『赤の悪魔』
新キャラ
田辺
仁村
どうせもう出てこないですけどね。
三十分前––––––
「田辺さん! 緊急事態です!」
田辺と呼ばれる男は、事務室で、コーヒーを飲んでいた。仕事の合間に、一息ついていたのである。仕事というのは、もちろん研究。田辺はこの研究所に四年間つとめているが、目立った実績は、まだ、ない。
まだ、というのは、今取り組んでいる研究が、もうすぐ完成するからだ。今回は自分の中でも、良い出来だと思う。あと残すのは、実験だけだ。それが終われば、研究員としての地位も、名誉も上がるだろう。そう田辺は考えていた。
「あぁ? 何だ? また薬剤の配合でも間違えたのか?」
田辺の目の前で、血相を変え息を切らしているのは、仁村。この研究所に来てまだ一年も経っていない新人だ。研究中にミスが多く、指導担当として任された田辺の悩みの種の一つである。
「違います!! えーっと、だから、そうじゃなくて」
あたふたと、仁村がうろたえる。
「落ち着け、仁村。で、何があったんだ?」
田辺は、冷静を保ちながら、内心では不安を感じていた。また何か、仁村がやらかしたんだろうか、と。
だが。田辺の予想は、裏切られる。
「地下七階の実験室から、検体が逃げ出したんですよ!!」
「検体が?」
検体、というのは、つまりは人間だ。人体実験に使われる人間のことを、この研究所では検体と呼んでいる。
田辺は、嫌な予感を感じた。
七階。実験室。検体。その三つの言葉から、自分にとっての最悪の事態を想定する事は、容易だった。さらにそこへ仁村が、田辺の予想を絶対的なものへと変貌させる。
「検体番号は、0015......、今研究所内のどこにいるのかも、分かっていないそうです」
「検体番号0015......? お前今、0015と、言ったか!?」
「? はい、確かにそう言いましたが」
検体番号0015。
それは正しく、田辺の研究に使われている検体だった。
自分の研究が、逃げ出した。それがどのくらい危険なことなのか、それは研究者である本人が、一番よく分かっている。
「まずい......まずいぞ!! 仁村!! とりあえず、七階実験室までついて来い!!」
焦り。もし逃げ出したとなれば、管理が甘かったとされ、ここから追い出される可能性もある。さらに、自分の最高傑作となれば、その損失は計り知れない。今までの研究すべてが、泡となるのだから。
事務室を飛び出し、螺旋階段を駆け上がる。ここにはエレベーターなど存在しない。それが今は、非常にもどかしく感じた。ここは十三階で、七階まで随分上らなければいけないからだ。運動などほとんどしていない田辺にとっては、地獄のような段数だ。それでも、足に力を込め、一段飛ばしで上って行く。
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいよ、田辺さん!」
仁村の声は、ただの音としか認識出来なかった。
足が重くなり、ふくらはぎに痛みが走る。汗が、背中を這う。頬を伝う。
「っぐぅっ!! はぁっ、はぁ、はっ、あぁっ、............あ」
ようやく、階段を上り終えたところで。
実験室の中が見えた。
「あぁ......! ああああ––––––!!」
実験の器具も。機械も。すべてがすべて、ぐちゃぐちゃに壊されていた。中央にある、筒状の、検体を保管するための水槽のようなものも、強化ガラスが砕け散り、中の液体がこぼれて、床に水たまりを作っていた。
さらに。実験の途中経過を記した、レポートも。ビリビリに破られた上に、濡れて文字が読めなくなっていた。インクが落ちてしまったのだ。これがあれば、まだ実験をやり直すことは、出来たのに。その希望も、ついばまれた。
「何もかも............何もかも、お終いだ......」
そう、呟いた時。後ろから、仁村の悲鳴が聞こえた。絶叫、とも言えそうな、叫びが。
「あ、あ、あ、あ、あ、ああ、あああああ。あー、あー、あいうえおー。やはははは! よし、やっと喋れたぜ、全くよぉ。いつまでもいつまでも閉じ込められて、喋り方まで忘れちまうとは、ひでぇ話じゃねぇか、おい」
声。仁村のではなく、もっと、少年らしい、そして鋭い声。
殺意に塗れた、とげとげしい声。触れただけで殺されてしまいそうな声に、田辺は恐怖を感じる。声だけで、感じてしまう。
「いやー、久しぶりに出て来たから、暴れ方がわかんなくってさぁ。あー、俺はどんだけ忘れてんだよ、ってさぁ。な訳で、ちょいと暴れさしてもらったぜ。ほっんっとに体がなまりまくっちまってるからよー」
検体番号0015。
「あ、それとさぁ、この仁村っておっさん、殺しちまったんだけどさぁ。いや、俺は悪くないぜ? ちょっと肩に触れたら、みしみしベキベキぎしぎしバキバキ聴こえてきたんだってば。そしたらあら不思議、おっさんの肩がぺしゃんこになっちまってよぉ。あれだな、紙粘土みたいだったぜ」
検体名、赤真深紅。
「おっさん、どーすんの? 俺に逃げられて困るんじゃねぇのか? 捕まえねぇの? あれ? ガン無視ですか? 今時の子供は孤独に生きて愛に飢えてんだから、優しくしないと駄目だぜ? 俺の知ったこっちゃねぇけどさぁ。愛で世界を救え、みたいな? やはははは!」
人類最強。
物理的戦闘での、最終形態にして最終進化。
「あーあ、飽きた。いや、そりゃ飽きるだろ! 一人芝居もいい加減にしろっつーの。いつまで喋ってなきゃいけねぇんだよ、俺は。ほんっとにつまんねぇーな。つまんねぇ。面白くねぇ。お天道様拝みにいくか、いっそのこと。暇で暇でしゃーねぇーぜ」
赤い髪の毛。
血の滴る手。
赤色で統一されたかのような、その全体像。
「あ。その前に」
赤。
紅。
朱。
血。血。血。
「おっさん殺さねーといけねーや」
衝撃。
感覚がすべて吹っ飛んだかのように、何も感じない。
何もかも感じない。
「やはははは! ぶっ飛ばすって気持ちいいぜ、なぁああ!! ぎゃはは!! 殺してぇ殺してぇ殺してぇ!! 血が疼く!! 止まれねぇ!! これが殺すってことかぁ!!? 楽しぃねぇえ!! 自由ってのはこういうことかよ!! 縛られないってのはこれがそうなのかよ!! くっそ笑えるぜ!!」
狂気と狂喜と凶気と凶喜。
すべてが、この実験体。
歪んで、捻れて、僻んで、捻くれて。
曲がりに曲がったのが、この実験体。
「こ、れで、実験は......成功、だ......」
「なんだよ、おっさん、生きてたのか」
通称––––––。
「じゃあ死ね」
––––––『赤の悪魔』。
次回、『大狂』!!
絶対タイトル変わるだろ!!
お楽しみに!!




