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 優太と千春は大きなため息をついてイスに座った。すぐにウェイトレスが注文を取りにくる。


「えっと、私はパスタセットで」千春は荷物で痛めた手をほぐしながら注文した。


 タイムセールが終わり、戦地から無事帰還した二人は、ショッピングモール近くの商店街にある、小ぢんまりとしたカフェで休憩しようということで意見が一致した。

 セール中の奏恵の手腕は見事なもので、携帯電話にメモしていたものはほとんど手に入れることができた。この中には千春の分も含まれていたらしく、戦利品を確認する際に何度も千春から感謝された。

 店内はカフェのようだが、入ってすぐの場所にバーカウンターもあり、ソフトドリンク以外のものも提供しているようだった。


 優太はおてふきで額の汗を拭いながらメニューを見る。


「とりあえずビールと辛味手羽で」

『おいおっさん』


 優太は奏恵のツッコミで我に返る。


「な、なんちゃって……」


 驚いた表情で見ていた千春とウェイトレスから目をそらすように、優太は再びメニューを見た。


『ごまかし方までおっさん……』


 奏恵からの小言に心を痛めつつ、優太は千春と同じものを注文した。


「びっくりしたよぉ。なーちゃんもそんな冗談、言うんだね」


 ウェイトレスが去ったあと、千春は嬉しそうに言った。優太は乾いた笑い声で応える。

 それから、優太は奏恵の通訳として千春と話した。まだスムーズにとはいかないが、細かいミスを気にしない千春は練習相手としてこの上ない存在だった。


「それでね、この間びっくりしたのが……」


 いつも話し役は奏恵なのか、千春はずっとニコニコして話を聞いている。そんな彼女の姿を見ていると、優太も自然とリラックスして話すことができた。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


 話が一段落すると、千春は申し訳なさそうに席を立った。優太は千春の姿が見えなくなるまで目線で追った。


『なぁにじめっと見てるの?』

「じめっとってなんだよ」

『まさか、ちーちゃんのこと狙ってるんじゃないでしょうね?』

「いや、まさか」優太は首を振った。「そういうんじゃなくて、単純にいい子だなって思って」

『ま、そうね。私もそう思う』奏恵は嬉しそうに笑った。


「そうだ。この間に次の予定を確認したいんだけど」

『そうねぇ』奏恵は小さく唸った。『特に用事もないし、帰ってもいいかもね』


 優太は深呼吸のようなため息をついた。


『ちーちゃんも疲れてるみたいだし、ケーキ食べたら帰ろう』

「え、ケーキ?」優太は思わずメニュー表を開いた。

『このセットケーキ付きだから。そう書いてあるでしょ?』

「も、もう入らないんだけど」優太は苦しそうにお腹をさすった。

『それやめてよ。私が太ってるみたいじゃん』

「あ、ごめん」

『スイーツは別腹だから。季節限定らしいし、頑張ってよね』

「……分かりました」優太は机に突っ伏しながら答えた。


「なーちゃん、どうしたの?」


 千春の声に優太はゆっくりと頭を上げる。


「いや、別に。ちょっとお腹いっぱいで」

「そっか。体調悪いとかじゃない?」


 千春は心配そうな表情で優太の顔をのぞき込んだ。優太はたまらず目をそらす。


「う、うん。大丈夫、大丈夫だから」

「ならいいけど……」千春は心配な表情をしたまま向かいの椅子に座った。

『優太くんはピュアだねぇ』


 優太は奏恵に届かないと知りつつ、心のなかで「うるさいな」と返した。


「ちーちゃん、ケーキ食べられ――」


 優太が雑談を再開しようとしたとき、店の奥からアコースティックギターの音が聞こえた。優太は思わず振り返る。机と椅子に隠れて気づかなかったが。よく見ると店の奥に少しだけ床がせり上がっているところがあった。


「わぁ、かっこいいね。店長さんかな?」


 千春は小さく拍手をする。ステージ上には、先ほどまでバーカウンターにいた男性がイスに座っていた。千春の言う通り、いかにも店長という風貌だった。


 店長は優太たちが注目しているのに気づいていないのか、そのままギターを弾き始めた。


「え、うま……」優太は思わず息をのんだ。

「へぇ、そうなんだ」千春は一層憧れのまなざしで店長を見た。


 店長の演奏を聴きながら、優太は自分の指がうずいていることに気が付く。


 弾きたい。優太がそう思ったとき、ギターの音が止んだ。

 優太は店長の顔を見る。すると、店長と目が合ってしまった。ギターを凝視しすぎて気付かれたのかもしれない。


「弾いてみたい?」

「え、自分ですか……?」


 店長はうなづいて、ギターを舞台袖にあるスタンドに掛けた。


「これからライブの予定だったんだけど、演者が来られなくなってね。せっかく準備したから、調子だけでも見ておこうと思ってたんだ」


 優太は店内を見まわした。客は優太たちと、奥で世間話をしている主婦のような三人組だけだった。優太たちの話を聞いていたのか、その三人組もこちらを見ている。


「いいんですか?」優太は無意識のうちに両手をほぐして準備運動をしていた。


『やめて』


 立ち上がろうとした優太を奏恵が止める。中途半端な姿勢で止まった優太に、店長は怪訝そうな表情をする。


「あ、いや。えっと」


 優太は苦笑いをした。中腰のまま立てかけられているギターを見る。

 少し考えたあと、優太は意を決したように頷き、ステージに登った。


「弾かせてもらいます」


 優太はギターを抱え、イスに座った。ストラップを肩にかけて左手をギターのフレットに添える。弦高は低めで、もしかすると今日の演者は初心者だったのかもしれない。と、優太は思った。

