28 どうしてハンターになったんですか?
今日は外は大雨ですが私は先輩のおかげで濡れずにダンジョンへ来ることができました。
今日も私は先輩と東京のC級ダンジョンに来ています。
ダンジョンに入ってすぐ透明なガラスの階段が浮かび上がってきました、それ以外何もありません。
そして気が付いたら私の両脚は地上から大分離れておりました。
「あの、先輩」
「この階段、消える足場だから」
「消える足場、ですか?」
「うん。上手いこと乗らないと消えちゃうから下に落ちちゃうよ」
そう言われてみるとガラスの階段は意志を持っているかの如く冷静に佇み、そこはかとなく底意地の悪さを感じさせます。
今気づいたのですが階段は十二段しか見えていません、そして階段の周りはすべて水です。
そんなに広くないので、まるで屋内プールに来たみたいです。
先輩は私をお姫様抱っこしたまま淡々と階段を昇っていきます。
確かにこんなの私多分、ううん、確実に上手に乗れない。
「水の中に落ちたらどうなるんですか?」
「ここは落ちたことないからわかんない」
「そうですか」
ここは、だから、別のダンジョンで先輩落ちたんだ。
「試しに落ちてみる?」
なんかすごく前向きな声で言われちゃった。
先輩わざと落ちたりしてるんだろうな、ダンジョンを最大限楽しむために。
「怖いからいいです」
「まあモンスターいるだろうから水中戦だね」
「したことあります?」
「もちろん。濡れるからあんまり好きじゃないけどね」
「そうですか」
先輩濡れるの嫌な人なんだ。
じゃあ雨とか嫌いかな?
先輩はダンジョンで何でもしてるんだなぁ。
先輩がまだダンジョンでしてないことって何だろう。
お祈り?
踊り?
推理?
先輩は両手がふさがっていて、一歩間違えば水の中に真っ逆さまなのにも関わらず平然と歩いています、私なんてお荷物抱えていないかのようです。
まあ、それもそのはず、ガラスの階段は先輩が足を出した所に出現するかの如く、先輩に動きを完全に合わせているように見えます。
さすが先輩、消える足場も支配できるんだ。
私は何もできないのでせめておとなしく気配を消しておこうと思います。
こういう時手はどこへやったらいいのでしょう。
とりあえず両手でグーを作って、口も真一文字に閉じておきます。
「楓今日はおとなしいんだね」
「あ、あの、うっかり話しかけたら先輩の気が散るかと」
「俺が?そんなわけないでしょ」
「あ、そうですよね。すみません」
そうだ、先輩が私ごとき荷物を一個抱えたくらいで、集中力が乱されるなんてあるわけなかった。
でも、私、最近いつも。
「あの、私最近ダンジョンで自力でほとんど歩いてないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫って何が?」
「えっと、ダンジョンって自分の足で歩かなくてもいいものなんでしょうか?」
「楓は歩きたいの?」
「うーん、この先のことを考えるとこのままでいいのかなって思います」
「これから先?」
「はい。あの、こんな何にもできなくて、自分の足で歩くことすらできなくて、こんなんでハンターとしてやっていけるのかなって、あ、でも私じゃ卒業しても専業ハンターにはなれないわけで、でも私何になりたいとかまだ全然考えられなくて、でも何か職を得ないといけないわけで」
「そうだね」
「先輩はどうしてハンターになったんですか?」
しまった。
誰に何を聞いているの。
愚問すぎる。
先輩なんて何をしたってハンターになったに決まっているのに。
あー、どうしよう。
世界一のハンターに失礼すぎる私。
どうしてこうちゃんと自分の中で整理して喋らないの、いつもいつも。
「どうして、わかんない」
「そうですよね、すみません」
「どうして、わかんないな、気が付いたらハンターになってた」
「気が付いたらですか?」
「うん。なってたじゃなくて気が付いたらハンターだった」
「そうですか」
あ、そういえばお父さんが世界一のハンターにしたがってたって言ってたな先輩。
きっかけはお父さんだけど、こんなにダンジョンを好きになれて、夢中になれて、強くなれたんだったらいいよね。
先輩幸せだよね。
私は何が好きなんだろ。
何になりたいんだろ。
ううん、好きじゃなくても何ならなれそうなんだろ。
「楓のそれは今すぐ答え出さなくてもいいんじゃないの?」
「え?」
「だってまだ学院入ったばっかでしょ。まだ六月で、楓はハンターになったばっかなんだから、専業とか兼業とかまだ考えなくてもいいんじゃないの」
「そうでしょうか」
「うん。楓のハンター人生はまだ始まったばっかりだよ」
「ハンター人生、うーん」
「悩んでるんだね」
「はい。私先輩みたいにこれが好きって人に言えるものがなくて」
「それこそダンジョンでいいじゃない」
「うーん、先輩のようには好きじゃないと思うんです。先輩のように好きになれないならダンジョンに失礼ですし」
「ダンジョンに失礼って、初めて聞いたそれ」
「そうですか?」
「うん。ダンジョンに失礼って、楓面白いね」
「そうでしょうか?」
「楓は一番好きじゃないと失礼って思うんだね。好きなものの一つじゃダメなんだ?」
「先輩にとってのダンジョンは好きなものの一つじゃないじゃないですか?」
「うん、そりゃないよ。世界で一番好き」
世界で一番かぁ。
そんな風に堂々と言えるもの、やっぱりないなぁ。
「楓は何をしている時が一番幸せ?」
「えっと、おいしいものを食べている時、です」
あと先輩を見てる時。
これは絶対言えないけど。
「好きなものあるじゃない。おいしいもの」
「えっと、でも、職業に結びつかないっていうか、やりたいこととは違うような」
「将来何になりたいかの答えが欲しいんだね、でもそれはゆっくり考えたらいいんじゃない。でも楓偉いね」
「えらい?ですか?」
私が、なんで?どこが?
