33 理想の彼氏、理想の告白、恋に落ちる瞬間は覚えていない
「じゃあ、アイスも食べたことだし、理想の彼氏でも語り合いますか」
「何それ?」
「そのまんま。理想の彼氏だよ」
「私野球見る習慣のある人ならどの球団のファンでもいい。メジャーしか見ないでもオッケー」
「幅、広くない?」
「あと北斗のファンじゃなくてもいい選手だと認めてたらまあ、いい、かな」
「まだ広い」
「あと年があんまり離れてるのは嫌、二歳か三歳くらいがいい。年下はなし」
「急に狭くなったね」
「それくらいかな」
「顔は?」
「どうでもいい。見た目で楽しむのは北斗がいるから。彼氏で楽しまなくてもいい」
「かのん割と具体的だね。ふんわりしてない」
「恵美は?」
「私はオタクじゃなかったらなんでもいい」
「オタク嫌なの?」
「だって逆カプだったとしたらそれだけで嫌いになっちゃうし。私の嫌いなキャラ好きだったり嫌いな声優好きだったりしたらそれだけでしょうもない男って思っちゃうだろうから、アニメ見ないし、ゲームもしないし、漫画も読まない、声優の名前一人も知らないような人がいい」
それ皐月先輩。
あ、でもテレビ見ないだけで漫画読まないとは言ってないもんね。
でも読まなさそう。
ゲームもしてない、というより、する暇なさそう。
「見た目は?」
「二次元しか興味ないから彼氏かっこよくなくても別にいい。毎日お風呂に入って歯を磨いてたらまあいいかな。服も何着てても気にならないし。髪型も別に」
「私も男の人の服も髪型も興味ないから何でもいい。健康ではあって欲しいけど」
「うん。それ。というか、かのん、私達彼氏に興味ないよね?」
「ない。楓は、もう聞かなくてもいいよね」
「いいよ、かのん。でも一応聞いとこうか?」
「皐月先輩でしょ?」
「え、えっと、そうなのかな?」
「だって好きなんでしょ?」
「うーん」
「まだ好きって認められないの?」
「えっと」
「まあまあかのん。楓はしょうがないよ。今まで好きって思ったことが二次元すらなかったんだもんね?」
「うん」
「アイドルも全然興味なかったもんねー」
「うん」
「そっか、じゃあ生まれて初めてかっこいいって思ったのが皐月先輩なわけだ」
「うん」
「楓、結構すごいね」
「そうかな?」
「うん。理想、高すぎ」
「あ、そうだよね」
「楓面食いレベルカンストだね」
「そうだよね。そうなっちゃうよね」
恥ずかしい。
どうして普通に誰かをかっこいいと思ってこれなかったんだろ。
私どっかおかしいんじゃ。
最も手の届かなさそうな人を身近に感じてるだなんて。
「でも楓はあれなんだね、意思が強いんだ、きっと」
「かのんちゃん、どういうこと?」
「妥協するくらいなら一人でいる道を選ぶタイプなんでしょ、きっと」
「そうなのかな?」
「うん。でもそれはかっこいいのかもしれないよね。妥協より孤独なんだから」
「そうかなぁ?」
かっこいいのかな、それ。
「うーん。好きって何だろうね?」
「嫌いになれないことじゃない?」
「かのん、それ正解。そうだよ、好きは、どうしたって嫌いになれないことだよ、楓」
「どうしたって嫌いになれない?」
「そうそう。嫌いになれるならホントのところ好きじゃないんだよ」
「そっか、どうしたって嫌いになれないかぁ」
「皐月先輩のことどうしたって嫌いになれないでしょ?」
「うん」
嫌いどころか、好きなところしかない。
全部好き。
あ、私、先輩のこと好きだ。
皐月先輩が好きだ、私。
「でも何で人を好きになったりするんだろうね?」
何でだろう。
何でこの人が好きってわかるんだろう。
今私わかっている。
皐月先輩が好きだって。
「幸せになれるからじゃない?」
「かのんー、どういうことですか?」
「人は幸せを求めて、幸せになろうとして生きているわけでしょう。明日は今日よりいい日になるって、連敗が続いても明日こそは勝つかもしれない、ノーヒットが続いても明日こそ打つかもしれないって、明日に期待して生きているわけじゃない?」
「うん。確かに」
「人がなぜ人を好きになるのかは、幸せになるのに必ず相手が必要だからじゃない?だって一人で幸せになるなんて絶対に無理だし」
「確かに、推しを誰かが生み出してくれないと幸せにはなれないもんね」
「そうそう。北斗を生んでくださったお母様に大感謝。あとお父様にも」
「なんか、今日すごいね。恋バナしてんじゃん、私達、高校生っぽい」
「確かに、友達とこんな話初めてした」
「そうだねー」
「よし、じゃあ、理想の告白について話そうか」
「理想の告白?言うの?言われるの?」
「どっちも」
三人でしばし沈黙します。
