26 マンドラゴラ、ドキドキ、普通
氷鬼で捕まった三年生は皐月先輩だけでした。
次の日の午前の授業を終え、お昼を食べると先輩はペナルティとして、学院内の菜園にマンドラゴラを植えることになったので、私もお手伝いさせていただくことにしました。
「ごめんね楓、すぐ終わらせてダンジョン行こうね」
「あ、いえいえ、気にしないでください、私」
先輩と一緒ならどこだって楽しいので。
あ、これ言っちゃ駄目なやつだ。
先輩はあくまで、ダンジョンに一緒に行く相手として、そんなに悪くないと思ってくれているんだから、ダンジョンじゃなくても楽しいなんて、先輩がいればダンジョンじゃなくてもどこでもいいなんて、絶対言っちゃ駄目だよね。
先輩あんなにダンジョンが大好きなんだから、寧ろダンジョン以外ひょっとしたら何にも好きじゃないかもしれないんだから、ダンジョンを軽視するような発言したら、先輩絶対不愉快だよね。
先輩にこの世で最も愛されているダンジョンに対して私失礼すぎる。
あんなに全てにおいて凄いとしか言いようのない皐月先輩が夢中になっているダンジョンなんだから、あれ、この世で最も素晴らしいものって、ひょっとしてダンジョン?
でも私、考えたら立派なハンターになりたいとか全然思ってるわけじゃないんだよね。
魔力があるから、じゃあハンターの資格取っておこうかなって、それだけなんだよね。
先輩みたいに史上最高のハンターになりたいとか、高い志があるわけじゃなくて、ハンターでちゃんと食べていけるようになりたいとも思ってなくて。
そもそも回復しかできないんだから、一人でダンジョン行けないから専業ハンターなんか絶対無理だし。
こんな私が先輩と一緒にダンジョンに行ってていいのかな。
「楓マンドラゴラ初めて?」
「あ、はい」
マンドラゴラには二種類あります。
野生のマンドラゴラとダンジョンのマンドラゴラ。私達が今日植えるのは、勿論ダンジョンのマンドラゴラです。
野生のマンドラゴラはナス科の多年草で古くは薬草として用いられていたそうです。
ダンジョンのマンドラゴラは諸説ありますが、野生のマンドラゴラをダンジョンに植えたところ、思わぬ進化を遂げたという説が有力とされております。
野生のマンドラゴラが引っこ抜かれる時恐ろしい叫び声を上げ、それを聴いた者は即死すると言われていますが、それはあくまで伝説で、実際野生のマンドラゴラに口などありません。
ダンジョンのマンドラゴラを私は今日初めて見たのですが。
「埴輪に似てますね」
「あー、そうだね、確かに言われてみたら、埴輪だね」
マンドラゴラはミルクティーみたいな色をした埴輪の頭頂部にリボンのように緑色の双葉が生えています。
「マンドラゴラって、成長したらどうなるんですか?」
「白くなるよ、見た目は、顔のある大根、なことが多いかな」
「引っこ抜かれる時叫びます?」
「叫ぶっていうか、歌ってたかな、ラップとか、韻踏んでたよ」
マンドラップ?
