第6章 奪われた親友
密林で愛用の弓を片手に次々と獲物を仕留めるハンターの少女の姿が映っていた。
脅威は当たり前のように性別とは関係無く襲い掛かってくるものなのである。
ここはクリザローの密林である。その中に弓を持った黄色い鱗で作られた武装をした少女の姿があった。
今少女が発見したモンスターは、小型の豚のような姿をしたそれである。通称は苔豚とも呼ばれているが、今、そのピンク色をした身体が1人のハンターに狙われているのだ。
(あ、あれかなぁ? さてと……)
少女は弓を構えてその苔豚へ向かって1本の矢を勢い良く放つ。矢を風を切る音を出しながら一直線に苔豚へと向かう。頭部を真っ直ぐ射抜かれたモスはその場に倒れ込み、動かなくなった。
一応苔豚と言うモンスターはハンターに対しては殆ど人畜無害である。その為、実質そのまま放置しておいても狩猟に支障が出る事はまず無い。それでも狩る理由としては、大人しい草食竜のように食糧の生肉を得る為、或いは今いるハンターの少女のように訳在りで珍しい素材を狙っている為。
敵意の無いモンスターを、出来るだけ傷付けずに、次々と仕留めていく。最も、命を奪う事には変わらないのだが…。
そして少女は狩った苔豚へ近づき、やや面倒そうな表情を浮かべながら剥ぎ取り行為を始めるのだった。
(これってどんぐらいで売れるかなぁ……。まいいや、とりあえず……)
心の中で色々と大変そうな思いを込めながら、苔豚の背中に生えている苔を剥ぎ取っていく。
モスの苔は持ち帰るハンターが非常に少ない事が原因で色々な意味で珍しい素材となっている。これを持ち帰るハンターは物好きとされるほどである。
見つけ次第に苔豚を狩り、頭部に激しい損傷が確認されなかった場合は頭部も切り取り、自分のものとする。その素材もまた持って帰るハンターは少なく、流通量が少ない為に、珍品扱いされている。
少女の名前はミレイであり、弓を扱う緑色の髪を持ったハンターである。海のような綺麗な色をした青い瞳も特徴的だ。
どうやらこの狩場は行き着けの場所であるらしく、ここで希少価値のある素材を集めているらしい。しかし、それを集める為の事情も何だか複雑そうである。
仲間は今、きっと別の場所にいるのだろう。仲間と共に行動している時は、弓という遠距離武器に相応しく、後方支援なのは言うまでも無い。
現在は単独だからこそ、今自分がしたい事をやや勝手に出来るものである。チームでの行動は全員揃ってこそ出来る作戦というものがあるだろうし、1人の遅れが皆に迷惑をかける事だってある。チームプレイは自分を護ってくれる者がいてくれるが、逆に自分自身の行動にも大きな制約が加えられるのだ。
また、この密林には洞窟もあり、その中では黄甲蜂や紺角蟲等の蟲も潜んでいる。しかし、強い打撃を与えてしまうとその身体が砕ける事も多く、素材としての価値が無くなってしまう。
その為、今のミレイのように矢に毒を塗りつけ、そして傷を付けるだけで体内に毒が染み込み、そして死に至らしめる。こうすれば、その蟲の甲殻や翅を剥ぎ取る事が出来るのだ。
洞窟を出たミレイの目の前に現れたのは、大きな猪のようなモンスターだった。
「げっ……大猪じゃんあれ……」
その大猪と呼ばれたモンスターは、顔の両端から大きく、そして太く尖った牙が生えており、それは獲物を刺し殺す為に伸びたものである。凄まじい突進によって、獲物を仕留める豪快な攻撃を得意とする凶暴な種族である。
「とりあえず、あんたに邪魔はさせないわよ!」
ミレイはすぐに背中から弓を取り出した。
大猪は凶暴な性格ではあるが、モンスターの世界で比較すれば、相当下級なレベルのモンスターである。飛竜には到底及ばない。
突進だって、直進しかする事が出来ない為、横にずれてしまえばすぐに回避する事が出来る。
攻撃を避け次第、素早く弦を引き、その茶色い毛皮に向かって矢を射る。痛みの影響か、大猪の動きは徐々に鈍っていく。大猪から垂れる血が草原を徐々に赤く染めていく。
結果的に大猪は敗れたのだ。突進して、振り向いて、突進しての繰り返しであれば、経験を積んでいるハンターであれば恐ろしい攻撃手段とは言えない。
「じゃ、とりあえずあんたからも貰えるとこは貰っとくわよ」
