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29  生まれる前からずっと

「着いちゃったね」


「はい。ありがとうございます。いつも本当にすみません」


「いいよ。楽しかったね」


「はい。先輩どうしてあんな風に上手に乗れるんですか?」


「足場が出てきたら乗ればいいだけだよ」


「でもすぐ消えちゃうじゃないですか?」


「俺の方が早いから」


「そうですよね」

 

「楓降ろした方がいい?」


「あ、はい。降ろしてください。自分で歩きます」


「俺としては手ふさがってるのちょうどいいんだけど」


「ちょうどいい、ですか?」


「うん。いつも何も持ってないから手ふさがってるのなんか凄くいい。もうこれがダンジョンでの通常にしたい」


「はあ、でも」


先輩の気分がいいならこのままでもいい、けど。

ああ、でも、自分がどんどんダメな人間になっていく気がするからそろそろ自分の足で歩きたいです。


「でも楓は歩きたいだろうから降ろすね」


「はい。お願いします」


両脚が着地し一歩踏み出すと、さっきまで影も形もなかった森が目の前に広がっていて、振り返ってもガラスの階段はどこにもなかった。

さっきまで細長い人一人しか歩けないような長いガラスの階段を昇ってきたはずだった。

その先にこんな鬱蒼とした森なんて、このダンジョンはどういう設計になっているんだろう。


「この森の先にいっぱいモンスターがいるよ」


「ここにはいないんですか?」


「いるけど、探さない限り出てこないよ」


「そうなんですか」


「うん。モンスターが皆好戦的な子ばかりじゃないからね」


「そうですか」


「じゃあちょっと散歩しよっか」


「はい」


緑の中だからかな、空気が澄んでいる気がする。

気持ちいい。

モンスター探さないと出てこないって言ってたけど、気配みたいのは私でも感じる。

この森の中にいるんだ。

あ、なんだろう、鳴き声みたいなのが聞こえる。

小鳥のさえずり、とかではなく明らかに聞いたことのない類、のものだ。

大きな木がいっぱい。

あ、木倒れてる、真っ二つだ、怖い。

こんなところで一人になったら私帰れないだろうな。

まぁ一人で行くことなんか絶対ないんだけど、今後先輩以外とダンジョンに行くとして、もし一人だけ取り残されたりしたらどうしたらいいんだろう。

こういう森で泊まることもあるわけだよね。

私にそんなことできるのかな。

不安しかない。

やっぱりある程度自力で戦えるようにしなくちゃ駄目だよね。

回復だけできても脱出する術がなかったら困るよね絶対。


「あの、先輩」


「何?」


「あの、どうやったら強くなれますか?」


「強く?そんなの簡単だよ。毎日ダンジョンに通うことだよ」


「それだけですか?」


「うん。俺は三歳の時から一日たりともダンジョンへ行くのを欠かしたことないよ。たとえ三十分でもね」


「三歳から毎日ずっとですか?」


「覚えてる限り三歳だけど、父さんが赤ん坊の俺を連れて行ってくれてただろうから、生まれた時から、あ、母親のお腹にいる時からかも」


「お腹にいる時からですか?」


「うん。俺の母親ハンターだったから」


「そうだったんですか」


「うん。俺が一歳になる前に死んじゃったけど、A級ハンターだったんだって。すごく強かったって父さんが言ってた。自分よりずっと強かったって」


「そうですか。お父様もお母様もハンターだったんですね」


やっぱり先輩ってサラブレッドだったんだ。

ハンターの両親による英才教育の賜物、恩寵、結晶。

先輩この見た目だからご両親もお似合いの美形夫婦だったんだろうな。

でも二人とも亡くなっていて、先輩は伯母さんはいるけど、お父さんお母さんと呼べる人はもういないんだ。

寂しくないのかな。

ダンジョンがあるから平気なのかな。

ううん、家族がいないなんて絶対寂しいよ。

先輩にダンジョンがあって良かった。


「うん。とにかくダンジョンに通い続けるしかないよ。、雨が降ろうが、雪が降ろうが、風が強かろうが、熱があろうが、何があろうとも毎日ね」


「毎日ですか」


それくらいなら簡単にできそうな気もするけど、それができないんだろうな。

やっぱり継続は力なりなのかな。

でもそれだけで世界最強になれるものなのかな。

まだ何か先輩にはあるんじゃ。

だって毎日ダンジョンに通っていたらいつの間にか世界最強になりました、は理由として説得力が皆無な気がする。


「毎日魔力を回収するんだよ。楓もけっこう貯まったんじゃない。ほとんど使ってないみたいだし」


「あ、はい。まったく使ってないです」


「楓けっこう貯められそうだもんね。回復係は魔力貯めるの得意な人多い印象」


「先輩も沢山貯めておけるんですよね」


「俺は底が抜けてるから」


「底?」


「魔力って、貯めておける量は増やしていけるけど、まあ限界があるよね。百しか貯めておけない身体に百一の一は入れられない。でも俺は底が抜けてるから、天井がないんだよね。だからいくらでも回収できちゃう」


