44 地獄で三人
地獄の門をくぐると燃え盛るつり橋が待っていました。
「大丈夫。燃えてるけど、熱くないよ」
「そうですか」
「こわーい。お姉ちゃんだっこして」
「うん」
何で燃えてるのに橋落ちないんだろ?
あ、ダンジョンだからか。
「とりあえず昼だしなんか食べよう」
「はい」
「このダンジョン、中で何か口に入れないと体力ごりごりに削られていくから絶対に食べなきゃダメなんだよ」
「そうなんですか」
「うん。知らないで食べ物持参すると倒れちゃうよ」
「こわーい」
「怖いね」
ダンジョンにもいろんなルールがあるんだなぁ。
「お兄ちゃん何食べるの?」
「一つはアップルパイ」
「くうちゃんね、好き嫌いないよ。お姉ちゃん偉い?」
「偉いね」
「じゃあまずは地獄林檎を集めよっか」
「地獄林檎?」
何それ。
食べられるんですか?
心がざわざわしますけど。
でも先輩が集めるというのなら一緒に集めたいです。
地獄林檎。
「このダンジョンは食材を集めて持っていくと調理してくれるんだよ。地獄の窯で」
「地獄の窯」
「うん。地獄アップルパイ美味しいよ」
地獄アップルパイ。
なんていうか、熱くて、火傷しそう、というか耐えられるのかな、平凡な私の舌。
「楓アップルパイ好きって言ってたでしょ?」
「え?」
「前言ってたから、ここのアップルパイは本当に美味しいから楓に食べさせたくて」
憶えててくれたんだ。
先輩が私の。
どうしよう、泣いちゃう。
先輩本当に私のこと考えてくれているんだ。
なんていうか、幸せのタガが外れたんじゃ。
今日人生最後のアップルパイになるかも。
もういいや、なっても。
全力で今を楽しむ。
怯えたりしない。
地獄だって何にも怖くない。
先輩がいなくなることに比べたら何も。
「くうちゃんもアップルパイ大好きだよ」
「それなら良かった。じゃ、地獄林檎探そ」
「あ、はい」
つり橋を渡りきると、白いエプロン姿の白い髪をおだんご頭にした丸みのあるお顔をした小柄なおばあさんが立っていました。
美味しいクッキー焼いてくれそう。
と呑気なことを思っていたら、おばあさんが左手で自分のエプロンをつまみ右手を差し出します。
なんだろ、なんか出さないとここを通さないとか?
地獄だから六文銭?
持ってないよ。
先輩持ってるかな。
先輩が首を振るとおばあさんの両目がいきなり金色に光り先輩めがけて右の拳を振り下ろしてきました。
おばあさんの腕は太くなり、丸太のようです。
先輩はおばあさんの攻撃をひらりとかわすと、くうちゃんを抱える私ごと抱っこして走り出します。
「あれ、奪衣婆」
「奪衣婆?え?」
「服はぎとられたら困るから逃げるよ」
「くうちゃんこのTシャツ気に入ってるから、とられちゃやーやーなの」
「ははっ。俺も服とられんのは嫌。ある程度の距離を逃げると倒さなくても追いかけてこなくなるから逃げるよ」
私も今日のTシャツ気に入ってるから取られるのはちょっと。
わわ、先輩早すぎ。
このスピードなら地球一周しちゃいそう。
あれ、でも先輩なら服とられる心配ないんじゃ。
あ、設定切ってるのか。
どのくらい走ったのかはわかりませんが、先輩が走るのをやめ立ち止まります。
「もう大丈夫だね。ちなみに奪衣婆のパンチはかなり強くて一撃で死ぬこともあるから、服あげちゃうのも手段の一つだよ」
「そうなんですか。あんなに優しそうなのに」
クリームシチューことこと煮込んでそうなのに。
お家遊びに行ったら手作りのジャムとかくれたり、髪みつあみにしてくれたりしそうなのに。
「おろしてー。くうちゃんこんな高い高いいやー」
「はいはい」
先輩が私とくうちゃんを下ろします。
見渡す限り、空は曇天。
枯れ木だらけの、お手本のような荒涼とした景色。
確かにここは地獄かも。
でも先輩がいるから私からしたら天国。
「あ、餓鬼」
「え?」