何それ聴いてみたい。
「聴いたら即死します?」
「ははっ、マンドラゴラにそんな力ないよ、即死させるって、結構強くないと中々できないもんだよ」
「あ、そうですか、えっと、食べるんでしょうか?」
「毒あるから普通に食べたら死ぬよ」
「先輩食べましたか?」
「勿論。生でも食べたし、煮ても食べたよ」
「おいし、かったですか?」
「生では何の味もしなかったかな、父さんがしめじと生姜と謎の肉入れて醤油で煮てくれたのは美味しかったよ、あと蜂蜜につけて、お湯に溶かしてマンドラゴラ茶にして飲んだりした」
マンドラゴラ茶。
身体に良さそう。
「加熱したらもう毒大丈夫なんですか?」
「ううん、駄目だよ、俺だから大丈夫なだけ」
「あ、じゃあ食べられないなら、錬金術とかに使うんですか?」
「うん、それとペット、友達、家族として家に置いとくハンターも多いよ、服作って着せ替え人形して楽しんだり、マンドラゴラは会話できるからね」
「この子達全然喋らないですけど」
「マンドラゴラは成長すると声が与えられるから、それまでは何にも喋らないよ」
「はぁ」
「さ、植えよ」
「はい」
一時間くらいで全部植え終えた。
「楓お疲れ様、手伝ってくれてありがとう」
「あ、いえ、とっても楽しかったです、どれくらいで収穫できるんですか?」
「一ヶ月くらいじゃない、それより着替えておいで、いつもの所で待ってるから、ダンジョン行こ」
「はい、急いで着替えてきますね」
泥だらけになったジャージから制服に着替えていつもの待ち合わせ場所へ行くと、先輩はベンチに座り、テーブルで頬杖をついていた。
「すみません、お待たせしました」
先輩が立ち上がる。
制服の先輩ひさしぶりだ。
やっぱりかっこいい。
何着てもかっこいいけど、制服は特別な感じがする。
だって今しか着れないもん。
来年にはこの先輩見れないんだもん。
特等席で観れるだなんて、私幸せすぎる。
幸せすぎて怖い。
何もできないのに、幸せとか許されるのかな。
せめて何か一つでも得意なことがあったら良かったのに。
違う、あったら良かったじゃなくて、作ればいいんだよね。
でもどうやって?
何ならできるの、私。
というより、何ならできそう、私。
「じゃあ、俺のこと掴んで」
「え?」
「移動時間もったいないから、ほら行くよ」
「あ、はい」
私は右手で先輩の制服の黒パーカーを掴んだ。
次の瞬間には、大草原に二人でいた。
見渡す限り青と白と緑の世界。
「先輩、ここダンジョンですよね?」
「ダンジョン以外こんな風に俺移動できないよ」
「随分遠くまで来たんですか?」
「ううん、東京から出てないよ」
「東京にダンジョン沢山あるんですね」
「二千くらいあるんじゃないかな、消滅してもまた新しいのできるから、常に二千くらいはあるはず」
「じゃあ、中々東京制覇も難しいんですね」
「そうだね、あ、来るよ」
「来る?」
トコトコトコトコ、ザッザッザッザッ。
ドタドタドタドタ、ダッダッダッダッ。
何種類もの音を響かせながら、白い二足歩行の集団が駆けて行きました。
頭の上には一様に緑色のリボンが揺れています。
「マンドラゴラですか?」
「そう、ここは日本のマンドラゴラの聖地といわれているダンジョンだよ」
「皆顔違うんですね、大きさも」
「うん、声も違うよ」
「植えた時は、皆同じ埴輪顔でしたよね?」
「うん、皆品種改良して楽しんでるんだよ」
「はぁ」
「ハンターはこうやって色々遊んでるんだよ」
「遊んでる、ですか?」
「そうだよ、ハンターはダンジョンで遊んでんの、ありがたいことにそれが仕事になっているだけ」
「はぁ、でも危険が伴う仕事ですよね、大きな怪我したり、死んじゃうこともありますし」
「うん、でも危険も楽しみだから」
「危険もですか?」
「うん、ダンジョンで得られる全てが俺は好き、痛いのだって全部楽しい」
「全部、ですか」
「うん、ダンジョンには楽しいしかないよ、だから楓もダンジョンで思いっきり遊んで楽しんで」
「はい」
「せっかくだから乗っちゃおっか?」
「え?乗る?」
「抱っこしていい?」
「え、だっこ?」
だっこってなんだっけ?
