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30 無限きのこと傘の入手方法

「あ、きのこばけ」


先輩の視線の先では青い水玉模様の傘を被ったようなきのこが横に揺れていました。

ベージュの胴体には丸い大きな赤いお目目と大きなお口が付いています。

あ、べろ出した、なんて長い舌。

一人のハンターさんがハンマーを手に青いきのこと向かい合っています。

ハンターさんは帽子とマスクをしているので女性か男性かここからではわかりませんが、青いきのこはハンターさんより少しだけ背が高いです。


「あ、きのこ増えました」


「うん」


「あ、また増えた」


あ、言ってるそばからまた。


「あの青いきのこは目が合って十五秒以内に一撃で倒さないと仲間を呼ぶよ」


「そうなんですか。どんどん増えていきますね」


「最初は十秒に一体、時間がたてばたつほど増えるスピードが上がっていく」


「あ、輪になっています」


きのこドーナツ。


「これが四谷ダンジョン名物無限きのこだよ」


「無限きのこ」


なんか美味しそう。


「ここ四谷ダンジョンって言うんですか?」


「ううん、ほら、ダンジョンって協会が番号ふるでしょ。なんか長い数字の。あれ覚えられないからハンターは皆地名で呼んでるよ。赤羽ダンジョンとか鐘ヶ淵ダンジョンとか水道橋ダンジョンとか」


「そうなんですか」


「うん」


「先輩きのこどんどん増えていきますけど、大丈夫なんでしょうか?」


「攻撃力全然ないから大丈夫。柔らかいから体当たりされても痛くないよ。でも助けてあげたほうがよさそうだね」


「はい」


先輩が右手で手招きすると青いきのこ達は一斉にこちらへ横に揺られながら歩いてきます。

ただしスピードは遅いので、私でも囲まれない限りは走って逃げられそうですが、先輩の左手が私の右手と繋がったままなので、先輩が動かない以上私も動けません。

まあ動けたとしても先輩が動かない以上私も動かないんだけど。


青いきのこ達は先輩の長い手が届きそうな距離まで来ると突然全員ぴしりと固まってしまいました。

青いきのこ達は当然先輩より背が低く、先輩はモンスターを引率する先生のようです。

皐月先生、かっこいい。


「先輩何をしたんですか?」


先輩は手招きした後は立っていただけです、よね。


「魔力を抜いた、99パーセント。ヒットポイントあと1だから、指でちょっと押したら倒せるよ、楓やってみて」


「あ、はい」


先輩が私の手を離したので私は右手の人差し指できのこの青い傘を押してみました。

あ、スポンジケーキみたいな感触だ。

わ、消えちゃった。

なんかひらひらと落ちたのを先輩が拾ってくれました。


「シールだよ。このダンジョンのモンスターを倒すとシールになったり」


先輩が一匹だけいたまるで迷子のようなペンギンに似たモンスターを右手の人差し指でボタンを押すようにぽちっとしました。


「カードになったりするよ」


迷いペンギンはキラキラしたカードになりました。

先輩は右手にシール、左手でカードを持っています。

先輩が持つものにしてはとても小さい。

先輩が大きいから小さく見えるだけかな。

あ、両方か。


「このシールは世界に一つしかないから、ハンター同士でシール交換したりするんだよ。あとこのモンスターカードでカードバトルする」


「カードバトルですか」


「うん。このカード、魔力をちょっと使うと、ほら、出てくるんだよ」


カードから出てきたのは迷えるペンギンではありません。

なんと九本の尾をもつ美しい白い狐が出てきました。


「倒した子がカードになるわけじゃないんですね」


「そうなんだよ。そこがこのダンジョンのおもしろいところ。シールもきのこじゃないでしょ」


「あ、本当ですね。豆狸です」


豆狸のシールはお腹の部分が出っ張っていて、触るともちもちした感触です。


「可愛いです」


「ね、ダンジョンって、いい年した大人がシール集めたりカードバトルしたりしてるんだよ。だからダンジョンにもハンターにも失礼なんてこと何にもないんだから、楓もダンジョンで遊んでたらいいんだよ」


