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 優太は閉じかけた瞼を慌てて開けた。時刻は十八時。

 あのあと優太は、奏恵から侑子との約束についてさんざん文句を言われながら帰宅し、家族が居ない隙にと急いで仮歌録りを終えたところだった。奏恵の話によると、もうすぐ弟が塾から帰ってくるらしい。


『ねぇ、優太。一回寝たほうがいいんじゃない?』


 うつらうつらしている優太を見かねた奏恵がため息混じりに言った。


「いや、ごめん。大丈夫だよ。あと少しだから」

『でも、締め切りは明日の夜だし……。歌録りも終わったんだしさ、一回休んだ方が良いと思うけど』

「いや、これからボーカルを調整して、オケと馴染ませる作業があるから」

『そんなのすぐに終わりそうじゃん』

「そんなことないよ」優太は付けていたヘッドホンを外し、首をゆっくりと回した。「正直、こっからが正念場って感じ」


『正念場、ねぇ』奏恵は一瞬言い淀んだが、すぐに意を決した様子で口を開いた。『私が、その、締め切りギリギリで作ってたのは申し訳ないけど……。でも、流石に無理し過ぎな気がする』

「いやいや、本当に大丈夫だから」優太は帰りがけに買ってきたエナジードリンクを開けた。「これであと二時間はいける」

『あのね、栄養ドリンクは元気の前借り……』

「知ってる知ってる。こちとら分かって飲んでるから」優太はエナジードリンクを一口飲む。「これとコーヒーがあればもう少しいけるんだけど」

『一応、私の体なんですけど』


 もう一口飲もうとしている優太の動きが止まった。


「あ。そっか。ごめん……」

『いつもこんなことしてるの?』

「うん、まぁ……。事務所の伝手でコンペやってたときとか、あとはバンドの曲の詰め作業をしてるときは大体こんな感じだったかな」

『でもコンペって通らなかったらそれで終わりでしょ? バンドだって結局録音はバンドの人がやるだろうし……。そこまで無理しなくてもいいんじゃない?』

「それはそうだけど、でもやっぱり、作るからには最低限のクオリティで聴かせたいから」


 優太はもう一度ヘッドホンをつけた。


「誰かに聴かせるときに予防線を張ったり、言い訳をしたくないんだ」


 奏恵は優太がトラックを再生するのを見て、続けようとしていた言葉を飲み込んだ。しかし、すぐに別の言葉が口をついて出てしまう。


『ねぇ、優太。やっぱりこのボーカルトラック微妙じゃない?』


 優太は流していた曲を止める。


「いいんだよ。ここは……その、俺じゃ逆立ちしても煮詰められないところだし」

『だけど音程外しすぎじゃない? 優太の家で聞いた仮歌もそうだったけど……もしかして優太って、音痴?』

「う、うるさいな。ボーカルは苦手なの。もともと音感がそんなにあるわけじゃないし……」

『私が歌った方が百倍上手い』奏恵は心底落胆した様子で言った。『私の声でこんな下手な歌を聞くことになるとは思っても見なかった』

「俺だって奏恵ちゃんに歌ってほしいよ……」


 優太は手慣れた手つきでDAWとは別のソフトを起動する。


『これはなに?』空かさず奏恵が尋ねる。

「メロダイン。ボーカルのピッチとかタイミングを修正するソフトだよ」優太はいつもの癖で、ソフトが起動する間にエナジードリンクを飲もうと口をつける。

『あ、メロダインね! 歌ってみたの暴露動画で見たことある!』

「ぶふっ」


 優太は口に含んだエナジードリンクを吹き出した。


「賛否両論あるだろうけど」優太は咳き込みながらティッシュで机を拭いた。「ソフト自体は本当に優秀だよ。ちょっと音程外れたくらいだったら直せるから、今回はこれを使う」

『えー。私は納得いくまで録りたいけど』

「俺もそっち派だけど、こればっかりはもう録る時間がないから、これでなんとかする」

『さっきは言い訳したくないって言ってたのに……』奏恵は不満そうにつぶやいた。

「それはそれ、これはこれ」


 優太は自分の中途半端さを改めて自覚しつつ楽曲を再生し、自分が歌った歌声に向き合った。

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