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37 ずっと見てて

今日は久しぶりに先輩とダンジョンに来ることができました。

なんと一週間ぶりです。

私が校外学習で横浜に行っていた月曜日、先輩はD級ダンジョンがA級ダンジョンになってしまったので、その調査をしていました。

そのおかげで先輩に会うことができたわけですが、それが終わると火曜日には北海道にS級ダンジョンが出たということで、急遽網走へ行くことになりました。

それを終えた水曜日には福岡の小倉へ、木曜日には岩手の花巻へ。

とまあ先輩は目まぐるしい一週間を過ごしていたわけです。


そして私達は今、広大なお花畑のお花の中にいます。

そのお花は見た目はチューリップですが、大きさが私の知っているチューリップではありません。

ここは巨人用に作られたチューリップ畑のように見えますが、今のところ巨人の姿などは確認できていません。

大きな先輩でさえここでは着せ替え人形のようなサイズに見えます。

私達のいるチューリップはちょうど遊園地のコーヒーカップくらいの大きさと表現するのが的確かと思われます。

私は赤いチューリップの中に腰を下ろし胡坐をかく先輩と向かい合っています。


「親指姫になったみたいですね?」


「親指姫って、聞いたことあるけどどんな話か知らない。どんな話?」


私は親指姫のざっくりとしたあらすじを先輩に話しました。


「ねえ、なんで王子と結婚しちゃったの?」


「え?」


「だって、親指姫を助けたのはつばめでしょ?王子何もしてなくない?」


「そういえばそうですね」


確かに。

モグラさんとの結婚が嫌でつばめさんに助けてもらい花の国にたどり着いた親指姫は花の国の王子様と結婚し、めでたしめでたしで物語は終了します。


「いきなり出てきたぽっと出に親指姫取られちゃったの?」


「そうなりますね」


「どう考えてもつばめと結婚する流れじゃなかった?」


「どうでしょう。童話ですから、最後は王子様と結婚するしかないんじゃないでしょうか?」


「そういうものなの?」


「異類婚姻譚ってありますけど美女と野獣も最後には王子様の姿に戻りますし、もし、親指姫とつばめさんが結婚するなら、つばめさんが何らかの呪いをかけられてつばめの姿になっているだけで実は王子様でしたってするしかないです、かね?」


「それでいいよ。なんかつばめ可哀そう。報われなくて」


「確かにそうですよね」


「だってつばめは親指姫が好きだったでしょ?」


「うーん。そうだと思いますけど、でも介抱してくれた恩返しがしたかっただけかもしれませんし」


「そうかなー。好きだったと思うけど」


先輩王子様よりつばめさんに共感しちゃうんだ。

見た目先輩この世界の誰よりも完璧な王子様なのに。


「童話ってみんなそうなの?」


「え?」


「みんな最後には王子様と結婚するの?」


「そうですね。ほとんどそうだと思います」


「人間以外と結婚したりしないんだ?」


「うーん、しないと、思います。鶴の恩返しとか雪女とかありますけど、王子様とお姫様の話ではないので」


「王子様って強いの?」


「どうでしょう、あんまり戦っている場面はないので強いかはちょっとわからないですね」


そういえば、戦ってる童話の王子様っていたっけ?

シンデレラはガラスの靴の持ち主を探しているだけだし、白雪姫は通りがかっただけだし、眠り姫もラプンチェルもそうだったよね、確か森の中を歩いていて。

あれ、王子様本当は何もしていない?