「はい」


すみませんと、女の人の声がしました。

さっきまで青いきのこに囲まれていた帽子とマスクのハンターさんがぺこりと会釈してくれました。


「ありがとうございます。助かりました」


「いえ」


固まっていた青いきのこ達に動きが戻り縦に一列に並びます。

先輩何かした、よね。


「もうつつくだけで倒せますよ。WARはほとんど稼げないでしょうけど」


「すみません。いいんですか?」


「はい、どうぞ」


女の人が先頭の青いきのこの傘をハンマーを持っていない左手ででぐいっと押しました。

青いきのこは先頭の子が倒されると後ろの子が倒れて、その後ろの子が倒れと瞬く間に消えていきました。

ドミノ倒しみたい、きのこドミノ。


「いこっか、楓」


「はい」


「あの、すみません、お二人はシールはいいんですか?」


風に舞うシールを女の人は集めています。


「いいです。いこ楓」


「はい」


見上げると空には箒に乗って飛んでいる人がいっぱいいます。

この広大などこまで続いているかわからないフィールドなら足だけで移動するのはしんどいよね。

あ、大きな猪に乗ってる人いる。

空飛ぶ猪、いいなー、乗ってみたい。


「あの、先輩」


「ん?」


「あの、このシールもらってもいいですか?」


「いいよ、カードもいる?」


「はい」


「とっておくの?」


「はい。せっかく来たので記念に」


「記念?」


「だってもう来ることないかもしれないので」


「え、また来ようよ」


「え?」


「だってここ広いから一日じゃ回り切れないよ。楓さえいいなら明日もここ来ようよ」


「いいんですか?先輩毎日違うダンジョンに行きたいのかと」


「そんなこと全然ないよ。俺毎日同じダンジョン行っても全然平気。今は楓と行って楽しめそうな所を毎日選んでるだけだから、楓がまた来たいならいつでもどこでも連れていってあげるよ」


