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 優太が乗ってから四つ目のバス停で、乗車客はほとんど降りてしまった。


 そんな閑散としている車内の一番後ろの席で、優太は一人うなだれていた。


『ご、ごめんって』奏恵は何度目かの謝罪をした。

「いや、事実だし……。気にしてないし」

『めっちゃ落ち込んでるじゃん』

「落ち込んでないし……」


 優太のため息を聞き、奏恵も同じようにため息をついた。


『落ち込んでないならさ、さっきの話の続きしようよ』

「俺がおっさんかって話?」

『んなわけあるか』奏恵はするどく言い放つ。『状況の整理。まだ途中だったでしょ?』


 奏恵に叩かれる情景が容易に想像でき、優太は気を引き締めるためにのそのそと姿勢を正した。


『とりあえず、もうちょっと優太について知っておきたいかな』

「俺について?」

『うん』奏恵は短く相槌をうつ。


「じゃあ、改めていうけど……。俺は一ノ瀬優太。一応、バンドやってて、ただ、食えてる訳じゃないけど、まぁ、音楽はやってる」

『へえ、バンドマンなんだ!』優太が思っているより、奏恵の食いつきは良かった。

「それで、多分だけど……。新曲の確認をするためにスタジオに向かって、その途中で車に轢かれた」

『え、轢かれた?』

「夢かもしれないけど……。でも、多分そう。そこで、死んでるかもしれない」


 優太は口にしてみて、自分の置かれている状況があまりにも特殊だと再認識した。


『そっか』


 そう言って、奏恵は静かになった。優太は見知らぬ土地で一人きりになってしまったような感覚を覚え、不安になる。


『ということは、さ……優太が事故で死んじゃって、魂が私に乗り移ったってこと?』

「いや、漫画じゃあるまいし」

『実際に起きてることでしょ? 現実を受け止めなきゃ』


 そう言われても、優太は受け入れることができなかった。もしかすると、奏恵と話している今も夢の中にいるのではないか、とすら思っていた。


「奏恵ちゃんは、なんでそんなに受け入れてるの?」


 優太は素直な疑問を口にした。奏恵はふふんと笑う。


『だって、漫画みたいでワクワクしない?』


 奏恵の嬉しそうな声を聞いて、優太はふと思う。大人になった今では、この姿でいるリスクや解決方法で頭がいっぱいになってしまうが、自分も学生のときであれば奏恵と同じようにワクワクしていたかもしれない。


「羨ましい」

『なにそれ。優太はワクワクしないの?』

「しないよ」

『どうして?』

「どうしてって……。事故にあったと思ったらかわいい女の子になってて」

『それの何がいけないの?』

「まぁ、それは、確かに」


 奏恵のあっけらかんとした態度に、優太は納得しかける。


「いや、でもさ、いつまでこのままかも分からないし……。それに、もし俺がこのままバスから飛び降りたらとか考えたら、怖くなったり、不安になったりしない?」

『え、そんなことしようと思ってるの?』

「いや、あくまで例え話だけど……」


 優太は口にしてから配慮にかけていたことに気が付く。


「ごめん。えっと、そういうことじゃなくて、俺が奏恵ちゃんの体でなにするか分からないし、そういう不安はないの? ってこと」

『それはまぁ、大丈夫じゃない?』

「どうして?」

『そんなことを聞く時点で、優太がそういう人じゃないっていうのが分かるもん』


 優太は褒められているのか舐められてるのか判断できず、なにも答えられなかった。


『というか、私がしたいのはそんな話じゃないの』


 奏恵は脱線しかけた議題を元に戻した。


『とりあえず、優太の魂が私の体に入ったっていう前提で話を進めていい?』

「でも……」優太は軽く首を振った。「いや、確かに話が進まないね。分かった」

『よし。まずは、私の声は優太にしか聞こえてないみたいね。ただ、私の体が見聞きしてるものは私も認識できるから、意識というか……感覚? それは共有してるっぽい』


「なるほど。じゃあ、基本的に僕が見たものじゃないと、奏恵ちゃんも見られないってこと?」

『だと思う。ただ、視界の中だったら優太が気付いてないことも分かるかも』


「なるほど……。見てないけど視界には入ってる、みたいな感じかな」

『優太、そういうの得意そう』

「どういう意味で言ってるのかは聞かないようにしておくけど……。あとは、奏恵ちゃんからはこの体を動かせないっぽいってところかな?」

『かなり厄介だけど、そうみたい』奏恵はため息をついた。『それができれば私も楽なんだけどねー』


 優太は心の中で同意しつつ、お互いの意識がバッティングして動きが制御できなくなるよりかはマシだと考えていた。


『どうしたの? 黙っちゃって』

「あ、いや。なんでも」

『そう。じゃあ今のところ分かってることはこれくらいかな』


 どうやら奏恵は、優太が今考えていたことは認識していないらしい。話の流れでそのことを追加しようと思ったが、奏恵はすぐ次の話題に移ってしまった。


『となると、優太に私を演じて貰わないといけないわけだけど……』

「でも多分、無理だよ」優太はバスの窓に映る奏恵の姿を見た。「俺は奏恵ちゃんじゃないし……」

『大丈夫。私の言うとおりにしてればいいから』


 優太は思わず大きなため息がでた。


「そういえば、約束してる子って、どんな子なの?」

『そっか。ちーちゃん……えっと、本名は千春で、私はあだ名でちーちゃんって呼んでる』

「初対面の女の子にあだ名か……」優太は自分の腹部をさすった。

『当たり前でしょ。親友なんだから』

「親友、ならまぁ、そっか」


 ふと、優太の頭に暁人が思い浮かんだ。優太にとって、自分の音楽人生を掛けられるほどの才能をもった唯一の親友だった。


「あいつ、どうしてるかな……」

『え、あいつって?』奏恵は驚いた様子で尋ねる。

「ああ、ごめん。親友って聞いて、バンドメンバーのこと思い出して」

『その人が優太の親友なの?』

「まぁ、そんなところ」


『ふぅん』奏恵は興味があるのかないのか、曖昧な返事をする。

「ごめんごめん。で、千春ちゃんだっけ?」

『うん。まぁでも、ちーちゃんに関してはそんなに……』


 奏恵はそう言いかけたところで話すのを止めてしまった。


「どしたの?」

『見えてきたよ、優太』

「見えてって……。ここって、まさか」

『ショッピングモール』

「あのさ、今更だけど」


 優太は勢いに任せてここまで来てしまったことを後悔し始めていた。


「どうしても外せない用事って……ここ?」


『そ』


 奏恵は自信ありげに答えた。


『今日は、ブランド品のバーゲンセールなの』

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