむ。ヒナナの言葉が思い出される。
―水の中ではやっぱり、皮を着ていた方がラクなの
―地上で大事な皮をなくしちゃって、水の中に帰れなくなるとこだったの
―でも、ミッチが見つけてくれた……
ヒナナとスミカワミチルが出会ったのは、もしかして地上じゃないのか?
いや、それは変か。テイムしていないモンスターは地上には出て来れないからだ。
ダンジョン封印の結界があるため、探索者が登録したモンスターでないとダンジョンの入り口を通れない。
スミカワはヒナナを登録していない。そもそも探索者なのかも定かではない。
待てよ。そういう状況なのであれば……
再びヒナナの言葉が浮かんでくる。
―おっきな氷の隙間に落ちちゃって、気がついたらここにいたの。氷の中で眠たくなっちゃって、しばらく寝てたみたい
もしかして、ヒナナとスミカワが出会った時期は……。
「あの、すみません。ダンジョンに結界が張られるようになったのって、いつからでしたっけ」
「少々お待ちください。そうですね……ちょうど、六十年前になります」
六十年前。ダンジョンに結界が張られる前の環境なら、地上に迷い込んできたセルキーと人間が出会うこともあるのではないだろうか?
俺は職員にお礼を言って電話を切った。
「キュイ~?」
「ういろう、俺の考えがもし当たってたら……ヒナナが探してるミッチって人は、たぶん今は六十歳以上かも」
「キュキュ?」
「ヒナナとミッチが会ったのが六十年前だとすると……ヒナナは氷の隙間に落ちて、六十年以上凍ってたんだ。そして氷が解けて目覚めて、俺たちに出会った」
「ピキュ……」
「でも、だからどう探すんだって話だよな……この考えも俺の妄想かもしれないし。……でも」
俺はヒナナのリボンチョーカーを見つめた。大事なものだけど、手がかりとして必要かと思い預からせてもらったものだ。
「やれるだけのことは、やってみる」
「キュイッ!」
そして俺が訪れたのは、東京郊外にある小さな和菓子屋だった。
『アザラシ堂』と素朴な筆文字で書かれた看板を見て、ぐっと拳を握り店内に入る決意をする。
「違ったら……変に思われるかもしれないけど……いやもう考えるより勢いだ行くぞういろう」
「キュッキュー!」
引き戸を開けて店内に入ると、ふくよかな女性のスタッフが俺を迎えた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの、アザラシまんじゅうを二つと……それから、こちらにミチルさんという方はいらっしゃいますか」
「ミチルは私の母ですが……どういったご用件でしょうか」
俺はヒナナのリボンチョーカーを見せて、これまでの経緯を伝えた。
ヒナナというアザラシの妖精が、ミッチという友達を探している事。
インターネットで情報を探しているうちに、このお店の記事を見つけた事。
そこに、アザラシ堂の由来として、店主の幼いころの友達との思い出が書かれていた事。
その思い出の内容がヒナナの言葉と一致した事……等。
俺が話し終わると、奥のふすまが開いて一人の老人が姿を現した。
優しい顔立ちをした、品のある老婦人だった。
この人が、ミッチさん。
「お話は聞いておりましたよ。そう……ヒナナちゃん、まだ、わたしのことを覚えていてくれたのね」
ミッチさんは懐かしそうに瞳を細めて、微笑んだ。
「こんなお婆ちゃんでよければ、またお友達になりましょうとお伝えいただけるかしら」
『ヒナナちゃん、ミッチちゃんと会えたんだよね?』
無事にヒナナを地上に送り届けた俺を、シーシャが迎えに来てくれていた。
『ああ、ヒナナは地上でミッチさんと暮らしたいって。色々手続きもしてきた』
『キュイ!』
登録上は、俺がヒナナの管理者という事になっている。
ヒナナやミッチさん達と話し合って、そう決まった。
テイムしたモンスターを誰かに預けるのは可能かとダンジョン署に問い合わせしたところ、審査の結果オッケーですただし何かあった時にあなたが全責任を負う覚悟は当然できていますね?(要約)といった回答が帰ってきた。
ヒナナやミッチさんを疑う気持ちは俺には無かったため、喜んで承諾した。
『私も地上についていきたかったよ~』
『シーシャも、地上が気になるのか?』
『うん。ミズキの世界がどんなところか気になる』
俺にとっては、ロクな思い出のない場所だったけど……。
こうして水中での出会いを通して、少しづつ地上とも向き合えるようになってきているのかもしれない。
その上で、今の俺にとって、家と呼べる場所は水中なんだ。
『今はここが、俺の世界だよ』
『おーー!? なんだろう、なんか……うれしいね』
『うれしい?』
『私たち、同じ世界にいるんだな、って。実感して、うれしい』
シーシャが眩しく笑う。
水中を泳ぐふたつの人影は片方はぎこちなく揺れ、もう片方は楽しげに舞いながら水底へと降りていく。小さな影がそんな二人の周りでクルクルと戯れている。
水中も地上も、すべての共に暮らす生き物を祝福するような光が、遥かから降り注いでいた。
人間と人外みたいな話を書きたかった回。
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