32 顔ファンの何が悪いのか
「楓、顔が好きの何が悪いって思うの?」
「そうそう、全然悪いことじゃないよ」
「そうなのかな?」
「顔ファンの何が悪いの?ファンはファンだよ。最初は顔から入ったとしてもその人のことが大好きで応援したいならそれはファンだし、応援の仕方なんて人それぞれなんだから、顔ファンは消えろとか同じファンが言うのおかしいと思う。野球に興味なくて顔が好きだけでもいいと思う。応援する人は多ければ多いほどいいんだから、ファンがファンを否定して入口狭くしては入れないようにするとかホントおかしい、やめて欲しい」
かのんちゃんはいつもクールで基本無口な女の子ですが野球のことになると饒舌になります。
「どの界隈もファン同士が無意味に罵り合ってんのは一緒だよねー、楓、顔だけが好きでも全然大丈夫だから、楓は皐月先輩を好きでいいんじゃないの」
「よくないと思うんだけど」
「何で?」
「あのね、好きと好きじゃないの区別ってどうしたらいいの?」
「は?」
「好きってどういう状態なのかな?」
「え?私わかんない。かのん、どういう状態?」
「その人の全てがいいと思える、その人の全てが知りたい、全てを把握しておきたい、どんな姿も見ていたい、一日顔が見れないだけで寂しい、とか」
「だって、楓、どうですか?」
全部当てはまる。
怖い。
「恵美の方がそういうの詳しいんじゃないの?漫画もアニメもいっぱい見てるし」
「でも私好きな人いたことないんだよね。好き同士を見守るのが好きなだけで。推しと好きな人は違うじゃない?」
「違うの?」
「違うよ。推しは生きがい。生きるのになくてはならないもの。好きな人は現実でしょ」
「現実?」
「妥協?」
「え、妥協なの?」
「現実に手に入りそうなものなんて全部妥協でしょ」
「そうかも」
かのんちゃんまで。
え、好きな人が妥協?
えー。
「でも皐月先輩は妥協では絶対に手に入らないから、なんていったらいいんだろね。妥協の産物では絶対ないもんね。高嶺の花すぎだし、寧ろ皐月先輩の方が二次元キャラっぽい。設定盛りすぎだし」
うん。
そうなの。
あの見た目で世界一強いとか、しかも優しいとか、おまけに可愛いの。
話し方とか笑い方が特に。
でしょ、が最高に可愛い。
何回でも聞きたい。
何回でも言って欲しい。
「推しと好きな人の違いは話したくなる、語りたくなるってことじゃないかな」
「何それかのん、わかんない。説明して」
「私の北斗への好きは推しへの好きなわけだけど、私北斗の話人とするの好きなの。北斗のこと好きってだけでその人のこと好きになれるし、反対に北斗のこと嫌いってだけでその人のこと大嫌いになる。北斗がどれだけいい選手か語りたいし、でも北斗と結婚したいとかは思わない。押しを現実に引き落とすことはできない」
「なるほど、楓、皐月先輩語りたい?」
「え、そういうのはないかなぁ」
寧ろ今は皐月先輩のこと誰にも教えたくない。
自分だけが知っている皐月先輩でいて欲しい。
私の前で見せる皐月先輩は私の胸に大事にしまって一人で取り出してこっそり見ていたい。
「じゃあ推しじゃない可能性が高い」
「推しじゃないって楓」
「うん。推しではないと思うよ、私も。でも本当に皐月先輩が好きなのかわからないんだよね。私本当に好きなのかな?」
「本当にねぇ。本当って何だっけ、かのん」
「事実ってこと。Fact」
「でもさー、何でそんなことで悩んでんの?悩む必要ある?好きなもの好きで何が悪いの?」
「えっと、なんかわけわかんなくて」
「わかんないって、顔が好きは立派な好きな理由でしょ。これから中身も好きになっていったらいいんじゃないの」
「好きになるって好きになって、えっと、えっと」
「楓は皐月先輩とどうにかなりたいの?」
「え?」
「皐月先輩の彼女になりたいの?」
「ないないないない。そんなとんでもなく厚かましいこと全然考えてないよ」
そんなこと微塵も考えてない。
考えたことすらない。
そんな発想すらないよ私。
「かーのーんー。楓を怯えさせないのー。話飛躍しすぎ。今好きかもしれないって段階だから、皐月先輩が好き?疑問形だから。まだ確定じゃないから好き(仮)だから、好き(疑惑)だから」
「ほぼ黒寄りのグレー?」
「まあ真っ白ではないよねー」