「はぁ」


言ってることはわかるんだけど、底が抜けていたら貯めておけないんじゃ。


「もう着くよ」


森を抜けると穏やかな光が溢れた。


「文明崩壊後の世界みたいですね」


「あー。そうだね」


広い。

石造りの神殿の跡地みたいなものが、点在している。

まるで世界から忘れ去られたみたい、でもとっても綺麗。


「ダンジョンって唐突ですね」


「え?」


「だっていきなり現れますもん、何の前触れもなく、伏線もなく」


「ははっ。楓、唐突って、やっぱり楓ダンジョンが生きてるみたいに言う」


「そうですか?」


「うん。まるで人みたいに思ってるんだね」


「そうなんでしょうか」


「いや、面白いからいいけど。そっか、唐突か」


面白いかな。

先輩はやっぱりよくわからない。


「広いですね」


「ダンジョンはこんなの普通だよ」


「ここ東京ですよね?」


「うん。四谷」


「ダンジョンってどういう設計になってるんですか?こんな広さあり得なくないですか?一つの都市が滅んだみたいです」


「さあ。それは俺も知らない。まあダンジョンだからでいいんじゃない?」


「はぁ。まあそうですよね」


そっか、考える必要ないんだ。

ダンジョンだから、その通り。


「ダンジョンは謎だらけで未だに何も解明できてないんだよ」


「え、何も、ですか?」


「うん。まずどこから現れたのかもわからないし、なんで現れたのかもわからない。百年前からと言われているけど、本当のところいつからあったのかもわからない、今日だってほら、外大雨なのにダンジョンの中は晴れてるでしょ、わからないことだらけなんだよ」


「そうなんですか。研究はされているんですよね?」


「うん。誰かしらしてると思う」


「先輩はその謎気にならないんですか?」


「気にならない。俺はダンジョンで遊びたいだけだから。ダンジョンで頭使うのとか好きじゃないし。一生その謎解けなくていい」


「そうですか」


「うん。世界からダンジョンが消えたら困るけど、ダンジョンの全てを知り尽くしたいとは思わない。でも消えたら消えたで心残りがなくなるからいいのかもしれないけど、俺の夢が叶わなくなるよね」


「ダンジョンで死にたい、ですか?」


「うん。そう」


「どうしても、ダンジョンじゃなきゃ駄目ですか?」


「うん。ダメ」


「そうですか」


そうだよね。

こんなに綺麗なんだもん。

ここで死にたいって思ってもしょうがないよね。

すごいなここ、まるで時が止まった眠り姫のお城みたい。

東京にいてこんな景色が見られるなんて、ダンジョン以外ありえないもんね。

先輩はこの景色をずっと見てきたんだ。

生まれる前からずっと。

先輩の人生にダンジョンがなかった日は一日もないんだ。

じゃあやっぱり先輩はダンジョンで、ああ、もうやだな。

そうだよね、こんな景色見ていたら世界の全てがどうでもよくなるかも。

だってここには全てがある。

喜びも悲しみも楽しさも可愛さも美しさも。


「ちょっと歩いたらモンスター出てくるよ。他のハンターもね」


「あ、他にも階段があったんですね」


「うん。入り口だけでも百はあるはず」


「そうなんですか」


「ここはモンスターの種類が多くていっぱい出るからハンターに人気があるよ。皆ここでWARを稼ぐんだよ」


「そうですか、先輩は」


「俺はしない。だって俺が倒しちゃったら皆WAR稼げないでしょ」


「あ、そうですよね」


「協会からも言われてるしね」


「そうなんですか」


先輩は五月中にS級ダンジョンを三つ制覇した結果WARが1500 億を突破してしまったので、もうこれ以上のWARは稼いでも加算されなくなってしまっている。

先輩はWARのためにダンジョンに行ってるわけじゃないんだけど、今後どれだけダンジョンを攻略しても評価はされなくてただ働きみたいになっちゃうってことなのかな。

うーん。


「あ、やってるね」


「え?」


怒っているような顔をした巨大な石像の口の中を潜り抜けると、まるで舞台で場面転換したような、別の漫画に移動してきたみたいな光景が繰り広げられていた。

教科書に載っている詩の世界から元気が出る電波ソングメドレーへ。

時が止まっているどころか、忙しすぎて、朝も昼も夜もなく時という概念が抜け落ちてしまった世界みたい。

逆に止まって見えて、これはこれで世界から切り離されてるみたい。

モンスターとハンターが大自然の中で動き回っている。

なんというか、規模の大きいわんぱくだ。


「せっかくだから見ていこうか?」


「はい。あ、先輩他のハンターが戦ってるの見るの平気なんですか?」


「え?なんで?」


「あ、前に自分以外のハンターが強いダンジョンで楽しむの嫌って言っていたので、人が戦っているところ見るの好きじゃないのかなって」


「人が戦ってるのダンジョンの外なら見たいと思わないけどダンジョンの中なら見るの好き。それこそこういうダンジョンなら単純に見てるの楽しいよ。S級ダンジョンなら嫉妬するだろうけど」