「ダンジョンとか出てこないの?」


「出てこないですね。森とか山とかなら出てきますけど。ダンジョンが出てくる童話は、私は知らないですね」


「そっかー」


「ダンジョンにお姫様っていたりします?」


「お姫様みたいな恰好をしてる人なら見たことある。王子様も」


「あ、そうだ、先輩。転移石ってどうやって入手するんですか?」


「楓転移石欲しいの?」


「あ、いえ、あの、この間横浜のダンジョンに行ったとき三崎君からもらったんです。それで」


「あ、思い出した。そうだ、楓。もう俺以外とダンジョン行かないで」


「え?」


「楓この間三崎君と二人でダンジョンにいたでしょ。俺あれ、すっごく嫌だった。今思い出しても嫌」


「あ、えっと」


「ダンジョンのことは一から百まで俺が楓に全部教えてあげたい。だから俺以外とダンジョン行かないで、お願い」


「え、え、あの」


「だってダンジョンのこと以外俺が楓に教えてあげられることってないもん」


「そんなことないんじゃ」


「楓、お願い」


先輩はじっと私を見ます。

この世で一番美しい緑色の瞳が私だけを見ています。

目をそらすことなど私にはできません。

そんな目で見つめられて、頷かない人間がいるでしょうか。

選択肢など私には最初からあり得ません。

イエスと言ってと言われなくてもイエスです。


「わかりました。先輩以外と行きません」


「ホント?じゃあ一生ね」


「一生?」


え?

卒業までじゃなくて?