思考よりも先に身体は一瞬にして自分では与り知らぬものとなったみたいです。
私足が地面についていません。
どうやら私先輩にお姫様抱っこされているみたいです。
「じゃあ飛び移るね、どれにしよっかなー」
「は、はぁ」
私は余りのことに両手を組み、お祈りのポーズをとりました。
だって手どうしていいのかわかんないもん。
「あの、でっかいのにしよっか」
「え、あ、はい」
私達の視線の先には、恐竜のような大きさのマンドラゴラがいます。
あ、私今先輩と目線を共有している。
これがいつも先輩が見ている景色なんだ。
私の目だとマンドラゴラ凄く大きく見えるんだけど、先輩も一緒なんだよね、でっかいのって言ったもんね。
先輩も同じなんだ。
「じゃあ行くね」
わっとか、ぎゃっとか声に出す間もなく、先輩は空中へと飛び込んで、風に乗って青い空の一員となり、優雅にお目当てのマンドラゴラの頭の上に着地しました。
なんていう跳躍力、滞空時間。
「先輩空飛べるんですね」
「飛行モンスターいるからね、ほとんどのハンターは道具使うけど、箒とか絨毯とか、鳥型の式神とか色々ね、でもS級ダンジョンとか行くと、魔道具無効効果とかあるから、ある程度自分で飛べないと話にならないよ」
「そうですか、凄い」
なんて景色だろう。
もうなんて言っていいかわからない。
自分の足以外で移動するなんてこと、いくらでもあったけど、こんなの見たことない。
左を見ても、右を見ても、白い顔のある大根が走っている、太い足で器用に。
青い空と緑の大地と白いマンドラゴラ、ここにはそれしかない。
あと、世界一かっこいい人がそばにいるだけ。
あれ、そっちのがずっと凄いか、うん、そっちのがずっとない。
先輩の方がずっと見たこともないものだ。
「楓、下ろすね」
「あ、はい、ありがとうございます」
「座ろ」
「はい」
私が先輩の隣に腰を下ろすと、それが合図だったかのように、マンドラゴラは一斉に全力で走り出しました。
私はその衝撃で落っこちそうになりましたが、先輩がドッチボールの要領で受け止めてくれたようです。
先輩はそのまま腰を下ろし、私は先輩の伸ばされた長すぎる脚の間にパズルのピースの様に納まりました。
私小ちゃくて良かった。
だってこの大きさなら先輩の邪魔にならないもん。
先輩の身体の大きさなら私ぬいぐるみくらいにしか見えてないよね、きっと。
ううん、ひょっとしたらキーホルダーくらいかも。
「すみません」
「びっくりしたね」
「はい、落っこちるかと思いました」
「俺がいるんだから楓が落っこちるわけないでしょ」
「あ、そうですよね」
どうしてこう先輩が世界最強だって忘れちゃうんだろう。
先輩がいたら何も怖いことなんかなくて、恐れることなんか何にもないのに。
「わっ、わっ、すっごく早いですねー」
「競争してるみたいだね」
「先輩いなかったら振り落とされてます」
「そうだね」
先輩は両手を後ろでつき滑り台みたいになっている。
あ、揺れてるから、ロッキングチェアかも。
「あの、すみません、もたれてしまって」
「いいよ、気にしないでもたれて」
「わっ、早い早いはやいー」
「ははっ」
先輩顔見えないけど笑ってるよね。
先輩楽しいのかな。
「先輩は何度も乗ってるんですか?」
「ううん、マンドラゴラに乗ったのは初めて」
「そうなんですか?」
「このダンジョンできたの俺が一人でダンジョン行くようになってからだから」
「あ、そうなんですか」
お父さんと来てないんだ。
じゃあ一緒に来たの私だけなのかな。
「俺一人だったら乗らないよ、楓がいるから」
「え?」
「楓がいるからせっかくだから乗ろっかなーって」
「あ、ありがとうございます」
先輩私のこと楽しませようとしてくれてるんだよね、いつも。
そんなことする必要全然ないのに。
なんか申し訳ないな。
私じゃ何も返せないのに。
あ、そうだ。
「先輩、帰りドーナツ食べませんか?」
「いいよー、楓ドーナツ食べたいの?」
「あ、はい、あの、昨日の氷鬼で先輩を最後まで捕まえておけたボーナスがドーナツ無料引換券だったんです、なんと五個」