ミレイは横たわる大猪に近寄り、毛皮や骨を剥ぎ取っていく。今までの苔豚や黄甲蜂等の素材と比較するとそこまで高値とは行かないが、それでも折角倒したのだから、貰える部分は貰っていくのがハンターというものである。
「あ、そうだ、そろそろ戻んないと不味いかも……」
ミレイは共にチームを組んでいた仲間を思い出し、今まで手に入れた素材を背負い、待ち合わせ場所の洞窟、先程ミレイが入った洞窟とは別の場所へと向かっていく。
走る事数分、目的の洞窟がやがて見えてくる。
洞窟の石の壁が障害となり、入り口ははっきりとは見る事が出来ないが、そこは確実に待ち合わせ場所の洞窟である。
「皆ぁ遅れてごめん! 今あたし戻ったわよ!」
待っている仲間は上司では無いらしく、友達に対して相応しい態度の謝り方でミレイは言いながら洞窟へと近づいていく。
その時である。洞窟の入り口から女性ハンターが倒れる姿を目的したのは。
入り口から倒れこんだのは、一人の女性ハンター。額から開いた穴からは血が流れ、その目はだらしなくに開いている。
「リ……リヴァー!! どうしたのよ!?」
ミレイは突然仲間が倒れる所を見てすぐにその足を速める。そのミレイの友人であろうリヴァーが倒れてすぐに別のハンターが洞窟から出てくる。右手に赤いボウガンを持った全身赤い鎧で身を包んだ白い仮面の男だった。
その男の姿を見て少女は意識が固まるのを覚える。
「けっ……なんも持ってねぇじゃねえかよ」
男は仰向けに倒れているリヴァーの身体のあちらこちらを乱暴に叩きながら何か金目の物が無いかと探っていたが、何も見つからなかった為、苛々した態度を周囲に撒き散らしている。
立ち上がり様に、動かなくなったハンターの横腹を蹴り飛ばす。
(あ……あいつがあたしの仲間殺したのね……!)
その光景を呆然と見ていたミレイを、男は見つける。男は死体に身体を向けたまま、顔だけをミレイに向けて言い放った。
「まだ仲間いたか……、さて、じゃあ今度はお前から金目のもん貰うとすっかぁ……」
男はボウガンを構えながら、ミレイに迫る。
「あんた! あたしの仲間に何したのよ!?」
ミレイは仲間に手を出したその赤い鎧の男に、拳を握り締めながら近づいていく。まるでこれから殴り飛ばしにでも行くかのように。
しかし、その程度で怖がるような男では無い。
「あぁあれか? ちょい俺ん金が無くなっちまったから、あいつらからちょい金目のもん譲ってもらおうと頼んだだけだぜ? 文句あんのか?」
もうその男がリヴァーを殺害している事に加え、その異常な程の威圧的な声色を聞けば、とても『譲ってもらう』というレベルでは無いだろう。強盗殺人の男を前に、冷静で居られるのだろうか。
「『護る』、じゃなくて『無理矢理奪い取る』の間違いなんじゃないの?」
心の奥に宿っている恐怖を押し殺しながら、ミレイは無理矢理強気で振舞いながら男にそう言った。
「あんま俺ん前で強がんねえ方が身の為だぜ? 金目のもん置いてくってんなら特別大サービスで命だけは助けてやってもいいぜ?」
銃口は向けず、赤い鎧の男はミレイに助かる為の道を提供するが、空気が軽くなった気がまるでしないだろう。
しかし、ミレイはそう簡単には男の要求を呑み込む事はしなかった。
「なんであんたみたいな奴に渡さなきゃなんないのよ!? あんたなんかに渡すぐらいだったら泥沼にでも捨てた方がずっとマシよ!」
ミレイは男に向かって怒鳴り声をあげるが、それが男の怒りに触れたからか、男はボウガンの引き金を引き、弾を発射させる。
―ビュン!!
鋭い風を斬る音と共に、ミレイの足元に弾が突き刺さり、地面の土が小さく抉られる。
「ひぃっ!」
ミレイはすぐ目の前に飛んで来た凶器を前に、全身を震わす事しか出来なかった。既にさっきまでの威勢は消え失せてしまっていた。今出来る事は、少女らしく、目の前の乱暴な男の前で怖がる事だけである。
「悪りぃなあ、ちょい手が滑ったぜ。でも次は真面目に殺すぞ。さっさと置いてかねえとあの女ども全員とおんなじ末路辿っ事なんぜ? いいのか?」
詫びも交えたその異様な脅迫宣言は、次に男を刺激すれば、確実にミレイもこの世から去る事を意味していただろう。
(嘘ぉ……皆……こいつに殺された……の? なんで……なんで……あたしの仲間……殺す必要……あんの……?)
