45 地獄でおなかいっぱい
地獄喫茶、外観はツタ生い茂る所謂純喫茶です。
地獄喫茶などのおどろおどろしい看板は掲げられておりません。
ハンター達の間で地獄喫茶と呼ばれているだけで、ただの可愛らしい喫茶店なんじゃ。
中に入ると、ハンバーガーやピザのチェーン店のようなカウンターがあり、ピンク色の髪をツインテールにした店員さんがいらっしゃいませ、地獄喫茶へようこそと笑顔で迎えてくれました。
地獄喫茶で間違いないようです。
店員さんの背後には地獄の窯らしき禍々しき黒きオーラをまとう巨大なピザ窯がそびえています。
その数なんと三つ。
先輩がカウンターに入手した材料を置きます。
「地獄マルゲリータと地獄アップルパイにしてください」
「かしこまりましたー」
店員さんが私達に背を向けます。
店員さんの後頭部には大きな大きな口があり、ツインテールの毛先を使い棒アイスを食べています。
それも四本。
「あー、ふたくちー。アイスいいなー」
どうやら妖怪二口女みたいです。
ここ本当に日本の妖怪ランドなんだ。
妖怪好きさんにはたまらないだろうな。
店員さんはマルゲリータの材料とアップルパイの材料を分けて左の窯と真ん中の窯にそのまま放り込みます。
地獄の窯がまるで生きているかのように膨張し左右に揺れます。
「座ってよ」
「あ、はい」
カウンターのすぐそばの席に私とくうちゃんが並んで座り、先輩はその向かいの席に座りました。
「おまたせしましたー。地獄マルゲリータですー」
店員さんが私が初めて見るサイズのピザを運んできてくれました。
テーブルがピザ一枚に占拠されています。
多分一人用のこたつくらいの大きさだと思います。
熱々でとろけたチーズのいい匂いがします。
とっても美味しそうです。
それにしても早い、もうできたんだ。
材料入れるだけでできるなんて、地獄の窯というか、魔法の窯だよね、地獄錬金術。
お家に欲しいなぁ。
お母さん絶対喜ぶよね。
売り出したら絶対に売れると思うんだけど。
地獄の窯じゃ怖いからもうちょっと優しい名前にして。
柔らか地獄窯。
センスなし。
公募しよう。
「熱いので気を付けてくださいねー」
「ありがとうございます」
「くうちゃん熱いの全然へいきー。何でも冷却できるもん」
「楓は熱いから気を付けて」
「はい」
一切れでお腹いっぱいになっちゃいそう。
こんなに食べられるのかな。
「こちらサービスの地獄スカッシュですー」
「ありがとうございます」
地獄スカッシュ。
なんかもう地獄ってつけておけばいいと思ってるんじゃ。
赤と青と黄色が三層になっていて、美味しそうですが、なんか、パチパチ音がしてるんですけど、気のせいですか?
「ただの炭酸ジュースだから大丈夫だよ」
先輩が地獄スカッシュのストローに口を付けます。
「冷たくて美味しいよ」
「はい」
私も地獄スカッシュを飲んでみました。
確かに何の変哲もない炭酸ジュースです。
特別美味しいわけでもなく、地獄以外でも飲めそうな特別感のない味です。
もう一度あの地獄スカッシュを飲みたいなと、思い出せそうなものではありません。
「お姉ちゃん、ピザもう食べられるよ」
くうちゃんが自分の顔よりも大きなピザにかぶりつきチーズを口から伸ばしています。
「あ、うん。いただきます」
一口ぱくりといきました。
熱い、でも美味しい。
チーズとトマトが濃厚に絡み合い、ひかえめなバジルが渋い輝きを放っています。
どうやら私に食レポは無理なようです。
だって美味しいしか言いようがないんだもん。
これなら何枚でも食べられそう。
ううん、何枚でも食べたい。
「美味しいです」
「良かった」
「凄く美味しいです」
「おいしいねー。くうちゃんとろけたチーズ大好き」
「ホントに美味しいね」
大きなピザを二枚三人がかりで完食しました。
こんなにピザを食べたのは生まれて初めてです。
一生分食べたかも。
でも苦しくありません。
まだ食べられそう。
地獄では胃袋まで大きくなるのでしょうか。
地獄から帰ったらコロコロになってたらどうしよう。
浦島太郎みたいに。
考えるのやめよ。
美味しい時が嬉しい時。
「おまたせしましたー。こちら地獄アップルパイですー」
店員さんがピザと同じくらいのサイズのアップルパイを運んできてくれました。
ドーム状になった見るからに素敵な心ときめくアメリカンアップルパイです。
一切れがまたとても大きいですが、なんでしょう、全然食べられそうです。
調子出てきたのかな。
地獄絶好調。
一人でワンホールいけるかも。
自信しかありません。
というか、食欲が人生で一番漲っている気がします。
まさか地獄で食欲の鬼と化す日が来るとは。
これが地獄の特殊効果?
何らかのバフ?
先輩の能力?
それともくーちゃん?
「おいしー。林檎いっぱーい。甘酸っぱーい」
地獄アップルパイ、とっても美味しいです。
世の中に言葉は無限にあれど我が語彙に影響あらじ。
美味しい以外の食べ物の称賛ってどういうこと言ったらいいの?
ダメだ、美味しいしか思いつかない。
貧弱すぎて悲しい。
私の辞書薄すぎて単語十個くらいしかないんじゃ。
先輩。
かっこいい。
優しい。
綺麗。
美しい。
楽しい。
嬉しい。
凄い。
幸せ。
大好き。
あ、大丈夫、十個以上余裕でありそう。
「先輩、このアップルパイ今までで一番美味しいです」
「そう、それは良かった。いっぱい食べて」
「はい。なんかすみません。平凡なことしか言えなくて。あの、大げさじゃなくて世界一美味しいです」
「いいよ。楓の顔見てたら美味しいってわかるよ」
先輩の今の表情、なんて表現したらいいんだろう。
暖かい。
陽だまりみたいな、その場所へ移動したくなるような、それがずっと続いていくような、生まれる前から知っていたような、普遍的で遠い遠い昔からあるもの。
先輩なんて顔をしているの。
胸の奥の奥にしまっておきたい。
言葉にできないのがもどかしい。
でも、でも、必死に見つけたい。
できれば言葉にしてみたい。
私を見てくれる先輩を。
誰か私に教えて欲しい。
この表情をなんというのか。
二枚目のアップルパイと一緒に店員さんがバケツのような大きさの地獄バニラアイスを運んできてくれたので、アップルパイに添えたり、地獄スカッシュに乗せたりして楽しみました。
バニラアイスと熱々の林檎相性が良すぎる。
美味しい。
ここは美味しい地獄。
今日一生分のピザとアップルパイを食べました。
でも全然苦しくない、お腹いっぱいなのに。
「じゃあお腹いっぱいになったことだし、あとは地獄葡萄を狩りに行こっか」




