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夕食と風呂をすませたあとも、優太は変わらずパソコンと向き合っていた。
奏恵は集中しきっている優太を邪魔しないよう、自分の体の中から優太の様子を伺っていた。
締め切りを伝えてからの三日間で、奏恵が優太に感じていた印象はガラリと変わっていた。
頼りがいがなくて、流されやすい。ただ、根は優しくて真面目だということが会話の節々から伝わってくる。ただ、今こうして音楽に対してのめり込む様子は別人のようで、ある意味ではとりつかれているようにも見えた。
優太は何十回も同じフレーズを聞き返し、ギターやボーカルの音量を直している。その違いはもう奏恵には分からないが、ある瞬間になると、優太は頷き、次のセクションに移る。
そんな優太の様子は、奏恵に幼少期のころのピアノコンクールを思い起こさせさた。
嫌々やっていたピアノだったが、奏恵の器用さも相まってそれなりの成績を残していた。しかし、中途半端な上手さのせいで、子供の演奏というフィルターが掛かっていない、容赦無い評価を与えられることも多かった。
――君の解釈が見えてこないんだよねぇ。
それは、コンクールに出るたびに言われる言葉で、奏恵には一番の壁とも言える欠点だった。
自己表現はしたい、しかしどうすればいいのか分からない。そんな中、才能を持った周りの人間たちはいともたやすくそれをやってのけてしまう。
奏恵にとって、自分を表現することは天才たちにだけ許されるものだった。
しかし、今の優太を見ていると、自分の考えていたことが間違っていたのではないかと揺らいでしまう。決して、優太に才能がないと言っている訳ではない。きっと、才能の有無ではなく、表現することに努力を惜しまない人間だからこそ、許されることなのではないだろうか。と、思いはじめていた。
「うーん……」
優太の唸る声を聞き、奏恵は意識を目の前のモニターに向ける。
『どうしたの?』
「いや、Aメロの二回し目のハモリ、録音してみたはいいけど邪魔かもなって思って……」
そう言って優太はAメロ部分を再生した。
『なるほど。私は、そうね……。ちょっとAメロの中でも雰囲気が変わるところだから、重なってきた方がより変わった感がでて好きだけだど』
「了解。じゃあ残しておこう」
そう言って、優太は作業に没頭していった。
優太に悟られないよう努めていたが、本当のところ、奏恵はこの曲を応募するかどうかずっと悩んでいた。だからこそ、締め切りを伝えるのがギリギリになってしまった。優太に理由を聞かれたときも、内心とても焦っていた。
優太にコンペの曲を聞いてもらったのも、自信がなくて、褒めてもらえたら応募する気になるかもという下心から提案したことだった。それがまさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。
――奏恵ちゃんの曲をたくさんの人に聞いてもらえれば、俺たち、もっと変われる気がするんだ。
あの日、保健室で優太から言われた言葉を思い出す。奏恵にとって、これ以上背中を押される言葉はなかった。
自分が作った曲をたくさんの人に聞いてもらう。きっと、一人ではできなかった。奏恵は優太に聞こえないくらいの小さなため息をつく。自分もまた、頼りがいがなくて、流されやすい人間だと思った。
「よし! 奏恵ちゃんできたよ!」
優太は奏恵の肩を叩くように、ヘッドホンを小突いた。
『お疲れ様』奏恵は思っていたことをそのまま優太に伝える。
「え、なんか元気なくない?」
『そう?』
「うん、なんかもっと、やったー的な言葉が返ってくるかと思ったんだけど」
確かに、今までの自分だったらそんな風に喜んだかもしれないと奏恵は思った。
『なんだろう。嬉しい気持ちよりも、今は完成してよかったって気持ちと、あと……』
「あと?」
『ありがとうって気持ち。優太に』
優太は大きく息を吸ったあと、足をパタパタと揺らした。
『なに? 照れてるの』奏恵は笑った。
「奏恵ちゃんに言われると、なんか痒い」
『なにそれ』
奏恵の反応に、今度は優太が笑った。
「俺も、奏恵ちゃんには感謝してる。千春ちゃんとかは心配してくれてたけど、久々に曲作ってて楽しいって気持ちになって、止まらなかった」
『うん。それはなんか、伝わってきた』
優太はDAWから音源を書き出し、改めてその音源を再生した。
『おー。こう聴いてみると。最初のデモとは全然違うね。すごい、なんて言うか、CDで聞いてる曲みたい』
「あはは。ありがとう。その反応欲しかった」
優太はチラシから楽器屋のサイトを検索し、応募フォームがあるページを開いた。
「あ。そっか。住所とか色々入力しないといけないのか」
そう言いながら、優太はパソコンで時計を確認した。
「え!」
『わ、びっくりした! どしたの? 大声出し――』
時計の時間を見て、奏恵も同じように驚愕した。
時刻は二十二時五十分。締め切りまであと十分を切っていた。
「やばい! もうこんな時間か!」
『ちょっと優太! なんでもっと早く完成させなかったの?』
「しょうがないだろ! 納得いかなかったんだから」
そこで優太と奏恵は、言い返したい言葉を全て飲み込んだ。今は時間が惜しい。
『と、とりあえず住所言ってくから埋めて! 名前は、一ノ瀬奏恵で、ほら、早く打って!』
「は、はい!」
優太と奏恵はお互いに叫び合いながら応募フォームに入力していった。
「使用機材? そんなのも打たなきゃいけないのかよ!」
『もう適当でいいよそんなの!』
「そうはいかないだろ! 審査対象になるかもしれないし」
『あ~! こんなところで真面目発動させないでよ』
「今書いてるから黙ってて!」優太はスペルミスがないように使用機材を検索し、正式名称をコピーアンドペーストしていった。
そんな様子を見ていた奏恵はもどかしそうに、最後まで埋まっていなかった項目を口にした。
『それでえっと、楽曲のタイトルはDTMを、じゃなくて……』
「DAWを立ち上げろ!」
そして二十二時五十九分、優太はすべての項目を書ききり、〝応募する〟のボタンをクリックした。