その男の発言により、ミレイはリヴァー以外の仲間も殺された事を悟ってしまった。やがて、心を絶望が取り囲む。思わずその場で泣き出してしまいそうなくらいに追い詰められるが、男から放たれる殺戮のオーラが泣く事を許さない。
「どうした? 何か言ったらどうだ? それともここで死にてぇのか?」
男が呼びかけても、ミレイはしばらく下を向いたまま、何も反応を見せなかった。
「ああそうかぁ、じゃあここで死ね」
赤い鎧の男はボウガンを構え、銃口をミレイの黄色い防具の胴体部分へと向ける。
「あんたなんかに殺されたら皆に悪いわよ」
俯いたまま、ミレイはこの男に殺されてしまった仲間の心情を想像し、何だか自分も共に死んではいけないと考え始める。
「ハンターだったら……」
ミレイは呟くように、男に向かってそう短い一言を放つ。
「ハンターだったらなんだよ? さっさと言えよ」
気の無い言葉でミレイに問う。この時点では、男は警戒の素振りは表しておらず、寧ろ無防備といった状態だ。
――そして突然に……――
「自分で探したらどうなのよぉお!!!!」
ミレイはいくらか少女という身分を忘れ、最大限の力で怒鳴りながら先程大猪から剥ぎ取った牙を男に向かって投げつける。
「ぐぁっ!!」
仮面に護られているとは言え、顔面に直撃した牙によって男は大きくよろめいた。
非常に響く音を鳴らした牙は、そのまま勢い良く宙を舞い、草の茂る地面に軽い音を立てて落下する。自分が求めるモンスターの素材を他者から強奪するようなこの男に対しては、良い制裁となった事だろう。
単に男に罵声を浴びせられただけでは無く、牙をぶつけてよろめかせた事によって、時間稼ぎさえ出来たのだ。結果として、ミレイは牙を投げた後、即座にその場から逃げ出した。
「痛ってぇ……あんにゃろう!! ぜってぇぶっ殺してやっかんなぁ!!」
男はミレイの逃げる方向を確実に捉え、ボウガンを持ちながら少女を追いかける。
「あいつ……何者なのよ……人の仲間殺して……何様のつもりよ……」
ミレイは涙を流しながら必死で後を付けてくる男から逃げ続けた。
走る事によって前方から風が顔に強く当たり、涙が頬を伝って後ろへと流れていく。
「待てやぁ! どうせぶっ殺されんだから大人しく死ね!!」
後ろでは、怒鳴りながら男がしつこく追いかけてきている。ミレイはどこまで逃げれば助かるか、そこまでは考えていないだろう。いや、考える余裕が無かったのだ。それだけ追い詰められているのだから。
*** ***
「うわぁ~~~……、ほんっとあいつら危ねぇ連中だったなぁ……、よくあんなんで今まで生きて来られたよなぁ」
ガロト達を襲った深緑竜を見事に討伐したアビスは、思いっきり両腕を空に向かって伸ばしながら大欠伸をかいていた。
流石のアビスでも、あそこまで危険な戦い方をするハンターを見たのは初めてだったのだ。該当しているのはあの太刀を扱うジンであったが、しっかりとモンスターの動きを見てから攻撃を加えなければ反撃を受けてしまうというのに、そこの方の計算が出来ていない為に何度も攻撃を受けてしまっていた。
その為に大量の回復薬を浪費している。なかなかハラハラさせてくれるハンターだった。
そんなハンターと共に深緑竜と戦ったアビスであるから、肉体的にも精神的にも疲れているに違いない。
「あぁ~……早く帰って寝るかぁ……」
疲れ果てているアビスは、再び大欠伸をかいた。
その時だ。そのアビスの動作を邪魔するかのように近くで足音が聞こえたのは。しかし、アビスはその時はあまりそれを気にする事はしなかった。
恐らくここにも別のハンターがいて、別の飛竜と戦っているのだろうと、そして、今は実際に疲れているからこれ以上は関わり事には直面したくないと心で思っているから、さっさと帰る事しか考えていなかった。
やがて、その足音はどんどん近くなっていき、その足音を放っていた何者かの姿がやや遠方で見えた。
最も、茂みで視界は殆ど遮られ、その姿を明確に捉えるのは無理に近かったが。
「張り切ってんなぁあいつ」
