第10話.家を家らしくしよう、そして水棲馬ケルピー
探索者になってから二度目の水中ダンジョン。
俺たちは遺跡跡地で円卓を囲んで、今回の探索について話していた。
『ミズキ、これから何するー?』
『ブモー』
シーシャとツルギちゃんが、期待を込めた目でこちらを見ている。
人魚であるシーシャの瞳はピンクとブルーが混ざったような光彩をしていて、美しい色が好奇心にキラキラと輝いている。
『とりあえず、ここをもっと家らしくしたいと思ってるんだ』
『キュ!』
『えっと、そのためには資金が必要で……この前、森で見つけた泡イチゴがあっただろ? あれをこの近くで育てられないかなって』
家財調達のためのお金はいくらあってもいい。
完成品を買うのもクラフトキットを買うのも、どちらにせよお金がかかる。
ツルギちゃんの探索能力に甘えて、換金できるものを探したい……とも思ったが。
ツルギちゃんは、探知したら一直線に目的地に向かって泳いでいってしまう習性を持つ。
それだと目的のものがめちゃくちゃ遠い場所にあった時にしんどすぎる。
だから現時点で価値があるとわかっている、泡イチゴに頼ろうと思ったのだ。
『それじゃ、泡イチゴのとこにもう一度行くんだね!』
『モーン』
前回に採取した泡イチゴは結局、美味しかったのでサンプル分を残して全部食べ尽くしてしまった。
そう、普通に美味しいのでまた食べたいなという気持ちもちょっとある。
『ピキュッ』
『ういろうも甘いもの好きだもんな』
『キュキュイ~!』
シーシャとツルギちゃんに案内してもらって、水中森林まで移動する。
深いターコイズブルーの視界がぱっと開けたかと思ったら、眼下に森林が現れる景色は、何回見ても圧巻だ。
『よし、今回は泡イチゴを樹木ごと持ち帰るぞ』
『キュイ!』
『あれ? ミズキ、あそこに誰かがいるよ』
シーシャが指差した泡イチゴの茂みが揺れている。
なんだろう?
『まさかモンスター? いちおう警戒を……』
『キュー』
『あ、ういろう!』
ういろうは自分が様子を見に行くと言わんばかりに、茂みに向かってすいすい進んでいく。
そして、ひと鳴きすると、驚いたことに茂みから返事があった。
『ピキュッ』
『……おや? なんと愛らしい生き物よ』
茂みの中にいた何者かが、葉っぱの間からひょっこり顔を覗かせた。
『おお、これはどうも。ご機嫌麗しゅう』
そこから現れたのは、凛々しい馬の顔だった。
体色は青っぽく、たてがみには光る泡のようなものがいくつも絡まっている。
『モ、モンスター!? それに喋ってる……?』
『わあ、あなたもお喋りできるの?』
シーシャが瞳を輝かせて謎の馬に近づく。
謎の馬は茂みから跳躍して、その全身を露わにした。
『いかにも。我は聡いゆえ』
『へー! お名前はなんていうの?』
『個を示す名はないが、世間では水棲馬ケルピーと呼ばれているぞ』
ケルピー……聞いたことがあるような無いような。たしか、水棲モンスターの一種だったかも。
上半身が馬で下半身が魚のモンスターだ。
目の前にいるケルピーは、めちゃくちゃ流暢に喋っている。
ケルピーって会話できるモンスターだったのか。初めて知った。
『ケルピーちゃんは、ここで何してるの?』
『食事をとっていたぞ。恐ろしい獣がいなくなったので、安心して出て来られるようになった』
『え? 獣ってもしかして』
俺たちが倒した鱗バッファロー改め、スイスイギュウのことか?
『なんと! たしかに赤い鱗の獣だった。まさか君たちが退治していたとは』
『それで、今回は泡イチゴ……この実を採りに来たんだ』
『ほうほう。しかしこの木の実は、我が食べているところだ。君たちも食べたいのなら、いざ尋常に決闘をするがいい!』
『え?』
なぜかブルンブルンと鼻息を荒くし始めたケルピー。急にどうしたんだ? 決闘とか言い出したぞ。
『あの獣を倒した相手では、我に勝ち目がないのはわかっている! 怖い! 怖すぎる! このまま震えながら尻尾を巻いて逃げてしまいたい! だが恐怖を押し殺して、我は戦う……!』
『いや、戦う必要なくないか?』
思わず食い気味に返す。
『い、いま何と……!?』
『いや、戦う必要ないって……泡イチゴならあちこちにたくさん生えてるし』
『キュイ』
『な、なんだと!?』
ケルピーは驚いているのか、前脚をバタバタさせながら勢いよくのけぞった。
なんか話が噛み合わないな……ケルピーにはケルピーの世界の価値観があるのか?