「楓いっぱい考えてるんだね。偉いよ」
「そうでしょうか?」
「俺なんて一年の時何にも考えてなかったよ。ダンジョンのことしか考えてなかった。もっと面白いダンジョン出てこい、もっと面白いダンジョン出てこいってそればっかり、まあ今もそうなんだけど」
「ダンジョンのこと考えているなら何も考えていないわけじゃないと思いますけど」
「あ、でも今楓のことも考えてるよ」
はい?
「え、え、え」
楓って私のことだよね?
話の文脈的にそうだよね?
先輩の周りに他に楓って名前の子いたっけ?
あ、私先輩のお友達なんて、奥村先輩と千早先輩しか知らない。
えっと、楓ってなんだっけ?
私の名前でもあるけれど、世間一般では植物のことだよね。
かえで?
あれ、そもそも先輩かえでって言った?
聞き間違い?
幻聴?
ここダンジョンだもんね。
「楓と次どこのダンジョンいこっかなーっていつも考えてるよ」
あ、そういうことですか。
それは私のことじゃなくて、ダンジョンのことを考えているんですよ、先輩。
でも嬉しい、私と行くって想定してくれているんだもんね。
先輩優しい。
先輩の顔見れなくて良かった。
今顔見れたら恥ずかしくって泣いちゃうかも。
「このダンジョン行ったら楓喜んでくれるかなーとか、これ見たら楓びっくりするかなーとか」
「あ、ありがとうございます。すごく嬉しいです」
「楓のこと考えてるとき楽しいよ」
それはダンジョンだからですよ。
私じゃないです先輩。
「俺最近ダンジョンと楓のことしか考えてないかも」
先輩、それは私ではなくて、ジャンルはダンジョンです。
私を連れていくダンジョンだから、私のことじゃなくてダンジョンのことを考えています、先輩は。
私はダンジョンにもれなくついてくる一年限定のレア感のないおまけ、ログインボーナスのない習慣?
あ、でも先輩がダンジョンのこと考える時私のこと間違いなく込みで考えていてくれているんだろうから、二ミリくらいなら私が占める部分があるかもしれないから、私のことも考えていてくれるでいいのかも。
「あ、あの、すみません。なんかあの私のつまらない悩みを聞いていただいて」
ダンジョンを自力で歩かなくていいのかって話から、将来への漠然とした不安、本人が一番わかっていない進路相談みたいになってしまった。
ホントに何が言いたかったんだろ、私。
「つまんなくないよ。むしろ悩まない俺の方がおかしいでしょ」
「先輩はやりたいこと完全に決まっていますから悩むことなんて、えっと、先輩悩んだことありますか?」
「うーん、あ、明日どのダンジョンに行こうかなってのは悩みに入る?それなら昨日悩んでたよ」
「それはどうでしょう。明日のお昼何食べる?くらいの感覚なんだったら悩みにはならないんじゃないかと」
「そっかー、それはそうだよね。じゃあ俺やっぱり一度も悩んだことないことになっちゃうね」
「そうなりますね」
「悩んでるって、楓苦しい?」
「え?」
「楓苦しいの?」
「いえ、そんなことないです。ただその、なんといっていいのか、輪郭のないおぼろげなもので、自分でもよくわからないんです」
「楓が苦しいなら何とかしてあげたいけど」
「いえ、そんな、先輩のお手を煩わせるわけには、あ、大丈夫です。先輩の言う通り今すぐ答え出す必要なんてないので、でも、ただ考えれば考えるほど、私みたいに魔力があるからハンターの資格とっておこうかなっていうの、真面目に人生をかけてダンジョンに行っておられるハンターの皆さんに失礼かなって」
「え?そんなこと考えてるの?」
「はい。だって先輩は全身全霊でダンジョンに全てをかけているじゃないですか」
「えー、そんな深く考えてダンジョン行ってないけど、俺。楓、ハンターの仕事ってそんな崇高なものじゃないから。遊びの延長っていうか、どっちかっていうと一生遊んでいたいからハンターやってる人がほとんどだと思うよ。ハンターなんて別に立派な仕事じゃないから。むしろダンジョンなくなったらホントになにやっていいのかわかんないくらい役立たずだし、俺なんて何にもできないよ。そんなこと考える必要全然ないって」