全力疾走で走るその黄色い武具を纏ったハンターの姿を見たアビスは少しばかり関心を覚える。今自分はダラダラと歩いて帰路を目指す立場にあるが、そのハンターはアビスとは異なり、ハンターの血が騒いでいるかのように、走り続けているのだ。
今のアビスは殆ど寝惚けのような状態であり、他の事を気にする気になれないだろう。
だが、そのハンターの後ろには、もう1つの姿が存在した。
全身を真っ赤な鎧で包み、白い仮面のようなヘルムを被った男だった。その男を見た瞬間、アビスの表情が変わる。
「あいつ……! まさか!」
アビスはその瞬間、疲れの色で染まった顔を切り替え、すぐにその逃げる者を追いかける。
「いつまで追ってくんのよ……あいつ……!」
ミレイは未だに自分を追いかけてくる男に目を向けた。
「いい加減死ねや! さっさと俺に殺されちまえ!!」
男は怒鳴り散らしながら、足を止める事無く迫り続ける。目的は勿論ミレイの抹殺であり、そして金目の物の強奪だ。
追いつかれれば男の言葉通り、問答無用で殺されてしまう。
「もう……いい加減にしてよ!」
しつこく追いかけてくる男にミレイは彼女なりの反撃として、男に叫ぶ。しかし、それは逆にミレイ自身に負担をかけるだけだ。
ただでさえ走る事に全身系を集中させているのに、喉に負担をかけてしまっては逆に呼吸の妨げにもなってしまい、無駄に体力を消費してしまう。男は逆に体力は相当あるのか、怒鳴りながらもその足が遅くなる事は無い。
突然ミレイの周りに白い煙が立ち込める。同時に赤い鎧の男の視界が奪われ、そしてミレイを見失ってしまう。
「けっ! あの糞尼がぁ!! 変な小細工しやがってぇ! マジ殺してやっかんなぁ!!」
怒り出した男はボウガンを構えだし、乱射を開始する。下手な射撃も数発撃てば当たると考えたのだろう。だが、それは狙った獲物を逃がすまいという悪足掻きのようなものではあるが。
「何よ……!? この煙……!?」
この煙はミレイの放ったものでは無かったらしい。当然、赤い鎧の男が投げたものでも無い。
恐らくは第三者が放ったものであるが、その時だ。突然ミレイは背後から何者かに押さえつけられ、そのままどこかに引き摺り込まれる。口元も完全に押さえられ、声を発する事もままならなかった。
煙が完全に消え去った時には、もうそこには誰もいなかった。
男は乱射したのにも関わらず、何も残っていないという事は、逃げられた、それ以外に考えられる事は何も無かった。当然、適当に撃った弾も1発も命中していなかった事になる。
命中していれば、煙の晴れた地面には死体が、或いは重傷を受けて倒れ込んでいる哀れなハンターの姿があったはずだ。
「誰もいねぇ! クソがぁ! 逃げられたかぁ!」
折角の標的を無残にも見逃してしまい、悔しさと怒りで身を震わす。男はそのままミレイを捜し続ける為に、その周辺を歩き出す。
*** ***
「何すんのよあんた! 離しなさいよ!」
「馬鹿! 騒ぐなって! あいつに聞こえたらどうすんだよ!?」
アビスは、押さえ付けられながらもアビスに対して必死な抵抗をするミレイを何とか洞窟へと引き摺り込んだのだ。だが、アビスを知らないミレイは抵抗を止める事をしなかった。
やはり、自分の仲間が殺された後で、見ず知らずの人間に引き摺り込まれれば更なる恐怖を覚えるものなのかもしれない。
「離せぇ!!」
ミレイはアビスと距離が離れた一瞬の隙を突き、渾身の力でアビスの顔を横殴りにする。物凄い音と共に、アビスの手が完全にミレイから離れる。
アームで殴られたとは言え、手を護る部分は革で作られているからそこまでの硬度は無かったが、純粋な威力だけで見ても相当なものだったに違いない。
「痛ってぇ……、何すんだよいきなり!」
殴られたショックで尻餅を付いてしまうアビスであるが、それでも殴られた事に対してなんだか腹立たしくなってくる。
「それはこっちの台詞よ! いきなりこんなとこに引っ張っといて。あんたもあたしの物盗ろうと考えてんでしょ!? ふざけんのもいい加減にしてよ!」
ミレイはアビスに怒鳴りつけた後、肩で大きく呼吸をしながら洞窟を出ようとする。
「ちょ……待てって、なんでお前のもん盗る必要あんだよ?」
アビスはすぐに呼び止め、洞窟を出ようとしたミレイを止めた。力尽くでは無く、言葉だけで。