「あ、ありがとうございます」


「とりあえず傘落とすモンスター探さないとね」


「傘ですか?」


「うん。外雨だし」


あ、そっか。

ダンジョン経由して帰るにしても、寮までは歩かなきゃならないから濡れちゃうんだ。


「あ、そうだ、唐傘探そ」


「唐傘、傘のモンスターですよね。一つ目の」


「うん。魔力抜き取ったら普通の傘になるから、確かあっちの沼の方にいるはず、いこ」


「はい」


先輩は迷いなく進んでいきます。

先輩は一度行ったダンジョンはどこに何があるか覚えているみたいです。

先輩は沢山ダンジョンに行っているので凄い記憶力ですけど、先輩なら驚くことではないですよね。

うん。


「わー。ピンク、ピンクの沼です、綺麗」


「そうだね。ちょっと待ってたら唐傘出てくるよ」


「はい」


唐傘が出てくる前にピンクの沼からはカワウソが出てきました。


「先輩、カワウソです。可愛い」


「可愛いね。でも」


カワウソが私に小さな小さな手を差し出します。

握手しましょうということでしょうか。


「楓、カワウソの手を取ったらダメだよ」


「え?」


先輩は背後から両手で私の体を持ち上げ、そのままくるりと回って私の体を自分の後ろに隠します。


「カワウソの手を取ったらダメ。沼に引きずり込まれるよ」


「あ、そうなんですか、すみません」


あんなにちっさくて可愛い顔して怖いことするんだ。

沼なんかに引きずり込まれたら絶対出てこれないよね。

もっと警戒心持たなきゃ。

可愛い顔に騙されたらダメ。


「この沼深いんですか?」


「さあ、どうだろ、抜いてみる?」


「いえ、いいです。先輩引きずり込まれたことありますか?」


「引きずり込まれた人を助けたことならあるよ」


「そうですか」


「あ、来た来た」


待っていた唐傘が現れました。

沼を挟んで大きな一つの目で私達を見ています。


「あ、もう一体来た、これで傘二本だね」


「はい」


赤い傘と青い傘が身動きもせずこちらをじっと見ています。 


「先輩、目合ってますけど、唐傘も何秒以内に倒すとかあるんですか?」


「ないよ、もう抜き取ったから、回収しにいこ」


私達が傘を回収しに行くと、さっきの無限きのこで出逢ったハンマーを持ったハンターさんがいました。


「あ、すみません。これ、お兄さんがやったんですよね?」


「はい」


「あのー」


「一体だけならいいですよ。もう指一本で倒せます」


「すみません。ありがとうございます」


「いいえ」


「じゃあ青い方もらってもいいですか?」


「いいですよ」


唐傘は先輩に魔力を抜き取られているので、大きな目がなくなって、ただの綺麗な和傘にしか見えません。

これなら確かに欲しいかなぁ、綺麗だもん。


「いこ、楓」


「はい」


先輩は赤い傘を手に取り歩き出しました。

ダンジョンの中はこんなに綺麗な青い空なのに外は大雨なんだ、本当に不思議。


「じゃあ傘も入手できたことだし、相合傘して帰ろっか」


「あ、は、はい」


「楓相合傘したことある?」


「あ、友達となら、あと家族と」


「そっか、俺は初めて」


「そうなんですか」


「うん。そもそも俺あんまり傘さしたことないから」


「あ、そうですよね」


ダンジョン経由で移動できるならそうだよね。

だって日本中どこでもダンジョンあるんだし。


寮に一番近い学院の敷地内にある理事長の作った簡易ダンジョンの一階に先輩は移動しました。

先輩と初めて行った私の人生初ダンジョン。


「ねえ、これちっさくない?」


「そうですね」


入ったばかりのダンジョンの入り口を出ると先輩は傘を広げました。

傘は一人で入るには十分ですが、二人で入るのは難しそうです。


「これじゃさしてもびしょびしょだね」


「そうですね」


「あ、そっか、楓、ちょっと傘持って」


「あ、はい」


「よし、これでいっか」


えーっと。

冷静に状況を把握する。

先輩が私をお姫様抱っこしてくれて、私が傘をさしています。


「これなら一人分になるから濡れずに済むね」


「はい」


「でもこれだと並んでないけど相合傘っていうのかな?」


「二人で傘の中にいたらそれはもう相合傘だと思います」


「そっか、じゃあ帰ろ」


「はい」


先輩は雨の中へと歩き出します。

先輩といる時のお姫様抱っこ率が高すぎて、お姫様抱っこってこんな頻繁に起きるイベントだったっけ。

普通人生に一回あるかないかじゃないのかな。

あ、そうか、もう今後の人生にないからかも。

私一生分、ううん、来世の分もお姫様抱っこしてもらってるんだきっと

あと一生と来世の分のドキドキも。

あ、ひょっとしたら来世だけじゃすまないかも。

というより既に人生百回分くらいドキドキしてる、それも止まる気配ないし。

どうしよう。


「楓傘持ってるのしんどくない?」


「大丈夫です。先輩こそ、歩きにくくないですか?」


「全然。俺楓なら一生持ってられる」


なにそれ。

もう先輩、私怖い。

どうしてそういうこというの。

あ、違う。

荷物だから。

私を持ってるわけじゃないから。

あ、集中しないと、先輩の肩濡れちゃう。


「よく降るね」


「そうですね、あ、あの、モンスター譲ってあげるのよくあることなんですか?」


「あー、うん。倒すの手伝ってあげるのも上級ハンターの仕事だから」


「そうなんですか」


「でも俺加減するの下手だからあんまり。今日みたいにWAR全然稼げない状態で渡しちゃうから多分向いてないんだよね」


「そんなことないと思います。あのハンターさん喜んでましたし」


「楓は楽しかった?」


「はい。とっても楽しかったです。消える足場も、文明崩壊後の世界も、ガンランスも鎖鎌も見れましたし、シールもカードももらえて、大きなちょうちょも、無限きのこも見られて、あ、カワウソ可愛かったですね。私よりずっと小さなモンスターがいて嬉しかったです」


「そうだね、大体のモンスターは楓よりおっきいもんね」


「はい。ハンターって雨が降ったら皆こんな風に傘を入手してるんですね」


「まあダンジョンには何でもあるからね」


「やっぱり楽しいですね。ダンジョン」


「でしょ」


女子寮の玄関にはすぐ着いてしまった。

先輩といると時間が経つのがすごく早く感じる。


「じゃあ楓降ろすね」


「はい。ありがとうございます」


先輩が私から傘を受け取ります。

ああ、もうホントに今日はお別れなんだ。

寂しいな。

明日もまた会えるのに。


「おやすみ楓。また明日ダンジョン行こうね」


「はい。あ、えっと、今日はありがとうございました。おやすみなさい」


「中入って」


「あ、はい」


私が透明なドアを開けて中に入り振り返ると、傘をさした先輩が雨の中で立っていました。

私が手を振ると先輩は微かに笑みを浮かべ背を向けて去っていきました。

暗闇の中に赤い傘だけが浮かんでいてとても綺麗でした。


私は部屋に入るとベッドに突っ伏した。

顔こうしてないと爆発しそう。

なにこれ、今までと違う。

恥ずかしいとか、そういうんじゃなくて、心臓がどうにかなっちゃいそう。

私、もうおかしいの。

この間先輩にドキドキするのは人間としての普通の感情だって結論付けたけど、全然違うよ。

このドキドキは違うよ。

どうしよう。

だってもう気づいちゃったもん。

あ、でもまだ違う可能性あるかも。

でも違う。

昨日までと違う。

全然違う。

だってそう意識しちゃったもん。

もう自覚しちゃったもん。

明日からどうしたらいいんだろ。

ああ、もう、どうしよう。


先輩。


皐月先輩。


皐月燐音。


実在を疑う。

単純に化け物。 

存在がバグ。

人類の最高到達地点。

全身世界遺産。

神の気まぐれ最高傑作。

史上最高。


どれも先輩を形容する言葉として間違ってはいないけど、どれもなんか現実の先輩から随分遠ざかっている気がする。

それも確かに先輩の本当だけど、先輩の本質は優しくてとても可愛い人。


何先輩を知った気になっているんだろう、私。

どうしてこう先輩のことになるとこう図々しい私になるんだろ。


皐月燐音。

先輩の名前。

身長百九十七センチ。

日本でただ一人のS級ハンターで、現存する世界最強。


これは先輩の情報に過ぎない。

先輩の外側。

見えているだけの、見せているだけの部分。


私先輩のことまだ何も知らない。


私先輩のこともっとちゃんと知りたい。

私どんどん欲張りになってる。

あの美しい姿を見ているだけで満足しなきゃいけない人なのに。

もっと近くにいきたい。

距離じゃなく。

もっと、もっと。

先輩の奥、最深部まで。

見せない部分も全部見てみたい。

今までの先輩全部知りたい。

これからの先輩も全部。































































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