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不完全少年の憂鬱  作者: 仲村薫
過去編
19/20

『赤の悪魔』

新キャラ

田辺(たなべ)

仁村(にむら)

どうせもう出てこないですけどね。

三十分前––––––

「田辺さん! 緊急事態です!」

田辺と呼ばれる男は、事務室で、コーヒーを飲んでいた。仕事の合間に、一息ついていたのである。仕事というのは、もちろん研究。田辺はこの研究所に四年間つとめているが、目立った実績は、まだ、ない。

まだ、というのは、今取り組んでいる研究が、もうすぐ完成するからだ。今回は自分の中でも、良い出来だと思う。あと残すのは、実験だけだ。それが終われば、研究員としての地位も、名誉も上がるだろう。そう田辺は考えていた。

「あぁ? 何だ? また薬剤の配合でも間違えたのか?」

田辺の目の前で、血相を変え息を切らしているのは、仁村。この研究所に来てまだ一年も経っていない新人だ。研究中にミスが多く、指導担当として任された田辺の悩みの種の一つである。

「違います!! えーっと、だから、そうじゃなくて」

あたふたと、仁村がうろたえる。

「落ち着け、仁村。で、何があったんだ?」

田辺は、冷静を保ちながら、内心では不安を感じていた。また何か、仁村がやらかしたんだろうか、と。

だが。田辺の予想は、裏切られる。

「地下七階の実験室から、検体が逃げ出したんですよ!!」

「検体が?」

検体、というのは、つまりは人間だ。人体実験に使われる人間のことを、この研究所では検体と呼んでいる。

田辺は、嫌な予感を感じた。

七階。実験室。検体。その三つの言葉から、自分にとっての最悪の事態を想定する事は、容易だった。さらにそこへ仁村が、田辺の予想を絶対的なものへと変貌させる。

「検体番号は、0015......、今研究所内のどこにいるのかも、分かっていないそうです」

「検体番号0015......? お前今、0015と、言ったか!?」

「? はい、確かにそう言いましたが」

検体番号0015。

それは正しく、田辺の研究に使われている検体だった。

自分の研究が、逃げ出した。それがどのくらい危険なことなのか、それは研究者である本人が、一番よく分かっている。

「まずい......まずいぞ!! 仁村!! とりあえず、七階実験室までついて来い!!」

焦り。もし逃げ出したとなれば、管理が甘かったとされ、ここから追い出される可能性もある。さらに、自分の最高傑作となれば、その損失は計り知れない。今までの研究すべてが、泡となるのだから。

事務室を飛び出し、螺旋階段を駆け上がる。ここにはエレベーターなど存在しない。それが今は、非常にもどかしく感じた。ここは十三階で、七階まで随分上らなければいけないからだ。運動などほとんどしていない田辺にとっては、地獄のような段数だ。それでも、足に力を込め、一段飛ばしで上って行く。

「ちょ、ちょっと! 待ってくださいよ、田辺さん!」

仁村の声は、ただの音としか認識出来なかった。

足が重くなり、ふくらはぎに痛みが走る。汗が、背中を這う。頬を伝う。

「っぐぅっ!! はぁっ、はぁ、はっ、あぁっ、............あ」

ようやく、階段を上り終えたところで。

実験室の中が見えた。

「あぁ......! ああああ––––––!!」

実験の器具も。機械も。すべてがすべて、ぐちゃぐちゃに壊されていた。中央にある、筒状の、検体を保管するための水槽のようなものも、強化ガラスが砕け散り、中の液体がこぼれて、床に水たまりを作っていた。

さらに。実験の途中経過を記した、レポートも。ビリビリに破られた上に、濡れて文字が読めなくなっていた。インクが落ちてしまったのだ。これがあれば、まだ実験をやり直すことは、出来たのに。その希望も、ついばまれた。

「何もかも............何もかも、お終いだ......」

そう、呟いた時。後ろから、仁村の悲鳴が聞こえた。絶叫、とも言えそうな、叫びが。

「あ、あ、あ、あ、あ、ああ、あああああ。あー、あー、あいうえおー。やはははは! よし、やっと喋れたぜ、全くよぉ。いつまでもいつまでも閉じ込められて、喋り方まで忘れちまうとは、ひでぇ話じゃねぇか、おい」

声。仁村のではなく、もっと、少年らしい、そして鋭い声。

殺意に塗れた、とげとげしい声。触れただけで殺されてしまいそうな声に、田辺は恐怖を感じる。声だけで、感じてしまう。

「いやー、久しぶりに出て来たから、暴れ方がわかんなくってさぁ。あー、俺はどんだけ忘れてんだよ、ってさぁ。な訳で、ちょいと暴れさしてもらったぜ。ほっんっとに体がなまりまくっちまってるからよー」

検体番号0015。

「あ、それとさぁ、この仁村っておっさん、殺しちまったんだけどさぁ。いや、俺は悪くないぜ? ちょっと肩に触れたら、みしみしベキベキぎしぎしバキバキ聴こえてきたんだってば。そしたらあら不思議、おっさんの肩がぺしゃんこになっちまってよぉ。あれだな、紙粘土みたいだったぜ」

検体名、赤真深紅。

「おっさん、どーすんの? 俺に逃げられて困るんじゃねぇのか? 捕まえねぇの? あれ? ガン無視ですか? 今時の子供は孤独に生きて愛に飢えてんだから、優しくしないと駄目だぜ? 俺の知ったこっちゃねぇけどさぁ。愛で世界を救え、みたいな? やはははは!」

人類最強。

物理的戦闘での、最終形態にして最終進化。

「あーあ、飽きた。いや、そりゃ飽きるだろ! 一人芝居もいい加減にしろっつーの。いつまで喋ってなきゃいけねぇんだよ、俺は。ほんっとにつまんねぇーな。つまんねぇ。面白くねぇ。お天道様拝みにいくか、いっそのこと。暇で暇でしゃーねぇーぜ」

赤い髪の毛。

血の滴る手。

赤色で統一されたかのような、その全体像。

「あ。その前に」

赤。

紅。

朱。

血。血。血。

「おっさん殺さねーといけねーや」

衝撃。

感覚がすべて吹っ飛んだかのように、何も感じない。

何もかも感じない。

「やはははは! ぶっ飛ばすって気持ちいいぜ、なぁああ!! ぎゃはは!! 殺してぇ殺してぇ殺してぇ!! 血が疼く!! 止まれねぇ!! これが殺すってことかぁ!!? 楽しぃねぇえ!! 自由ってのはこういうことかよ!! 縛られないってのはこれがそうなのかよ!! くっそ笑えるぜ!!」

狂気と狂喜と凶気と凶喜。

すべてが、この実験体。

歪んで、捻れて、僻んで、捻くれて。

曲がりに曲がったのが、この実験体。

「こ、れで、実験は......成功、だ......」

「なんだよ、おっさん、生きてたのか」

通称––––––。

「じゃあ死ね」

––––––『赤の悪魔』。


次回、『大狂』!!

絶対タイトル変わるだろ!!

お楽しみに!!

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