「何って……決まってんじゃない……。あんたあの変な男とあたしの取り合いみたいな事してたんでしょ?」
一瞬ミレイはアビスが本当にハンター殺しか、それに類するものなのかどうか戸惑ったが、それでも言いたい事だけは全部言い切った。
「あんた見た感じあいつよりずっと弱そうだし、その声もあいつと違って威圧的な何かってのも全く伝わんないし。でもあたしの折角集めた素材は絶対渡さないから。それじゃ、さようなら」
一応あの男から救ってくれたアビスであるが、そのアビスもあの男と同類で見られているらしい。
「待てよ。俺だから別にお前のもん盗ったりしねぇって。それにさっきの男だけどなあ、俺だって被害者だったんだよ。この前沼行った時あいつに会って、そんで変な因縁つけられて殺されかけたんだからよ。あんな奴に追っかけられてる奴見てほっとけるかよ」
アビスは再び、ミレイを言葉だけで止めた。
「えっ? じゃあ、あんたも被害者って事は……じゃあ、やっぱあんたは人を襲うハンター、じゃなくてえっと……一般的な……モンスターを狩るハンターって訳?」
「何だよそれ……。地味に回りくどい事言う奴だな……。兎に角俺はモンスターしか狙わないからさあ。人なんて襲ったらもうハンター以前の話になんだろ?」
「そ……そりゃ……そうよね? わざわざ煙ぶちまけてここまえあたしの事連れて来てくれたんだから……ちょっと……殴るなんて……引くわよね……? ホントに……ゴメンね! あたし別に悪気があった訳じゃないから!」
「ゴメンねってなぁ……こんな馬鹿力で殴っといて謝るだけで済ませる気かよ?」
アビスは未だに殴られた左の頬を押さえていた。折角助けた身であったというのに、自分に物理的な危害を加えられた事に少しばかり腹を立てていたのだ。
「いや、だって……その……いきなり後ろから掴まれちゃ……って何言ってんのかしら、あたしって……、じゃなくて、えっと……ホントにごめんなさい!」
ミレイは一度自分自身を落ち着かせ、今度は改めて真面目に頭を下げて謝った。
「いや、分かってくれたらいいからさあ。もう許すから、もう、行ってもいいよ。俺さっき深緑竜ってのと戦ったばっかでもうメッチャ疲れてるからさあ」
アビスは先程深緑竜と戦ったのだから、やはり体力的には少し厳しいものがあった。今までミレイを引き止めていたが、誤解も解消されたからもうここで2人が共にいる理由が完全に無くなったのだ。
今度はアビスが引例から離れたがる立場になった。
「あ、そうだ、所でさあ、あんたの名前まだ聞いてなかったんだけど、なんて言うの? ここで会ったのもなんかの縁かもしれないから、教えてくれる? あたしはミレイって言うの」
「いきなし自己紹介かぁ? まいいや、えっと、俺はアビスってんだけど……」
「アビス? ってあんたあのアビスなの?」
アビスの名前を聞いたミレイの表情が先程と比べて大きく変わる。まるで今まで探し求めていたものを見つけたかのように。
「って何だよいきなり。俺がなんかしたってのか?」
自分の名前を聞いただけでまた別の話題を持ち出そうとしてくるミレイに対してアビスは戸惑った。
「だってあんた、あのゼノン様の弟なんでしょ?」
「あ、まあそうだけど、なんでそれ知ってんだよ?」
「だってさあ、ゼノンさまって言ったら今から、えっと……6年ぐらい前だったかな、あの鋼風龍っていう古龍と戦った討伐隊のリーダーじゃん? あたしだってまだハンターやってなかった頃に母さんから聞いた事あるもん。まあ今はあんまり仲は良くないんだけど……。そんでそのゼノン様の弟のあんたもハンター目指して頑張ってるってのも聞いてるわよ」
「俺ってそんな皆に広まってたのかよ……。なんかやなんだけど……」
強大な力を持つ古龍と戦った戦士は、その兄弟の事も世間に知れ渡ってしまうのだろう。
だが、アビスはただ有名であるらしいだけで、実際の力はまだまだ半人前程度である。いきなりそのような呼ばれ方をされても困ってしまうはずだ。
「何言ってんのよあんたは? アビスはもう色んな人に期待されてんだからちゃんと応えないと不味くない?