「恵美、難しすぎ。一個も思いつかない私」
かのんちゃんが最初にギブアップしました。
「楓は?」
「え、思いつかない」
「皐月先輩を想定しても?」
「そんなことできない」
「言う方でも?」
「一生言わない予定だから」
「え、いいなよ。卒業式では言いなよ。もう一生会うことないなら振られても平気でしょ?」
「そんな図々しいことできないよ」
「そうかなー、言ってみるだけ言ってみたほうがいいよ。宝くじみたいなもんなんだし、買うだけ買ったらいいじゃない。買わなきゃ当たんないよ」
「そういう恵美はあるの?」
「理想の告白、推しカプで見たいのは山ほどあるけど、自分ではない」
告白。
告白かぁ。
「好きってちゃんと言える人って凄いね」
「楓、なんですかそれはー」
「え、単純に凄いなって思って。私絶対無理。言えない」
「私も言えない。球場で北斗になら叫ぶけど。現実では絶対言えない」
「私も言えない。見るのは大好きだけど。どんだけ見てもまだ足りないって思うけど。自分ではね。言う自分を想像できない」
「私つい言っちゃたらどうしようって、今それが心配」
「ついで、告白しちゃうの?」
「うん。私考えなしに自分の中で整理しないで喋っちゃうことあるから、言っちゃわないかなって、先輩に好きって」
「大丈夫でしょ。好きって言うのかなりハードル高いもん。ぽろっとなんかで出る言葉じゃないよ」
「アイス好き、チョコレート好きみたいな感じで出ちゃわない?」
「出ないでしょ。たぶん」
かのんちゃん、たぶんなの?
絶対って言ってくれないの?
「なんか溢れ出ちゃわないかなって心配なんだよね。自分の胸にとどめておけなくなったらどうしようって」
「そんなに好きなんだ。そっちにびっくり」
恵美ちゃんは目を丸くして私をじっと見ます。
まるで初めて見る生き物を見ているかのようです。
「自分でもわかんない。怖い」
「気持ちが駄々洩れかもってことが?」
「あとね、先輩何でもできるから、もしかして、人の心を読む能力とか持ってたりしないかなって」
「あり得ないと言い切れないのが皐月先輩の怖いところだよね」
「かのんちゃんもそう思う?」
「うん。モンスターの心とか読めそう。それか、モンスターを見ただけでどんな能力を持っているかわかるとか、それくらいできないとあの強さの説明ができない」
「何が凄いかわかんないけど強いって方が怖いから、先輩心とか読めないと私は思うけど。本当の強さってもっとシンプルじゃない?」
「それもそうかも。なんで勝ってるかわからないけどなんか毎日勝ってるんだよねってチームが最終的には優勝するからね野球」
「そうなんだ」
「うん」
「なんていうか、昨日までは自覚してなかったんだよね。でももう今は完全に自覚しちゃったから、先輩に会った時変な感じになったらどうしよう」
「変な感じって?」
「今迄みたいに普通に話せるかなって」
「話せるでしょ、それは」
「ばれちゃわないかな。先輩に」
「決定打を言わなかったら、先輩が楓に好かれてるかもって気づいたとしても、それはかもしれないってだけだから楓が言わなかったら一生ばれるってことにはならないんじゃないの」
「決定打?」
「好きって」
「言えない言えない。絶対無理」
「ぽろっと言っちゃうかもって言ってたじゃない」
「うん、そうなんだけど」
「気づかれたとしても別に嬉しいでしょ」
「なんとも思ってない人に好かれるの怖くない?」
「なんとも思ってない子と週六で先輩ダンジョンに行く人なの?」
「そうだよ。その時点で先輩は楓のこと少なくとも気に入ってるよ、大分」
「え、そう、かな?」
ダンジョンに行くのが好きなだけだと思うけど。
あ、でも、私と行って楽しめるダンジョンを考えてくれているわけだから、えっと、どういうことだっけ。
わかんない。
「でもあれか、皐月先輩は普通の人じゃないわけだから、何とも思ってない子とでもダンジョン行くかも、週六で」
私もそう思うよ、恵美ちゃん。
だって先輩は毎日ダンジョン行きたい人なんだもん。
週七で行ってるんだもん。
先輩と誰よりも会っているのはダンジョンだもん。
「週六は普通にすごいと思うけど。週に六日も一緒にいてもいいと思ってくれてるわけでしょ。これは相当凄いことなんじゃないの?」
「確かに。楓、先輩楓のことやっぱり特別に思ってるよ。ただそれが恋的なものになるのかはわからないけど」
「少なくとも可愛い後輩以上ではあると思う。これは間違いなく断言できる」
「あ、あ、別にその私先輩にこう、好かれようとか思ってるわけではなくて、えっと」
「うん。楓が考えてることわかるよ」
恵美ちゃん、わかるの?