『食べたいものが被ってしまった時は、争って勝った方のみがその食べ物を食べる権利が得られるはず……!』
『なんで!? じゃあもし、俺らがここで負けたら一生泡イチゴ食べられなくなるってこと?』
『当然そういう事だ。それが自然の掟』
『そんな掟、初めて聞いた』
『ば、ば、バカな!?』
ケルピーはヒヒーンと嘶いて更にのけぞった。のけぞりすぎてほぼ仰向けでひっくり返っているみたいな姿勢になっている。
『んー、ということは戦うの? 戦わないの?』
『モーン』
シーシャが考え込んでいる。そう言えばこの子もちょっと人間と違うんだった!
『戦わないって! いいからもう、みんなで泡イチゴ食べよう』
『な、なんと寛容な……!』
ケルピーの全身がブルブルと震えている。今更だけどリアクションデカいな、この馬。
『正直、戦っていたら我は負けていた……敗者にも食事を許すとは、なんたる器の大きさ』
『うん……ありがとう……?』
ピンと来ない価値観で感謝されても何とも言えない気持ちになる。
『ほら、いっぱいお食べ、ういろう』
『キュー!』
『ケルピーも……起きれるか?』
『う……し、しかし!』
まだ何かあるのか?
『このような情けをかけてもらっても、我に返せるものなどない!』
『返せる……? ああ、べつに何もいらないけど……』
森に生えてる実をみんなで食べるだけで、何で権利だの情けだのややこしい話になるんだ……。
そこら辺は俺にはわからない感覚があるかもしれないから、深くは突っ込まないけども。
案の定、ケルピーは前脚を上げて大きくひっくり返った。
『やっぱり美味しいねえミズキ』
『ああ、美味しい』
『モモン』
『キュイキュイ!』
みんな、思い思いに泡イチゴを味わっている。
『ケルピーの世界では、ご飯は戦って勝ち取るものかもしれないけど、俺は……誰かと一緒に食べる食事が好きだって気づいたんだ』
『な、な、な、なんと……! 一緒に食事するなど、そんな考え方がこの世にあったとは……!』
『キュ!』
『そうか、我が日々感じていた生きづらさは……我らの食事文化への、不適合……』
ケルピーはブルンと体を震わせると、跪くように前脚を折り曲げて頭を垂れた。
『我は目が覚めた。どうか、主様の文化で、我を導いてくれないだろうか』
『え!? いや、そんな大袈裟な感じじゃなくて、一緒にご飯を食べるっていうならいつでも』
『光栄の極み。礼として、主様のために全力で力を尽くすと誓おう』
『別にいいから……? あとその主様っていうのもちょっと』
なんだかよくわからないうちに誓われてしまった。
ふと、端末に通知が来たので開く。
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新たなモンスターをテイムしました。
【モンスター情報】
種族:ケルピー(水棲馬)
性別:オス
レベル:20
スキル:水中疾走
管理モンスターに加える場合は、下記リンクより登録情報を申請してください。
http://…
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なんかテイムしたことになってる!?
『ケルピーちゃん、泡イチゴおいしい?』
『うむ……これが、恩義の味……』
『そんな味噛み締めなくていいから!?』
こうして水棲馬のケルピーが俺たちの水中探索に加わることになった。
ケルピーがどうしても何かしたいというので、定期的に森の食材の採取と運搬をしてくれる事に話が落ち着いた。
これで泡イチゴをはじめ、水中森林の素材が安定して手に入るようになる。
植林をする必要もなくなるため、嬉しい誤算だった。
リターンが大きすぎて、逆に恐れ多い気もする!
でも食事で喜んでくれるみたいだし、ケルピーの口に合う料理もたくさん作ってあげよう……!
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