「そうなのかなぁ……俺ってそんなに期待されてんのか?」
本当に信用しても良いのだろうかと、期待されているその事を重みとして捉えるかのように気が重くなるのをアビスは感じてしまう。
「そうよ? 折角あんたさぁ、皆に期待されてるってんのにあっさり諦めちゃってどうすんのよ? ここはさあ、ほら、ちょっと騙されたとでも思ってちょっと頑張ってみたら?」
ミレイは折角期待されているのだから、今は駄目でも自信を持って何でも取り組むのはどうだろうかと、アビスを励ましてみる。
「ん~まあそうだな、折角そうやって期待されてんならちょっと頑張ってみるわ俺。あ、そうだ、所でお前ってここに何しに来たんだよ?」
アビスはふと気付いた事を、ミレイに訊ねる。
「いや、何って……あんたがここに連れて来たんじゃない。いきなり何しに来たって言われても……」
『ここ』と言われれば、今隠れている洞窟を思い浮かべるはずだ。少しだけ言っている事がよく分からなかったアビスに対してミレイは軽くその細い首を傾げた。
「あぁいやいやそうじゃなくてさあ、えっと、誰か狩猟でもしに来たのかなって……意味だよ」
「ああはいはい成る程ね、そういう事ね。なんで密林に来てたかって事ね」
ミレイはようやくアビスの言いたい事を察知し、そして今までの経緯をこれから答える。
「あたしちょっと仲間と一緒にランポス狩りに来てたのよ。どうしてもランポスの鱗が必要だっていうから皆でここに来たのよ。でもあたしがちょっと皆と分かれて行動してたらあの男に皆殺されて……」
「ってあいつそんな弱い女の子まで襲ったのかよ……マジ最悪な奴だな……」
「弱いって、そんな事言わないでよ……」
「あ、悪い……」
言われて初めて気付いたような素振りを見せ、アビスは一言の謝罪を口に出した。
その後、ミレイは突然何かを思い出すかのように、すっと立ち上がる。
「悪いけど、あたしそろそろ行ってもいい? もうあの変な男もいなくなったろうし、それに早く皆の事弔ってあげないと……いけない……から……」
突然ミレイの表情が暗くなっていく。
「あ、そっかぁ……えっと、俺も手伝おうか?」
その暗くなった表情にアビスは戸惑うが、その戸惑う口を何とか動かし、ミレイに協力すると言ってみる。
「いや、あたし1人でやらせてくれる? あの……えっと……あたしのやなとこ見せたくないからさあ……」
ミレイはアビスの申し出を否定し、そして声が詰まる気分を覚える。泣き出しそうになったのかもしれない。
「でも……お前だけじゃあ大変だろ?」
「いいから……頼むから……あたし1人で……やらせて……。しつこい奴は嫌いよ……」
「……分かったよ」
異性からの脅迫紛いのメッセージを聞いたアビスは、あっさりと引き下がった。
そのままミレイは洞窟の出入り口へと近づき、そして太陽の光が直接当たる場所にまで移動し、そして立ち止まる。
「アビス……また会えたら、その時は一緒に狩猟でも……しようね……。それじゃ、じゃあね!」
アビスに背中を向けたまま、少女は言い残す。太陽の逆光となった彼女の後姿は、なぜかいつかあるかもしれない再会の時を必要以上に期待させる、そんな様子を映し出していた。
背中しか向けていなかったのは、きっと感情に何か大きな変化があったからかのかもしれない。
結局、ミレイはアビスと顔を合わせず、そのまま走り去ってしまった。
ただ、アビスはまたミレイと会いたい。そう思っていてもおかしくは無いだろう。
お久しぶりです。多忙な中、何とか次の章を投稿する事が出来ました。
やはり初期に執筆してた作品だったので、まだまだな部分も多かったかもしれません。今回は所謂主人公とヒロイン(になる予定のキャラ)との出会いを描きました。やはり普通に出会う事は難しいんでしょうが、それでも必ずどこかで結び付きが生まれて、それでまた出会った時こそは……というのが生まれると思います。
それでは、短いですが、これで失礼致します。