「でも先輩は命を懸けてダンジョンに行ってますよね、夜中に救助に行ったりもしていますし」
「助けられる人間が行くのは普通のことでしょ」
「あ、は、はい」
「うーん、俺なんて毎日遊んでるだけだけどなぁ。楓は真面目だねぇ」
「そうでしょうか?」
「うん」
「でも先輩も真面目だと思いますけど」
「俺が?」
「だってどこのダンジョンに行こうか悩んでくださってるみたいですし」
「それは俺の楽しみでしょ。楓とダンジョン行くの今俺が一番楽しみにしてることだから」
「あ、あ、そうですか」
一番、ダンジョン、一番。
ダンジョンに行くの、一番。
「そんな複雑に考えることないんだけど、ダンジョンに対して失礼とか、まるで生きているみたいにダンジョンを言うんだね楓は」
「え、だって、先輩が世界で一番好きなものじゃないですか。だから、あの、その、失礼のないようにしたいっていうか、まあ、こんな状態で言うのあれですけど」
私が一番真摯に向き合ってないよね。
弱いくせに強くなろうともしないで、ダンジョンに来てるとか。
やっぱり失礼だ私。
「楓ダンジョンは聖地とかじゃないよ。神聖でも何でもない。狩場だよ、ハンターはダンジョンで獲物を漁ってるの、もっとずっと下品だよ。ははっ、楓やっぱり面白い、いい子だね」
「え、あ、はい」
「俺は最初からダンジョンには遊びに来てるだけだよ。俺は最後までダンジョンを遊びつくしてから死ぬよ」
「遊びつくす」
「うん。俺は究極のダンジョンを見つけてそこを遊びつくして死ぬ。もう俺がこの世でしたいことはそれだけだよ」
「究極のダンジョン、ですか」
「うん。俺はいつか必ずダンジョンで死んでみせるよ」
先輩は夢を語る。
その声はとても清らかで少しも濁ったところがない透明な水みたいに澄んでいる、音のない波紋のよう
、顔は見えないけれど、先輩は今星のように輝いた瞳をしているのだろう。
でも私は聞きたくなかった。
誰にもまねできない心地いい素敵な声なのにそれだけは聞きたいと思えなかった。
ダンジョンで死にたい。
先輩がこの世から消え失せてしまうのが怖い。
大きな背中が長い腕が脚が指先が、美しい髪が瞳が声が、この世界から失われてしまうのが悲しく、恐ろしい。
想像でこんなにも苦しいなら、それが現実になった時どうなってしまうんだろう。
先輩の願いはなんでも叶って欲しいけど、それだけはずっと叶わないで欲しい。
でも先輩は何でも手に入れられるから、いつか必ず究極のダンジョンを見つけてしまうんだろうな。
そんなダンジョン一生出てこないで。
先輩を連れて行かないで。
この世のあらゆるものを手に入れられるなら、一つくらい手に入れられないものがあってもいいはず。
先輩私苦しい。
私が苦しいなら何とかしてあげたいと思うなら、ダンジョンで死んだりしないで。
でもそんなこと言えない、言えないよ、私じゃ。
「究極のダンジョンって、どんなものしょうか?」
「うーん。ずっと考えてるんだけどさ、もうここから一生出たくないなって思えるような所なんじゃないかなって」
「一生出たくない、ですか?」
「うん。これ一生繰り返したいなって思えるような」
「それならもうそこに住んじゃったらいいんじゃないでしょうか」
「ダンジョンに住んじゃうの?」
「はい。そうしたら一生出なくていいですし」
「ははっ、そっかー」
先輩のこの笑い方好きだな。
安心する。
これも失われる。
ダンジョンが全部持っていってしまう。
一つも残してくれないんだ。
先輩、どこにも行かないで。
あ、そうだ、面白いダンジョンが次から次へと毎日毎秒のように現れて、一番なんて決められないよー、な状態になればいいんじゃ。
そうだ、そっちの方願っておこう。
それだと先輩ずっと楽しいもんね。
先輩ずっとダンジョンで笑っていてくれたらいいのに。
そうだよ、いっそのことダンジョンの主になってくれたらいいんだよ。
そうしたら私でも会いに行けるよね。
そっか、じゃあやっぱり私強くならなきゃだめだ。
でも、どうやって?
とりあえずこのままじゃダメなことは確定してるから、何か方法を考えなきゃ。
ああ、もうずっとこの階段続いていてくれたらいいのに。