「別に皐月先輩に選ばれたいわけじゃないんだもんね?」
「うん。そんな図々しいこと思ってないよ」
「図々しいかなぁ」
「図々しいでしょ。私みたいな何にもできない人間が。先輩にとか、口に出すのも申し訳ない」
「楓の自信のなさはまあしょうがないとして、楓、皐月先輩だって欠点もある普通の人間だよ」
欠点?
ある?
ないよ。
全然思いつかない。
先輩かっこよすぎて、あ、かっこよすぎるところ?
「だって先輩年取るでしょ?二次元と違って、ずっとかっこよくなんかいてくれないよ。髪が薄くなったり、太ったり、しわだってでてきちゃうよ。膝痛いとか腰痛いとか言い出しちゃうよ。一生かっこよくはないんだよ。つまり皐月先輩は最強ではない。二次元こそ最強。一生かっこよくいてくれるもん。裏切ったりしないし」
「確かに」
かのんちゃんまで。
「北斗が引退する日のこと思うと今から涙出るもん。耐えられるかな。引退試合チケットとれるかも不安だし」
「でも速水選手は、引退後だって会おうと思えば会えるじゃない?引退後監督になったり、コーチになったりするわけでしょ?ハンターなるって公言してるんだし、公式から供給が止まることないから大丈夫じゃない」
野球選手だけでなく、スポーツ選手で引退後ハンター資格を取る人は結構います。
あと、最近は芸能人も多いです。
「実際ダンジョンで北斗に会ったら私大丈夫かな?爆発するんじゃ」
「あれ、会ったことあるんでしょ?」
「あるよ。キャンプ見に行ってユニフォームにサインもらったし、ファン感謝デーで握手もしてもらった」
「じゃあ大丈夫じゃ」
「ダンジョンってプライベートでしょ。野球選手じゃない北斗なわけで、私そんなの見て平常心でいられるかな。心臓止まっちゃうんじゃ」
「その頃はおじさんになってるから大丈夫でしょ」
「おじさんになってもかっこいいに決まってるもん。百八十六センチのショートとかかっこいいの極み」
野球選手っておっきいんだ。
先輩の方がおっきいけど。
「楓、皐月先輩は卒業したらもう本当に会えないよ。そこらの転がってるハンターと違ってS級ハンターなんだから」
「うん。わかってる、よ」
「ハンターを続けてたらダンジョンでばったりもないでしょ。下級ダンジョンなんて先輩来ないだろうし」
「うん」
今は私を連れて行かなきゃならないから、C級ダンジョンとか行ってくれてるわけだけど、一人でなら先輩上級ダンジョンしか行かないよね。
そうだ、先輩には卒業したらもう会えないんだ。
一生会えない。
もうあの姿を見ることもできないし、あの声を聞くこともできないんだ。
「でもさ楓、まだ時間あるんだし、ゆっくり考えなよ」
「ゆっくり?」
「うん。だって来年にはもう他の人を好きになってるかもしれないし」
「ないよ、それはないよ絶対」
「まあないか。でも本当に卒業までまだまだあるから、楽しく過ごしなよ。せっかく週六で好きな人と会えるんだから」
「そうだよ。週六で会えるって野球選手だけだよ」
「野球選手って週六で会えるの?」
「基本的に月曜日以外試合」
「そうなんだ」
「雨で中止が多くなると八月に十三連戦とかになる」
「大変なんだね」
「うん。ピッチャーがね」
「それにしても何で楓先輩のこと好きって自覚したの?」
「え、わかんない」
「え、わかんないの?」
「うん。なんか気が付いたらそうなってた」
「恋に落ちた瞬間がわかんないってこと?」
「うん」
「きっかけとかなかったんだ?」
「うん。なんか本当に気が付いたらこうなってた」
「そんなもんなのかな」
「恵美は推しが決まる瞬間わかるの?」
「確かに覚えてないかも。気が付いたらその二人のことばっかり考えちゃうようになってた。いつもいつも」
