第9話.そして地上のひととき
いったんの地上。次話からはまた水中パートになります。
水中ダンジョンでシーシャとツルギちゃんと出会い、一緒に探検してご飯を食べて。
一夜明かした俺は、いったん地上へと帰還していた。
ダンジョンで得た成果の申請や、これからの活動で必要なものを買い出しに行くためだ。
「それにしても、家かあ……」
「キュイ?」
探索者の中にはダンジョンを気に入って、そこに住み着く者もいると聞いていた。
俺は半信半疑に、ほんとにそんな人がいたら命を百個くらいストックしてるようなやばい奴だと思ってた。
でも、ダンジョンから帰りたくない気持ちがわかってしまった。
地上に帰ると言った時に、残念そうに引き留めてきたシーシャの表情が忘れられない。
「ういろう~っ、俺どうしちゃったんだ」
「ピキュピキュ」
アパートのベッドの枕にぼすぼす顔面を打ち付ける俺の背中を、ういろうがヒレを器用に使ってよしよししてくれる。
ういろうが天使すぎる……!!
ああ……落ち着いて来た……そのまま脱力して布団に突っ込む。
「……ありがとう。グダグダしてる場合じゃないよな、さっさと済ませることを済ませちゃおう」
「ピキュ!」
まずダンジョン署に行って、泡イチゴのサンプルを提出。
詳細は確認中だが間違いなく未発見の植物で、大量に採取する価値はあると、対応してくれた職員が太鼓判を押してくれた。
それから、シーシャが拾った探索者の端末を遺失物として届けた。
元の持ち主がいる以上、返しておいた方がいいなと思ったからだ。
それから買い出しだ。端末を二台買った。
シーシャ用の端末を買うついでに、俺のも魔力充電式に買い替える。
他にもあれこれ必要なものを買っていたら、あっという間に夕方になってしまった。
「あ、そうだ。他にも見たいものがあったんだった」
「キュ?」
俺はモンスター用品の専門店に足を延ばす。
モンスターの食事や装備、遊具など、モンスターをテイムする探索者向けの専門店だ。
「いらっしゃいませ。あちらで免許証をご提示ください」
「は、はい」
ハイランク探索者しか入れない店だけあって、入り口はかしこまった雰囲気だった。
「ういろうの魔素を補給できるもの、何かいいのがあればと思って。お店を調べたんだ」
「キュイッ!」
中に入ってさっそくモンスター用装備のディスプレイを見てみるが、そこに掲げられている値段に驚愕する。
「う……な、なかなかいい値段……」
「キュウ」
「じゃ、じゃあせめてフードだ! 食べ物から試そう」
俺がうろうろしていると、さりげなく店員さんが声をかけてきた。
「何かお探しでしょうか」
「あ、あの……魔素を補給できるようなフードはありますか」
「はい。種族によって適切なフードは異なります。お召し上がりになるのはこちらの子でしょうか?」
店員さんがういろうを見る。丁寧な接客姿勢を崩さまいとする一方で、その瞳は珍しいものを見るようにぱちぱちとせわしなくまばたきをしていた。
「すごい……希少なモンスターなのですね。見たことのない子です」
「レヴィアタン、っていうらしいんですけど……」
「レヴィアタン……!?」
少々お待ちください、と店員さんがバックヤードに入っていく。しばらくして数人の店員さんがどやどやと押しかけて来た。
「うわーまじっすかあ! まじの伝説種っすか!?」
「先輩、接客中ですよ」
「驚いた……当店には様々なモンスターがいらっしゃいますが、初めて見る種族です」
「お客さんすごいっすね! どうやって! どこでテイムしたんすか!」
四方から店員さん達の興味津々な視線を浴びせられて、俺は慌てる。
「あの……俺はこいつのフードを買いに来ただけなんですが」
「し、失礼しました。しかし本当にあの伝説のレヴィアタンを拝めるなんて……! 伝説種は普段は擬態していると眉唾物の噂もあったのですが、実物を見て納得です! これが擬態姿なのですね」
「かわいーっすねえ。お風呂に浮かべるオモチャみたい」
「先輩っ、喋り方直してください。で、でも確かに、かわいい、です……」
「キュ?」
ういろうが満更でもない様子でヒレをぱたぱたさせているので、微笑ましい気持ちになる。
「伝説種にお気に召していただけるかはわかりませんが……水棲モンスター専用のフードがあります。こちらはいかがでしょう」
「キュー!」
「よろしければ、お試しください」
店員さんが試食を何種類か出してくれる。ういろうはフードを順番に額でツンツン突いた後に、一つを選んで食べた。
「きゃー、食べたっす!」
「か、かわいいですね……」
店員さんが頬を緩めながらういろうの食事を見守っている。たまたま店内の客が俺一人だったからか、店員さん達はういろうに付きっきりになっていた。
「なるほど、甘い味がお好みなのですね」
「そうなのか、ういろう」
「ピキュ!」
ういろうが選んだのは甘く味付けされているフードだった。
一番小さい袋のパッケージを選んで会計する。いまは資金がギリギリだけど、ダンジョン探索が軌道に乗ったら大きい袋をいっぱい買えるようになったらいいな。
あ、たったこれだけしか買わずに貧乏野郎って思われてたらどうしよう……!?