「わー。お腹ぱつんぱつん。風船みたい。あれつついたらぷしゅってなる?」
「なんないよ」
餓鬼はお腹だけが異様に大きく膨らみ手足は限界まで細く、目をそむけたくなるくらい痛々しい姿です。
「わー。いっぱいいるー」
「大丈夫。賢いから、強い人間には近づいてこないよ」
「そうなんですか」
「うん。ほら、道開けてくれてるでしょ」
「あ」
先輩の言う通り餓鬼の集団は先輩が進むたびに触れないようによけてくれます。
まるで海が裂けていくみたいです。
「餓鬼に触られるとお腹が異様にすいたり、喉が渇いたりするから、最悪の場合死んじゃったりするよ」
「怖いんですね」
「まあB級ダンジョンになると死ぬかもしれないことかなり多くなるかな」
「そうですか」
「お姉ちゃん大丈夫だよー。餓鬼がお姉ちゃんに触りそうになったらくうちゃんが凍らせてぱきーんするから、なんも怖くないよ」
「あ、ありがとう」
「あ、あれ、地獄林檎」
大きな木が見えてきました。
先ほどまでの鉛色の空はどこへやら、青空が広がり豊かな大地が私達を迎えてくれました。
まるで日めくりカレンダーがめくられ、次の日になったみたいです。
大きな木はまるで小さな城塞のよう。
林檎は沢山なっていますが、色は赤ではなく、紫です。
「紫の林檎なんて初めて見ました」
「地獄林檎はそのまま食べても美味しいよ。皮ごと食べられる」
「くうちゃん食べたい。お兄ちゃんとってー」
「はいはい」
先輩が地獄林檎の木のほうへ一歩踏み出すと、木の枝が左からも右からも腕のように動きだし、こちらへ紫の林檎を投げ込んできました。
とんでもない剛速球です。
多分三百五十キロくらい出ていたと思いますが、先輩は右手と左手で平然とキャッチしました。
「はい。くうちゃん。楓も」
「ありがとー」
「ありがとうございます。いただきます」
くうちゃんが紫の林檎にかじりついたので私も思い切ってがぶりといきました。
「おいしー」
「美味しいです」
「ね?」
本当に美味しいです。
これが至福というものでしょうか、林檎をここまで美味しいと思ったのは生まれて初めてです。
「こんな美味しい林檎初めて食べました」
「でしょ?ここの林檎のためだけにダンジョンに来るハンター多いんだよ。地獄林檎はここにしかないから」
地獄林檎がまた地獄ストレートを投げ込んできて、先輩がキャッチします。
よく見ると地獄林檎の幹には目があり、口があり、なにやら邪悪に微笑んでいるように見えます。
「あとは鬼を狩ったら砂糖とか小麦粉とか他の材料が揃うよ」
「わー。くうちゃんやるー。鬼凍らすー」
くうちゃんが本物の氷鬼をしてくれて、材料が揃いました。
「じゃあ行こっか。地獄喫茶」
「そこに地獄の窯があるんですか?」
「うん。チーズとバジルも落ちたから、あとは地獄トマトとってピザにしてもらお」
「わーい。くうちゃんピザすきー」
地獄トマト。
紫なのかな。
それとも呪詛の言葉を吐き続けるトマトとか?
「地獄トマトはもうちょっと行くとあるよ。トマトを投げつけられる道があるからそこで入手する」
トマトを投げつけられる道?
平穏じゃなさすぎる。
まあダンジョンなんだから当たり前か。
寧ろトマトなら柔らかいから、怪我する心配もないから、比較的良心的なの、かな?
「あ、きた」
「え?」
先輩がキャッチしたトマトは丸いスイカくらいの大きさですが、先輩は右手だけでキャッチします。
色は普通に赤。
みずみずしくて美味しそうです。
「おっきいですね」
「うん。これは一個で十分。じゃあ二人ともつかまって」
先輩が瞬間移動したので、私達はいよいよ地獄喫茶へ。
さて何が待ち受けているのでしょうか。
鬼が出るか蛇が出るか。
鬼はもう登場したのであとは蛇ですが、どんなモンスターが出てこようとも先輩より強いわけがないので、未知の恐怖より楽しい期待だけです。
とりあえず今、お腹はもう限界のペコペコです。