「えー、S級ハンター二時間も拘束しておけた報酬がドーナツ五個ってしょぼくない?もっと貰っていいと思うけどなー、楓二時間も俺のこと一人で見てたんだから、そもそも楓じゃなかったら俺捕まらないよ」
「え、あ、私が自力で捕まえたわけじゃないですし、先輩寝ててくれたから私何にもしてないですし、ホントなら貰えないはずなので、あ、だから先輩一緒に食べてください、寧ろ先輩五個食べて下さい、先輩こそ貰うべきなので」
「皆にでたの?」
「はい、クラス全員です」
「捕まえた人数による報酬はなんだったの?」
「先輩一人だけだったので、飲むゼリー一個でした」
「そっか、じゃあドーナツ食べて帰ろっか」
「はい」
マンドラゴラから降りる時先輩はまた私のことをお姫様抱っこしてくれた。
マンドラゴラに乗っているより、先輩と空に浮かんでいる状況にワクワクした自分がいて、羞恥心と罪悪感がないまぜになって、でもそれだけじゃない気がして、頭の中は整理できず散らかり放題になってしまった。
二人でドーナツを食べて、寮に帰った。
先輩とはマンドラゴラを植えても、マンドラゴラに乗っても、ドーナツを食べてても楽しくて、自覚せざるを得なかった。
私先輩といるとドキドキしてる。
このドキドキは今まで感じたことのない、初めての、感情だと思う。
緊張や不安や恐怖とは全然違う、それはわかる。
先輩が今まで見たこともないほどかっこいいからかな。
感動してるから?
でもそれなら、お花を見て綺麗だなと思うのと、スライムを見て可愛いなって思うのと、面白い漫画を読んだ時とどう違うんだろう。
恥ずかしさかな。
私先輩といるとすごく恥ずかしかったりする。
お花を見ても、スライムを見ても、漫画のキャラクターを見ても、恥ずかしいなんて思わないよね。
だって対峙してないから。
一方的にこっちが見てるだけだし。
先輩は現実に会える人だからかな。
ああ、全然答え出ない。
先輩と一緒にいるとドキドキして、一緒にいなくても、思い出すとドキドキして、私ずっとドキドキしてるんだ。
これ一生続いちゃうのかな。
先輩に慣れたような気になってたけど、全然慣れてないのかな。
寧ろ遠ざかった?
え、なんで?
あ、ドキドキしてるからか。
ドキドキしてるって気づいちゃったからだよね。
最初はどうだったんだろう。
初めて会った日、世界が落ちてきそうなくらい緊張してた。
今は緊張したりしない。
一緒にいると楽しくて、顔見てるだけで、嬉しくなって。
あ、あれか、ファン?
推し?
でもならどうして恥ずかしくなるんだろう。
自分に自信がないからかなぁ。
あー、わかんない。
もう、寝よう。
もっと真面目にしよう。
ダンジョンに行くのは学校の授業なんだし。
でも先輩ダンジョンで遊んでるだけって。
うーん、難しい。
このドキドキはなんのドキドキなのかな?
先輩の見た目に対するドキドキなら、それって普通のことだよね。
だってあんなに、世界一かっこいいんだもん。
私みたいな凡庸な人間がドキドキするの当たり前だよね。
なんだ、問題解決だ。
寝よう。
そうだよ、あんなにかっこいい人が、質問したら何でも答えてくれて、その声が凄くかっこよくて、思い出を話してくれて、笑いかけてくれて、その笑顔がとても綺麗で、いつも優しくしてくれて、お姫様抱っこまでしてくれて、私のこと楽しくさせようとしてくれて、ドキドキしない方がおかしいから、気にすることないんだよ。
うん。
明日からもずっと先輩にドキドキするんだろうけど、それは普通なんだから、大丈夫。
私の心に常にあってなくなりようがないんだから。
だってあんなかっこいい人もう一生見つけられないもん。
百年経っても私先輩にドキドキしてるかも。
でも大丈夫、それはもう通常だから。
先輩へのドキドキはもう一生続くの。
覚悟しとこ
先輩のこと思い出すと、ドキドキしちゃうけど、微睡の中にいるようにあったかくて、なんだかとっても気分が良くて、こういうのなんていうんだっけ、あ、そうだ、あれだ、幸せなの。