犯罪者みたいに言わないで。
あ、でもあんな凄い人を私みたいなのが好きかもっていうだけでそれは罪悪なのかも。
「あの、本当にそんなこと考えてないから、大丈夫だよね?罰当たらない?」
「あたんない、あたんない」
「当たらない。大丈夫。楓が当たるなら野球ファンのほとんどは死滅だから」
「まぁ、楓が皐月先輩を好きだと仮定して、別に彼女になりたいとか大それたこと思ってないんだったら、何の問題もないでしょ。好きでいたらいいじゃない、ね、かのん」
「そうそう」
「え、あの、好きかがわからないんだけど」
「楓は皐月先輩のこと好きだよ」
えー。
かのんちゃん。
断言しちゃうの。
「えっと、確定なの?」
「確定。だってドキドキするんでしょ?」
「うん」
「ずっと見ていたいんでしょ?」
「うん」
「抱き着きたい?」
「そんな図々しいことは」
抱き着いてはいないけど、お姫様抱っこしてもらった。
もうこれで満足すべきでは。
これ以上何を望んでいるんだろう。
もう明日から一生その麗しい姿を見れなくなったとしてもしょうがないくらいの待遇をこの三か月受けたのに。
でも、もっと見たい。
近くでずっと、ずっと見ていたい。
あの声が聴きたい。
声の聞こえる場所にいたい。
先輩声もかっこいいんだよね。
あ、やっぱり全てが好き。
先輩が持っているもの全部好き。
さらさらした金髪も輝く緑色の目も全ての整ったパーツを配置した小さな顔も、長い手足、大きな背中、
耳に残る誰にも似ていない声、ダンジョンのことを話す時の子供時代の面影を見いだせるような無邪気で可愛らしい表情。
その全てが愛おしい。
先輩という存在の全てが大切で、見せてくれたものも、見せてもらってないものも全部全部大事にしたい。
世界から先輩が丸ごと大事にされていて欲しい。
「楓は報われたいの?」
「報われるって?」
「私も好きな人いたことないからわかんないけど、好きだと自分のものにしたいって思うもんじゃないの。皐月先輩を自分のものにしたいって思ったりする?」
「しないよしないよ。そんなわけないよ。そんなことあっていいわけないよ。私なんかが」
「楓ってさ、自己評価低いよね。でもさ、楓は可愛いし、素直で優しくていい子だし、もっと自信もっていいと思うよ。私が男だったら楓と付き合いたいし」
「かのんも?私も付き合うなら楓一択」
「あ、ありがとう。嬉しい」
「もうこれは私達三人で付き合うしかないのでは?」
「恵美天才。もうそれでいいよ。卒業したら家借りて三人で住も」
「そうね、これで問題解決。楓私のこと好きでしょ?」
「うん。大好き」
「かのんのことも好きでしょ?」
「うん。大好き」
「皐月先輩は?」
「大好き」
あ。
「大好きじゃん」
「えっと」
「私達といてドキドキする?」
「え、しない」
「何で?」
「わかんない。友達、だから?女の子同士だから?」
「先輩は男の人だからドキドキするの?」
「違う、と思う。皐月先輩だからだと思う」
「ようは皐月先輩の顔が良すぎるせいでドキドキするのかってことが気になってるんでしょ?顔が好きだと中身を見ていないんじゃないかってことが引っかかってるんでしょ?」
「うん」
「だそうですよ、顔のいい男が好きな有識者のかのんさん」
「恵美も顔のいい男好きでしょ。寧ろ顔のいい男以外好きじゃないじゃない」
「私は二次元限定だから。現実の男に一ミリも興味ないから。アドバイスできない」
「私も野球選手以外興味ないから。北斗の顔がいいのは確かだけど、顔が良くなくてもジャイアンツの選手は皆好きだし。北斗以外で顔のいい男別に興味ないから。寧ろ野球さえできるなら顔が悪くても全然いいし。ようは打てるかだし、守れるかだし、走れるかだし。いかに一年間ローテーションを守れるかだし」
「かのん、それは中身に入るのか、な?」
「顔意外だから中身?」
「でもそれって、野球選手の技術的なものだよね?」
「うん」
「中身って言うのは、ちょっと違うんじゃないの?」
「多分違う」
「中身って言うのは、見えないものじゃないの?気持ちって目では見えないでしょ?」
「うん。見えない」
「楓は皐月先輩の見た目じゃなくて中身が好きなら好きでも問題ないって考えてるわけでしょ?」
「え、そうなのかなぁ」
