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『ほんっと最悪!』


 家を出るころには、奏恵はすっかり不機嫌になっていた。


「ごめんって、本当」


 優太はもう何度目かも分からない謝罪をした。あのあとすぐに朝食を済ませ、顔を洗い、身支度を整えた。問題はこの身支度で、化粧に一切触れてこなかった優太は、奏恵から丁寧に説明をされても言われた通りの化粧ができなかった。


 奏恵は悩んだ様子を見せたのち、『やっぱり化粧しないで外行くのは嫌』と、優太でもできる簡単かつ最低限の化粧をして出かけることにした。


『ねぇ、鏡見て』


 奏恵はバス停前で呼吸を荒くしている優太に遠慮無く命令する。優太は何も言わずバッグから手鏡をとりだした。走ったせいで険しい表情をしていたものの、精悍な顔立ちなのは変わらなかった。


『あご。下地クリーム残ってる』


 優太はなにも言わず化粧の塗りムラをなくしていく。整っている顔なのにわざわざ化粧をする必要があるのかと疑問に思ったが、心にとどめておいた。


『一応服もみて』

 優太は言われるがまま、手鏡の角度を変えて首周りを見た。

『やっぱ、下着ずれてない? 首元からちょっとだけ肩紐見えてる』


 優太は咳払いをしながら手鏡をバッグにしまった。化粧よりもなによりも、優太が一番気を使ったのは着替えだった。しかし、当の奏恵はあまり気にしていない様子で、それがより一層優太を動揺させていた。結局、着替えは優太的折衷案で薄目を開けて済ませた。


『ねぇ』

 奏恵は口元が上がっているような、意地悪そうな声色で言った。


「なに?」優太はバス停に並んでる人たちに聞こえないよう、小声で答える。

『優太って女の子と付き合ったことないの?』

「あっ、あるわ!」


 周りの目が一斉に集まったことに気が付き、優太はすぐに全方位へ頭をさげる。頭の中に奏恵の笑い声が響いた。


 優太が頭を下げているあいだに目的地を経由するバスが到着する。ほっと胸をなでおろしてバスに乗車しようとしたとき、笑っていた奏恵がふとつぶやいた。


『そういえばさ』

「なに?」優太は前払いのバス料金を払う音に紛れて返事をする。

『優太って、高校生?』

「いや」優太は首をふった。「今年三十四だけど……」


 奏恵は「え」に濁音をつけたような声で驚いた。


『おっさんじゃん!』

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