「うん。一生俺だけとダンジョン行って」


「それは、その、ちょっと長すぎるんじゃ」


「え、そう?」


「先輩、そんなこと言いますけど、その、先輩は、だって、ダンジョンで死にたいって」


「そんなのずっと先の話だよ。まだ俺当分死ぬ予定はないよ」


嘘。

先輩私の人生狂わすだけ狂わせてどっか行っちゃうんだ。

先輩は気まぐれでこんなこと言ってるだけだもん。

絶対そう。

でもいい。

先輩になら人生狂わされてもいい。

先輩だ。

私が生まれてきた意味、先輩だ。

生まれてきて今日まで生きていて良かったって思えるの、先輩だ。

皐月先輩だ。


もういい。

私先輩に振り回されたい、一生。

私もう止まったりしない。

全力で疾走し続ける。

だってもう気持ちの方が止められないもん。

このまま行く。


皐月先輩が好き。

私、目の前にいるこの人のことが世界で一番大好きなの。


「先輩」


先輩が私を見てる。

今先輩私のこと考えてくれてるんだよね。

この人の世界に私いるんだ。

すみっこでも私が占める部分が今一時的でも確実にあるんだ。

信じられない。

もうこれだけで十分かも。

今私を見てる先輩を見てるだけで、もう一生何もいらない。

先輩が好き。

私はこの人の虜。

一千億年たってもここへ戻ってくる。

この人のもとへと戻ってくる。

ずっと、ずっとこの人だけでいい。

ずっと、ずっとこの人だけがいい。


「私先輩以外とダンジョン行きません。一生ずっと先輩だけです」


「ホント?」


「はい」


「やったぁ」


先輩が両手を上げます。

私が恥ずかしくなり、うつむくと先輩が私の顔を覗き込みます。

あ、つい顔上げちゃう。

見ちゃう。

あ、又そらせない。

この瞳は天才。

緑色に飲み込まれて、包み込まれる。

こんなの、一度だって見たことない。


「ずっとダンジョンに行こうね。二人だけで」


「はい」


「なんか今すっごい気分いい俺」


「そうですか。それなら良かったです」


先輩笑った。

可愛い。

こんな顔一番近くで見れるんだもん。

一生先輩以外とダンジョン行かないくらいの縛り何でもない。

生まれ変わっても絶対行かない私。


「わ、なんですか」


花がゆらゆらと派手に揺れて、花弁が閉じていきました。

先輩と赤い世界に閉じ込められます。


「大丈夫、十分くらいで元に戻るよ」


「そうなんですか」


「たまになるんだよ。ほら、見て」


二人で花弁の隙間をカーテンのようにして少しだけ顔を出すと外を見ることができました。

ハーピーの群れです。


「結構大きいんですね、ハーピーって」


「そうだね」


「先輩倒します?」


「倒さない。他のハンターが倒すだろうから、倒せそうもなかったら出ていくね」


「そうですか、わっ」


花がまた揺れました。

今度はゆらゆらではなく、ぐらぐらといった感じです。


「ははっ」


先輩は笑っています。

何で笑ったのでしょうか。

いつも思うことですが先輩は声に出して上手く笑います。

少しもわざとらしくないのです。

きっと本当に笑っているからなんですね。

こんな赤く染められた世界に閉じ込められたら不気味なんでしょうが、私はとてもゆったりとした気持ちでくつろいでいました。


十分くらいたったのでしょうか、閉ざされていた花弁が開きました。

紫色の髪とピンク色の羽をもつハーピーを箒を二人乗りした女性達が追いかけています。

先輩が空を見上げます。

何やら楽しそうな表情です。

風が先輩の美しい金色の髪をなでていきます。

先輩は心地よさそうに目を細めます。

風もきっと先輩が好き。

風だけじゃない、お日様もお月様もお星様もお花もみんなみんな先輩が好き。

世界はきっと先輩の味方です。


空を見上げる先輩を見ていると先輩が急に私を見ました。


「楓俺のことよく見てるね」


「え、あ、はい。すみません。つい」


「謝らなくていいよ。俺のこと見るの好き?」


「はい」


ああ、この人の前で嘘なんかつけない。

その瞳に見つめられるだけで、あらいざらい何でも話してしまう。

きっと予定される罪まで話してしまう。

自分でもどうしようもないくらい心が震える。

揺さぶられる。

抗えない。

どんな代償を払うことになったとしても、ずっと、ずっと見つめていたい。


「どうして?」


「先輩が、えっと、とても綺麗で素晴らしくて、えっと」


「そう」


「あ、すみません。じーっと顔見られるの嫌ですよね」


「嫌じゃないよ。楓に見られるの俺は好き」


「あ、じゃあ見ててもいいですか?」


「うん。そのままずっと俺のこと見てて」


「はい」


ずっと見ています先輩。

何があってもずっと見てる。

先輩だけをずっと見てる。


「あ、倒した」


「え」


ハーピーが真っ逆さまに落ちていって、箒に乗った女の人二人組が追いかけます。


「見てなかった?」


「あ、すみません」


「俺のこと見てたんだ?」


「はい」


恥ずかしい。

でもいいえなんて言えない。

というよりいいえという言葉自体どっかいっちゃったかも。


「ずっと見ててね」


どうやったらこんな表情できるんだろう。

綺麗で可愛くて柔らかくて静かで優しくて余裕があって謎めいていて、あとなんだろう。

魅力を塊にしたみたいな顔。

こんなの神様だって描けないよ。

この人が世界で一番強いの当然かも。

だってこの人に世界の全てを与えてあげたいって思うもん絶対。

神様だって絶対そう。

一番いい色をこの人にあげたの。


ずっと見てて。


見てる。

ずっと。

夢よりも儚いのに強靭なこの人をずっと見てる。

だから先輩、目の前からいなくならないで。

私の見えるところにずっといて。


この人の傍にいたい。

この人の傍にずっといたい。


どこにも行かないで。


私じゃそんなこと言えない。


先輩。

ずっと見ててって言うけど、先輩のずっとっていつまで?

いつまでなら見てていいの?

聞かないでおこう。

だって言われなくても一生見ていたいし、一生見てるもん。

先輩が見えなくなっても見てる。

だって見つけたんだもん。

探したいと思っていた、夢中になれるもの。

一生をかけて大事にしたいもの。

全力の大好きをぶつけたい人。


「楓、見て。ワイバーン」


先輩は花弁から身を乗り出し指をさします。


「ほら」


私は先輩の隣に移動します。

グレーのワイバーンが立派な翼を広げこちらへと向かってきます。


「かっこいいですね」


「ねー」


先輩動物園来た小さな男の子みたい。

先輩動物園行ったことあるのかな。

あ、ダンジョンが動物園みたいなものだもんね。

動物園よりいっぱい触れ合えるし。


ワイバーンは翼が先輩の頬をかすめそうな程の距離まで来ましたが、そのまま蛇の尾を翻し去っていきました。


「行っちゃいましたね」


「うん。あ、見て。グリフォン」


「わー」


「楓面白い?」


「はい。いっぱいモンスター見れて嬉しいです。本物はやっぱりすごい迫力ですね。動いてるし」


「そう良かった。楓は可愛いね。ずっと見ていられる」


「あ、あの、先輩のずっとっていつまで、ですか?」


「ずっとはずっとでしょ?」


「あ、あの、その、期間といいますか」


「ずっとって一生ってことじゃないの?あれ、俺日本語間違ってる?」


「あ、えっと」


「俺はずっとって一生って意味で使ってた。生まれてから死ぬまで」


「そうですか」


「うん」


じゃあ、一生見ててってことでいいんだ。

うん。

一生見てる。

だって先輩公認なんだし。

一生見てます。

皐月先輩。































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