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 ギターを奏恵の父親の部屋に返したあと、優太は改めて奏恵に楽曲のアレンジについて説明していった。


「具体的に言うと、ストリングスとシンセ周り、あとは……」

『ピアノ?』


「うん……。奏恵ちゃんのピアノ上手いからちょっと悩むけど」


『でも、優太が入れたギターと一緒に聞いてみると、ピアノが却って邪魔になってるのは分かる』

「それは一応、ピアノがやってることをギターでカバーしてるからかな」

『なるほど……。もしかして、ピアノとギターって相性悪いの?』

「いや、単純に音の高さというか……音域か。それが被らないようにすれば問題はないんだけど」


優太はもう一度、最初から楽曲を流した。


「奏恵ちゃんのアレンジも悪くないんだけど、でも、バンドアレンジの方がより映える気がするんだ。グルーブやメロディは強弱強めで、ロック寄りのポップスって感じだし。多分、奏恵ちゃんはこっちの方向性の曲が好きなんだけど、持っている技術がクラシック寄りだから、あのアレンジになってる気がするんだよね」


『ふーん』奏恵はため息混じりに唸った。『優太はこうやってメンバーを懐柔しているんだね』


「え、どういうこと?」

『まぁいいや。優太の言いたいことは分かったけど……』


「本当に?」優太は驚いた。「意見が割れるかと思ったんだけど……」


『アレンジの話、クラシックの技術でやろうとしてるっていうのはその通り』奏恵は観念したような声色になった。『昨日の夜は、ムキになって私のやりたいことを詰めたって言ったけど、本当はバンドアレンジでやろうと思って、挫折したの』


「そうだったんだ」優太はどんな表情をしていいか分からず、頬を掻いた。「でも、今回はアップテンポだからバンドアレンジの方がいいってだけで、バラードとか、クラシック的なアプローチが活きる曲なら、奏恵ちゃんの技術でも良い物ができると思うよ」


『そ』奏恵は短く返事をした。『フォローありがとう』


「フォローじゃないよ。本当にそう思ってる。ストリングスとかの音質は良い音源ソフト買わなきゃって感じだけど」


 奏恵は何も言わなかった。優太も嘘はついていないが、これ以上褒めても逆効果になりそうな予感がしたため、話を戻すことにした。


「じゃあ、改めてギターアレンジで詰めていきたいんだけど、いいかな?」

『うん。それは、いいと思うんだけど……』


 奏恵は言い淀んでいる様子だった。


 優太はついさっきも奏恵が、『言いたいことは分かったけど……』と、何か言いたげだったことを思い出す。


「なにか気になることある? あるなら、詰める前に話しておいてもらった方が助かるけど」


『そうだね。ただ、曲というより、その、締め切りが……』


「へ? 締め切り?」


 優太は顔から血の気が引いていくのを感じる。


『そう。締め切りなんだけど、今週の金曜二十三時なの。今火曜だから、今日入れなかったらあと三日』


「み、三日ぁ?」優太は慌てて机からチラシを確認する。締め切りは奏恵の言っている通りの日時だった。「なんでこんな、ギリギリじゃないか」


『だって、もともと私的には歌詞書いて歌録りして終了だったから……。まさかアレンジまでやり直すことになるとは思ってなかったんだもん』

「なるほど……。俺が奏恵ちゃんの体に入ってなければ間に合う……スケジュールか? それでも結構ギリギリだけど」


『それは……』奏恵は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに話を続ける。『それよりも、どうする? 間に合わなそうなら私のアレンジでもいいけど』


「いや、これはバンドアレンジでいきたい」


 優太ははっきりと言い切った。


「奏恵ちゃんと俺の曲をたくさんの人に聴かせるんだ。できるかぎりベストな状態で出さなくちゃ」

『でも、間に合うの?』


「間に合わせる」優太はパソコンのカレンダーを開いて今日の日付を指差した。「とりあえずドラム、ベース、ギターは揃ってる。シンセは奏恵ちゃんのやつを一部使えば今日中にオケは完成する」


『うんうん、それで?』

「それで……あれ? ちょっと待って」優太はゆっくりと両手で頭を抱えた。「さっき奏恵ちゃん、歌詞を書いて歌録りして終了、って言った?」

『うん、言ったけど……』


「歌詞、ないの?」


『えっと、うん』奏恵は気まずそうに言った。『作詞したことなかったから、後回しにしてた』


「歌録りの前に、歌詞か」優太は頭を抱えたまま机に突っ伏した。

『やっぱり、間に合わないかな……』

「いや」優太は反射的に否定する。意地になっていると自分でも分かっていたが、それでも諦めることはできなかった。「大丈夫。これ、俺の好きに書いちゃってもいい?」


『大丈夫』

「了解」優太はパソコンのメモ帳を開いた。「とにかく、この曲を聴いて感じたインスピレーションを書き出していこう」

『なるほど、そうやって歌詞って書くんだ』

「これは本当に奥の手。コンペやってたときに本当に時間がないときはこうやってた」


 優太は頭に浮かんだ言葉を片っ端から書き始めようと、キーボードに手を置いた。少しの時間を空けて、優太は指が動くままにメモ帳に言葉を打ち込んだ。


『カナリア……?』


 奏恵の声を聞いて、優太は我に返る。

 ただ単に、指が覚えていただけかもしれない。奏恵の曲を聞いて、この言葉が出るはずがない。でも、確かに優太の頭にはこの言葉が浮かんだ。


「俺の……バンド名」


『え、そうなの?』

「どうして、カナリアなんて打ったんだ?」

『それ、私のセリフなんだけど……』奏恵も困惑している様子だった。

「確かに、そうだね。ごめん」


 優太はキーボードを打ってカナリアという文字を消した。


『なんで消しちゃうの?』

「いやだって、この曲に関係ないし」


 奏恵は優太の様子を見て、もう一度尋ねた。


『本当に、関係ないのかな』


 奏恵の言葉が優太の頭の中にこだまする。考えている優太を尻目に、奏恵は続ける。


『関係ないなら、そもそも浮かばない気がする。分からないけど、思いついたのなら、そのインスピレーションを大事にしたほうがいいと思うな』

「……まぁ、そうかもしれないけど」優太は思わず納得してしまった。

『さっき、優太言ったじゃん。俺の好きに書いていいって』

「それは、まぁ……」


 優太は再びメモ帳にカナリアと打ち込んだ。


「好きに書く、か」


 インスピレーションに乗せて、自分が今思っていることを書いてみてもいいかもしれない。いつの間にか忘れていた、懐かしさすら覚える感覚。


「なんか、すぐに書けそうな気がしてきた」

『おお! いいじゃん!』奏恵は嬉しそうに言った。『これなら間に合うかもね』

「うん。今日中に歌詞まで書いちゃおう」


 そう言って優太は鼻歌でメロディを口ずさみながら、それに載せたい歌詞を書いていった。


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