「ようは、自分の気持ちが一番わかってないわけね」
「うん。わかんない。先輩がかっこよすぎて可愛すぎて、なんかもうわからない、この感情がどういう種類のものかわからない」
「可愛いんだ、皐月先輩」
「うん」
恵美ちゃんが噴き出す。
えー、笑わないで。
「もうずっと考えちゃうの。頭から片時も離れないんだよね。起きてる間ずっと思い出しちゃうの」
「それは私もそう。北斗がずっと住み着いてる。私の中に常に北斗がいるし」
「それは私だってそうだよ。はまってる時推しカプ二人が頭から離れないよ。何見ても連想するし」
「私今までこんなことなかったんだよ、一人の人のことこんなに考えてるなんて」
「初恋だからね、しょうがないね」
「初恋なの?」
「どう考えてもそうでしょ。遅すぎるくらいじゃない?」
「遅いと思う。私初恋は速水北斗で申請しとくから。小一だから。もう初恋済だから私」
「その理論で行くと私も初恋はバスケの王子様の三枝類だから、私ももう初恋済み。この頃は普通に夢女子だったのになぁ」
「うーん」
「何がそんなにもやもやするわけ?」
「わかんない」
「もっと軽く考えたら?」
「軽く?」
「ラブじゃなくて、ライクならそんなに気にすることないんじゃないの?」
「ラブじゃなくてライク?」
「うん。軽い好きならよくあることなんじゃないの。先輩とんでもなくかっこいいんだし、憧れ的な、だって別に先輩を独り占めしたいってわけじゃないんでしょ?」
「そんな恐れ多い。口が裂けても言えないよ。怖い」
「私の北斗への気持ちは愛だと思う」
「推しへの気持ちってどっちかっていうとそうだよね。愛だよね。無償の」
「うん。だって幸せになって欲しいし、幸せでいて欲しいし、その幸せに自分が一枚も噛めなかったとしてもそんなことどうでもいいし」
「わかる。推しカプの幸せイコール私の幸せだからね。私も一緒に幸せになってるから。勝手に」
「そうそう。勝手に北斗の息子の誕生日のお祝いにケーキ食べるからね」
「推しいると楽しいよねー」
「うん。楽しい」
「推しさえいれば生きていけるよね」
「うん。究極野球さえあれば生きていけるかも」
「でもさー、顔がいいだけで好きになったりするかな?」
「する」
「いや、推すのはあるかもしれないけど、恋になるかなぁって」
「恋か」
「楓のは間違いなく恋でしょ」
「恋?」
「恋」
「皐月先輩はさ、なんていうか漫画から抜け出してきたみたいな美形だし、私も楓の距離で見たら眩しくてくらくらしちゃうだろうけど、好きになったりしないと思うんだよね。これは私が二次元の男しか無理だからって理由だけじゃなく。かのんもそうでしょ?」
「私野球やってる男以外興味ないから」
「奥村先輩って、皐月先輩の隣にいても見劣りしないどころか、美形二人並んだ相乗効果で、えぐいくらいかっこよく見えるけど、かのんときめいたりしないよね?」
「ない。先輩野球やってないし。あと彼女いるし」
「あ、そうなんだ。まああのスペックじゃいるに決まってるか」
「タイガースファンだけど野球の話するのは楽しいから、最初は苦手だと思ったけど今は割と嫌いじゃない。北斗のこと現役最強選手だって誉めてくれたし」
「あ、そうなんだ」
「うん。確かに顔いいと思ってもそれが好きって感情に結びつくかはちょっと違う気がする。私も皐月先輩すごい顔だなって思うけど好きになるとは思えないし」
「皐月先輩が野球をやっていたら?」
「先輩プロ入り二年目からずっとトリプルスリーできるの?」
「トリプルスリーって何?」
「打率三割、ホームラン三十本、盗塁三十個のこと」
「それって、すごい、の?」
「一回でもすごい。毎年やるのは異常。それも毎年ゴールデングラブを取りながら」
「ごーるでんぐらぶ?」
「守備のベストナイン」
「色んな用語があるんだね」
「うん」
「来年アメリカ行っちゃうんだもんね」
「うん。だからお金貯めて来年アメリカ行きたい。できればニューヨークとかロサンゼルスがいい。でもどのユニも似合うと思う。日本からいなくなっちゃうの寂しいけど楽しみ。あー、でも来年のキャンプはいないんだ、悲しすぎ」
「まあ話を戻して、楓の悩みは結局どうしたいの?」
「どうしたいって、今、私、先輩のこと好きなの、かな?」