 優太は手癖で慣れ親しんだ自分の曲のコードを弾く。ギター自体は古そうだが、丁寧にメンテンナンスされているのが両手越しに伝わってくる。


「痛て……」


 左指に鋭い痛みを感じ、優太は自分の指を見た。そこで、この体が奏恵のものだったことを思い出す。指先にくっきりと弦をおさえた痕がついていた。あまり長く弾くことはできなさそうだった。


 優太は再びギターを弾きはじめた。CANARIAで次に出す予定だったアルバム「ARMS」の楽曲。手の感覚が違うので少し苦戦したがすぐに慣れ、いよいよギターソロの部分に入るところに差し掛かった。

 そこで優太は、そのセクションに入れたかったフレーズを弾きはじめた。個人的には会心のフレーズだったが、次に待っているメロディの印象が薄れてしまうくらい"良すぎる"フレーズになってしまい、結局入れることはなかった。CANARIAに求められているのは、あくまでも暁人のボーカルであり、その声から紡がれるメロディだった。


 優太はフレーズを弾き終わると、そのまま演奏をやめた。多くの人に受け入れられるため、自分がいいと思うものを捨てた、優太にとって直近の苦い記憶だった。


「あれ、もうやめちゃうの?」


 千春の残念そうな声と一緒に、奥で見ていた三人組の主婦たちがパチパチと拍手をしていた。


「うん、ちょっとだけしか弾けないから」


 優太は三人組の主婦たちに向けて会釈をしながら席に戻った。


「本当にちょっとだけかな?」

 いつの間にかバーカウンターに戻っていた店長がテーブルにやってきた。

「こちら、デザートです」

「わぁ! かわいい」


 千春の前にデザートが置かれたあと、優太の前にも同じようにデザートが運ばれる。


「ん? これは……」

 デザートと一緒に、優太の目の前にはチラシが置かれた。

「DTM布教キャンペーン?」

 優太はチラシに大きく書かれていた文字をそのまま読んだ。その様子を見た店長がすかさず話しはじめる。

「今さ、知り合いの楽器屋がコンペやってるんだよ」

「コンペ……」


 優太はチラシ手に取ってを読んだ。どうやら、DTM関連の機材販促のためのキャンペーンらしい。


「は? 賞金五万円?」

 コンペタイトルの下に書かれていた賞金を見て、優太は自分の目を疑った。

「ごまん! ふごいね」千春は口に手を当てて驚いた。すでにケーキを頬張っているらしい。

「結構大きいお店なんですか?」優太は驚きを隠せず店長に尋ねる。

「いいや、この商店街にある個人店だよ」

「個人店でこの賞金は、かなり気合入ってますね」


 店長は一瞬迷った様子を見せ、訝し気な表情になった。


「お嬢さん、結構詳しいね」

「あ」優太はとっさに言い訳を考えた。「親戚に音楽やってる人がいて、いろいろ話を聞いたことあって、それで」

「なるほど」


 店長が腕を組んで何かを考えようとしたとき、「いらっしゃいませ」というウェイトレスの声が聞こえた。優太は店長の視線を追う。すると、優太たちと同じように大荷物を持った女性二人が入ってきた。


「まぁ、もし興味があるなら応募してみなよ。そんなに応募きてないみたいだから、狙い目かも」

 店長はそう言い残し、カウンターに戻っていった。


「すごい! なーちゃん、やってみたらどう?」

「そ、そうだね。機会があれば、ね」


 輝く千春のまなざしに耐えられず、優太は目をそらした。


『ちゃんと断ってよ』

 奏恵の不機嫌そうな声が聞こえる。

「えっと、でも、曲は作ったことないから、今回はパスしておくよ」

「そっかぁ」千春は残念そうに肩を落とした。


 優太は視線を落とし、もう一度チラシを見た。事務所に所属していたとき、マネージャーの伝手で作曲コンペをしていたときのことを思い出す。結局、作ったとしても採用されなければタダ働き、というコンペの厳しさを味わっただけですぐに切り上げたが、せっかくのチャンスを自ら捨ててしまったという後悔もあった。


 しかし、奏恵から断ってくれと言われたことで、優太は再び自分の置かれた状況を思い知らされた。今の自分は、作曲もしていなければ演奏すらしたことのない女の子。もうこの先、自分は音楽を作ることはないのだろう。

 受け入れがたい事実に胸を痛めていると、千春が美味しそうにケーキを食べている姿が目に留まった。


「ねぇなーちゃん! これすっごいおいひいよ!」


 優太は自然にできるようになった笑顔で返事をして、甘すぎるケーキを頬張った。

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