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翌日、コンペ締切日。優太は携帯電話のアラームの音で目を覚ました。外はまだ薄暗く、日は出ていなかった。
優太は大きなあくびをして、すぐにパソコンの電源をつける。
『おはよう』奏恵は小さな声で挨拶をする。
「うん。おはよう」
優太はそのまま奏恵の部屋をでて、忍び足でリビングに向かった。
『本当にこんな時間に起きて作業できるの?』
奏恵はケトルでお湯を沸かしている優太に尋ねる。
「もちろん」優太は声を潜めて話した。「むしろ、寝起きが一番耳が疲れてないから、フラットに作業できる」
『ふぅん』
「それに、時間もないからね。学校にいくまでにほぼ終わらせて、帰ったあとは微調整に費やしたい」
『微調整って言っても……帰ってから締め切りまで結構時間あると思うけど』
「朝に調整できてたとしても、学校から帰ってくるまでに半日経ってるからね。それだけ時間が経ってると、耳の感覚が変わって大幅にバランス調整したいってなることが多いんだ」
『なんか……』奏恵はため息をついた。『音楽って大変かも』
「あはは」優太は機嫌が良さそうに笑った。「奏恵ちゃんもDTMやってると自然とそうなるよ」
『そうかなぁ……。私は途中で投げちゃいそう』
「まぁ、今やってるのは制作というよりもエンジニアっぽい作業だから、好き嫌いは別れるかもだけど……。でも、楽曲がどんどん自分の理想に近づいていく過程を間近に聞いていられるから、最高に楽しいよ」
『うーん、そう言われるとちょっと魅力的に感じるけど』
「奏恵ちゃんも絶対凝り性だから、俺と同じ道をたどると思う」優太は奏恵にインスタントコーヒーがある場所を聞き、手慣れた手つきでコーヒーをいれた。「将来が楽しみだよ」
『そう言われても、ピンとこないけど……』
優太はコーヒーを持って奏恵の部屋に戻った。DAWを立ち上げて、再度コンペ楽曲のプロジェクトを立ち上げる。
『今、アレンジと歌も録り終わって、ボーカルの調整も済んだでしょ? あとは何をするの?』
「本格的に、ミックス作業をする」
『あれ? 昨日やってなかった?』
「昨日のは仮ミックス。最低限の調整だけだから」
『えー、あれで終わりじゃないんだ』
「うん。やったのは音量調整だけで、あとはイコライザーで音域を整理していく」
『また難しそうなことを』
奏恵の声色から、優太は奏恵の苦々しい表情を想像した。
「まぁ、ここからは専門的なことだからね。最後に聴いてみて、気になるところがあったら言ってよ」
『了解』
それから優太は奏恵と一言も言葉を交わさずミックスの作業を進めていった。集中すると時間はあっという間に過ぎていき、一息着く頃には家族の生活音が聞こえる時間帯になっていた。
「ふぅ、一旦はこんなもんかな」
『もう、私には違いが分からないけど』
「ここまでくると、もう印象の差かな」優太は大きく深呼吸をした。「でもだからこそ、それが結果を左右する」
『あとは学校から帰ってきて、どう聞こえるかって感じ?』
「うん。完成はそれを聞いてからだね」
優太は眠たそうに目をこすった。
『今日くらい休めば? 今から寝ても放課後の時間には起きられるんじゃない?』
「いや、火曜日はノリというか、本当に居ても立ってもいられなかったから早退しちゃったけど、やっぱり学校は行くべきだよ」
『でた。クソ真面目優太くん』
「口悪いな……。健全な創作は健全な生活からって言うでしょ」
『連日ほとんど寝てないところを栄養ドリンクで誤魔化してしかもまた三時間睡眠で早朝に起きるのが健全な生活?』
「さて、支度するか……」
『わ! 誤魔化した! 誤魔化しおっさん!』
優太は奏恵の罵倒に心を痛めつつ、すっかり違和感がなくなりつつある登校の準備を始めた。