「好きだと思う」
あ、声そろった。
しかも二人とも真顔。
「好きになったらどうしたらいいの?」
「それは知らない。実在する人間好きになったことないから」
「同じく」
「速水選手実在する、よ」
「そういう好きじゃないから」
「そういう好き?」
「かっこいい、最高、大好き。だけど、ドキドキしたりはしないし。でも愛おしくってたまらないって感じ。存在自体が嬉しい。上手く言えないけど、楓の好きとは違うと思う」
「好きってそんなに種類があるもの?」
「あるでしょ。百人いたら百通りの好きがあると思うよ」
「楓、あのさ、楓が先輩を好きだとして、告白しようとか思ってないなら勝手に好きでいたらいいだけなんじゃないの。顔が好きはダメとかそんなことで気持ちを制限するのおかしいよ。考えても見て。好きな人とずっと一緒にいるんだよ。しかもその人楓にすっごく優しくしてくれるんでしょ?」
「うん」
「それだけですごく幸せなんじゃないの。何も自分で難しくして楽しくない方向へもっていくことなくない?」
「うん。そうだよね」
「そうそう。楓考えすぎ。顔が好きで何が悪いの。好きなことに変わりないでしょ。好きなところの顔の比重が人より大きくとってるだけだよ。あの顔ならある程度仕方ないって。私は北斗の顔の方が好きだけど、皐月先輩の顔が世界で一番くらいいいのは誰が見たって明らかだから。全然気にすることないと思うよ」
「そうよー。せっかく好きな人ができて、優しくしてもらえてるんだから、それを噛みしめて、味わい尽くしなよ」
「うん」
「まだすっきりしない?」
「うん」
「でもさ、すっきりなんかするわけないんじゃない?」
「え?」
「だって楓はその初めての感情をどこへ持ってっていいのかわからないわけでしょ」
「うん」
「でも言う気ないなら一生自分の胸にしまっとけばいいわけだから、別にこのまま何も変わらなく過ごせばいいんじゃないの。だって先輩の彼女になりたいとかそういうことは考えてないわけなんだから」
「うん」
「勝手に楓の中でその気持ちが消滅したとしても別に誰も知らないんだから問題ないわけじゃない」
「うん」
「まあとりあえず、今は先輩に夢中になって、のぼせ上って、まあ恋の病にかかってるわけだけど、そのうち冷静になるかもしれないんだから、一年、卒業式まで今のままの気持ちを持続出来たら考えたら?」
「卒業式?」
「うん。だって、たぶん卒業したら皐月先輩なんてS級ハンターで忙しくて二度と会えないだろうから、卒業後も会いたいんなら告白して彼女になるしかないじゃない」
「そんな怖いことできないよ」
「でも言わなきゃ一生会えなくなるよ。いいの?」
「恵美。楓追い詰めない」
「あ、ごめん、ごめん。楓はさ、先輩と付き合いたいとかじゃないなら先輩とどうなりたいの?どういう関係でいたいの?」
「見ていたい」
「え?」
「先輩のことずっと見ていたい、声を聞いていたい」
「それは、どうなんだろ。え、それ一生?」
「一生かも」
「めちゃくちゃ好きじゃん」
「そうなの?」
「うん。もうそれは重症だよ」
「私も北斗のこと一生見ていたいから、大丈夫」
「もう考えてもしょうがないか。私もかのんも人を好きになったことないからどうしていいのかわかんないし」
「好きにはなってるんだけど、大分重い愛なんだけど、恋的なものではないから、現実で好きな人ができた時どうしたらいいのか私も全然わからない」
恋的。
「好きになったらどうするんだろうね。恵美、漫画とかだとどうなの?」
「告白する。付き合う」
「それだけ?」
「そこまでの過程が楽しいんだよ。付き合ったらそれはもうハッピーエンド、終わっていいんだよね。付き合うまでが、好きって言うまでが面白いんだよ。付き合いだしたらもうあとは毎日同じことが繰り返されるだけだから」
「そっか、じゃあ好きになったら告白して付き合うしかないんだ」
「もうこれ以上考えても何も出そうにないから、アイス買いにいこ」
「うん」
「私はいい。明日は万全の状態で試合に臨みたいから、体は冷やさないことにする」
「そう?私は食べるけど」
「私もアイス食べたい」
「じゃあちょっと二人で買いに行ってくるね」
「うん」
「かのん、何もいらない?」
「うん。いい。いってらっしゃい」




