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暁人が指定したスタジオは先ほどまで優太がいた場所、つまり優太の仕事先だった。優太の自宅から徒歩五分圏内で、CANARIAのバンド練習もいつもそこで行っていた。
優太はふらふらとした足取りで、ついさっき歩いた商店街を抜けていく。すると、帰りに挨拶をした惣菜屋のオーナーが嬉しそうに優太に話しかけてきた。
「なんだ優太くん、忘れ物?」
「あ、いえ、別の用事で……」
「忙しいねぇ。ほら、これ持っていきな」
オーナーは揚げたてのコロッケが入った包みを差し出した。今の体調では到底食べられないと思いつつ、優太は勢いに負けて受け取った。どういうわけか、優太は年配の人たちにえらく気に入られている。そのほとんどが示しを合わせたように「孫に似ている」というところをみると、実際に同年代の孫がいるのだろう。
優太は包みの礼して足早に立ち去ろうとする。すると今度は、開店準備をしている隣の店のスタッフに呼び止められた。
「優太くん、靴」
「あ、おはようございます」
優太は挨拶をしながら足元を見た。右足の靴紐がほどけている。
「ああ。あとで結んでおきます」
「転んでも知らないよ」
「大丈夫ですよ」
優太は手をひらひらと振って歩きだした。そのまま商店街を抜けきり広めの車道にでる。ここの横断歩道は歩行者があまり通らず、警察もパトロールしない穴場なため、赤信号ギリギリでも無理やり通過する車が多かった。
はやる気持ちを赤信号に阻まれながら、優太は信号をじっと待った。目の前に目的地のスタジオがあるのに入れないもどかしさを感じつつ、自然と先ほどの残業について頭を巡らせた。
ここのところずっと、アルバムの詰め作業や発売のための事務処理でろくに寝ていなかった。そんな中の夜勤、からの残業は流石に堪えた。しかもタイムカードを切ったあとに新人のミスが発覚し、それから一時間以上対応に追われてしまった。入れ替わりで入ってきた店長の態度をみると、残業代がでるかも怪しかった。
優太は大きくため息をつく。
歩行者用信号が青に変わり、優太はほとんどルーチンと化した左右確認をして一歩足を出した。
そこで、一度見た左側の映像が脳裏をよぎる。
一台の車。どう考えてもこの横断歩道の前で止まれる速度ではなかった。向こう側の車線だったが、優太は思わず身を引いた。
そのとき、向こう側から横断歩道を渡ろうとしている年配の女性が目に留まった。
「危ない!」
考える間もなく優太は走りだしていた。
「へっくしょん」
年配の女性は大きなくしゃみをして後ろによろけた。
「えっ?」
横断歩道の途中で足がもつれる。足元を見ると、ほどけた靴紐を踏んでいる自分の左足が見え、そのまま前のめりに倒れた。手に持っていた包み紙が歩道に飛んでいく。
「お兄さん! なにやってんの!」
クラクションの音が聞こえる。
――俺、このバンド辞めようと思うんだ。
ついさっき、洗面台で聞いた自分の声が頭の中にこだました。