「うーん、うちのフードじゃ物足りなかったんすかね、あの探索者さん」
「伝説種のパートナー、ですもんね……もっと専門的で高品質なフードを用意しておかないと駄目なんでしょうか」
「検討の余地ありです……!」
実際には店員さんはこのようなことを話し合っていたが、ミズキに知る由はなかった。
店を出る間際、一人の店員さんがこんなことを聞いてきた。
「ねーっ、この子動画とかにしないんすか。絶対バズりますよ」
「いや……動画配信は規約が厳しいって聞いたので……」
「あーね。キッズ向けの方がまだユルいとかダンジョン動画の規約終わってますよねえ」
「はは……素性とか実績とかめちゃくちゃ調査されるっていうじゃないですか。俺、探索者なりたてなんで、申請通りませんよ」
「ガチで言ってます? なりたてで伝説種テイムしてるとか、ガチならやばすぎ! お客さんならすぐ申請通るようになりますって」
「か、考えておきますね」
「昔は規制ゆるかったとか羨ましー。まあ、規制しないとスプラッタばっかになるのはわかりますけど? こんなかわいくてレアなもの見る機会も減ってるとかガチだるい」
「先輩っ! なにしてるんですか」
「あ、やべ」
店員さん達に会釈して、モンスター用品専門店を後にする。
「さっきの話だけど……ういろうは、動画に出たい?」
「キュ~?」
「ほら、シーシャ達が見てるようなやつ」
「キュウ!」
「まあ、追々考えたらいっか」
そんな風に話しながら家路を歩いていると、ふいに端末に着信があった。
「え、誰だろ? ……ダンジョン署?」
もしかして泡イチゴの申請に関することかと思い、通話ボタンを押す。
「お忙しいところ恐れ入ります。ダンジョン署の東雲でございます」
「東雲……さん?」
東雲さんはダンジョン署の上席で、俺が探索者になる手続きを進めてくれた人だ。
そんな人から、何の電話だろう?
俺が戸惑っていると、東雲さんはスラスラと用件を話し始めた。
なんと、シーシャが水の中で拾った端末は、東雲さんの姉のものだったようだ。
東雲さん、探索者のお姉さんがいたのか。
「姉がとても喜んでいました。昔の家族写真のほとんどは、あの端末にしか残っていなかったので」
「そ、それは……よかったです」
「はい。おねえちゃ……コホン、姉の端末を届けてくれてありがとうございます」
東雲さん、お姉ちゃんって言いかけた?
「それでは失礼いたします。ダンジョン探索、どうかご武運を」
「あ、ありがとうございます」
東雲さんはその用件だけ伝えて電話を切ってしまった。心なしか声のトーンは照れくさそうに聞こえた。
あんなに隙のないエリートって感じの人にも、人間らしいとこあるんだなあ。
「ピキュ」
「端末、届けて良かったよ。もう持ち主見つかったって」
「キュ~!」
アパートが近づいてくる。
ほんの少し前までは何とも思っていなかった部屋までの道のりも、俺たちの家に繋がる道だと思えば何だか感慨深い。
シーシャは今頃何をしているだろうか。
「次は、水中睡眠スキルをもっと鍛えないと駄目か……? シーシャの傍でも邪心なく眠れるように」
「キュキュ?」
「あ、そういえば水中用の寝具買うの忘れた……!?」
この後すぐに水中ダンジョンに戻った俺が、シーシャの用意してくれた寝具にひっくり返るのはもう少し後のお話。
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