「あ、そうですか」


「俺武器使ってる人見るの好きなんだよね。自分が使わないから」


「武器見るのだけが好きなんですか?」


「うん。誰かが使っていて動いている武器限定。飾ってるのは別に興味ない」


「自分では使いたくないんですよね?」


「うん。基本的に武器っておっきくて邪魔だし」


「邪魔」


「うん。なんか武器ってしっくりこない。慣れてないからかもしれないけど、手に何かもつの嫌。ダンジョンでは常に身軽で身一つでいたい」


え、じゃあなんで先輩私のこと抱っこしてくれてるの?

あ、先輩本当はすごく迷惑だったのでは。


「あの、じゃあやっぱり私抱えるのご迷惑でしたよね。すみません。今度からは自分の足でちゃんと歩きます」


「え、楓は別。寧ろいつでも持っていたい」


なんで?

聞いていいのかな。

先輩本当に何考えてるのかよくわからない。

天才だからか。


「なんでだろ。楓持ってるの、自然っていうか、こう持ってる感がない。軽いからかな」


「重いですよ。武器よりずっと重いです」


やっぱり人間だと思ってなくて持ち物なんだ。

まあそりゃそうだろうけど、うん。

でも持ち物にしてはおっきくない?

武器より絶対おっきいよ、私。


「あ、あれ、ガンランス」


ガンランス。

銃がくっついてる槍のことだよね。

あ、確かにあそこの池のそばでヒュドラと戦ってる人が持ってるのガンランスだ。

凄い、突いたり撃ったり目まぐるしい。

確かにあれなら私よりおっきいかも。


「俺ガンランス滅茶苦茶好きなんだよね。かっこいい」


「確かにかっこいいですね」


「ねー」


先輩頬を紅潮させて目キラキラしてる。

こんなにかっこいい人にいうことじゃないかもしれないけど、先輩可愛い。


「あ、あの人鎖鎌使ってる。あれも好き」


「わー。かっこいい。死神みたいですね」


「ねー。あ、刀、あればっさばっさやってるの見るの好き」


ホントに可愛い。

声まで幼く感じる。

そんなわけないのに。


「俺自分の動きが地味だからさー」


「そうですか?」


見た目だけで派手だと思うけど。


「地味だよ。だって何にもしないでモンスター倒せちゃうから」


「強すぎますもんね」


「うん。でも自分を見ることなんてないから別にいいんだけど」


「そうですね」


「いいね、ここ。ずっと見てられる」


「はい」


「あ、弓、あれも好き。あ、あの人糸使ってる。面白い」


「わ、すごい、あんな細い糸で釣り上げました」


「楓がいてくれて良かった」


「え?」


「ちっさい頃、それこそダンジョン来始めの頃はこんな風にハンターが戦ってるの見るの楽しかったんだよね。でも強くなればなるほど、ダンジョンってさ人が消えていくんだよね。ほら、入れる人制限されるから。だから音が何にもないんだよね。シーンてしてる。まあそれも好きなんだけど」


「はい」


「こういうダンジョンに来る楽しさ思い出させてくれた、楓が」


「私ですか?」


「うん。俺が最近ずっと楽しいのは楓のおかげ」


「え、あの、えっと」


「理事長が卒業試験タッグバトルにしてくれて良かった。学院に入っといて良かったよ」


「あ、私もです。私も魔術学院に入って良かったです。先輩と出逢えて」


出逢えて。

出逢えて何?

何言おうとしてるの、私。

それ、まだ、違うよね。

なんか言うべきじゃないよね、それ。


「あ、でっかいちょうちょ、楓、あれ追いかけよ」


「あ、はい」


先輩は私の手を取り走り出す。

巨大な私よりずっと大きい紫の蝶は華麗に青空へと高く高く舞い上がり、私達を置き去りにしていく。

先輩一人なら簡単に捕まえられるんだろうな。

先輩が走りながら振り返り無邪気に笑う。

ああ、私この人のこと、この人のこの表情。

なんだろう、私この気持ちずっと知らなかった気がする。

先輩といると知らない私になる。

私いつもこんなだったっけ。

先輩を知る前の私ってどんなだったっけ。

先輩を知らなかった頃には戻れない、戻りたくない。

先輩にずっといて欲しい。

こんな風に何度も何度も振り返って欲しい。

繋いでいる手が熱い。

私先輩のこと、先輩のこと。





















































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