「そういうものなんだね」
「うん。かのんは?」
「私は正確にわかってるんだ。お父さんがジャイアンツファンだったからテレビで入寮の様子を見てたんだよね。その時に北斗がぬいぐるみをさ実家から持ってきたんだよね。そのぬいぐるみがさ、結構な大きさでさ、その姿見て可愛いなって思ったんだよ。あんなでっかいのに可愛いなって。それが落ちた瞬間だった。そこからはもうまっさかさま。だって年々かっこよくなるんだもん。毎年全盛期。一生全盛期かも」
「ほー」
可愛いエピソード。
大きな人がぬいぐるみ持ってるの確かに可愛いかも。
先輩に持って欲しい。
絶対可愛い。
ダンジョンにぬいぐるみ落ちてないかな。
ダンジョンにあったら先輩きっと抱っこするよね。
ぬいぐるみが落ちているダンジョンってなに?
うーん。
何考えてるんだろう私。
あ、でも、ダンジョンは遊ぶところって先輩言ってたんだから、こういう楽しみ方してもいいんだよね。
でも、先輩で楽しむっていいのかな。
なんか悪い気がする。
私の罪やっぱり深いかも。
先輩には今日会えない。
明日は休養日で、明後日の月曜日は一日校外学習だから、三日会えないんだ。
先輩今奈良のS級ダンジョンにいるんだよね。
会いたいな。
声が聞きたいな。
先輩と出逢ってから一番会えないんだ、今。
寂しいな。
これが一生になるなんて私耐えられるかな。
せめて夢で逢いたいとかロマンチックなことは思わない。
だって私が見る夢の先輩より、本物の先輩の方がかっこいいに決まってるもん。
だから今は我慢。
早く火曜日になりますように。
早く会いたい。
皐月先輩。
人を好きになったとして、報われる瞬間というのは恋人同士になれた時なんだろうけど、私の場合それは最初から目指せないわけで。
でも今私すごく楽しい。
こうやって考えてるのも楽しい。
好きな人がいるってだけで幸せなんだと思う。
皐月先輩を好きになれて良かった。
届かなくても好きでいたい。
でも。
「勝手に好きでいていいのかな?」
「え?」
「あ、あのね、私勝手に好きになってるわけでしょ。いいのかなって、言わないけど、こう、勝手に好きになって勝手に自分の中だけで盛り上がって楽しくなって幸せになっていいのかなって」
「いいに決まってるでしょ。感情なんて誰にも制限できないんだから」
「かのんの言う通り。だって好きになるのはご遠慮くださいって言われたからって好きになるの止められるの?できないでしょ?そんならとっくに好きにならずに済んでるよ。勝手にしたらいいんだよ。好きな気持ちは楓だけのものでしょう。誰にも止める権利ないよ。先輩にもね」
「そうそう。楓は考えすぎ。もっと純粋に何にも考えないで楽しんだらいいのに」
「うん。そうなんだけど」
「好きなんてこの世で最も身勝手な感情じゃないの」
「そうなの?」
「うん。そうだよ。皆勝手に好きになって勝手に嫌いになっていくんだよ。担降りとかそうじゃん。気にせず好きなようにするの。もうつまんないこと気にしないの」
「うん」
「こうやって一回誰かを好きになれたら、もう次から次に好きになれるかも」
「それはないんじゃないかなぁ」
「ジャンル移動じゃないんだからさすがにないでしょ」
「そっか」
好きでいていいんだ。
ずっと好きでいていいんだ先輩のこと。
先輩に気づかれずに自分の中にしまっておけるならずっと好きでいていいんだ。
好きでいたい。
あの瞳に映りたいとか思わないから、先輩のことずっと好きでいられますように。
このまま先輩に気づかれることなく卒業まで一緒に、ダンジョンに行けますように。




