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奏恵に案内され、優太は奏恵の父親の部屋のドアを開けた。
「う、煙草くさいな……」
『優太は煙草吸わないんだ?』
「いや、吸うけど……。多分、体が奏恵ちゃんだからかも」
『なるほど』
「早くギター借りてして出よう。めまいしてきた」
部屋を見たかぎり楽器らしきものは見当たらなかった。優太は奏恵の指示通り、クローゼットを片っ端から物色していく。
『あ。あれじゃない』
奏恵は優太の視界から目ざとくギターケースを見つけ出した。
「あれか。よく見つけたね」
優太はクローゼットの奥にあったギターケースを慎重に運びだす。
「一応、使える状態か見ておこう」
そう言って、優太はギターケースを開けた。
「リッケンバッカーだ」
『え、なにそれ』
「しかも黒。もしかしてお父さん、ロック好き?」
『いや、そんなことないと思うけど』奏恵は吐き捨てるように言った。『バンドなんて下品なもの聞くなって言われてたから』
「なにそれ」
『知らない。だから音楽やりたいって言ったとき、クラシックを延々とやらされた』
「ああ……。習い事で?」
『うん。そのせいでクラシックは大っ嫌い』
「それもそれで極端だけど……」優太はその場に胡座をかいて、大きめのリッケンバッカーを抱えた。「とりあえず、ギターの状態を確認をしよう」
『……どう?』
指で適当に弾いている優太に奏恵が尋ねる。曖昧な返事をした優太は、しばらく弾いたあと舌打ちをした。
「クソみたいなコンディションだ。お父さんはロック好きじゃないね」
『あはは! 私もそう思う!』
優太の言い方がツボに入ったのか、奏恵はしばらく笑っていた。その間に優太は換えの弦とメンテナンス用の器具をクローゼットから取りだした。
「基本的なものは揃ってるみたいだね。後は接続不良さえなければ大丈夫かな」
優太は一式をギターケースに詰めて奏恵の部屋に戻った。
「ギター自体はいいやつだから、お父さんも音楽好きなのかと思ったけど……」優太は話しながらギターのセッティングをしていく。「多分、買ってしばらく使って、やめちゃったっぽいね」
『へぇ、そういうのって分かるもんなの?』
「うん。ギターの傷的にね。ほら、右手でジャカジャカ弾くところはピックが触れて傷つきやすいんだよ」
優太は奏恵に見えるようにギターのボディを見た。
『あ。本当だ。じゃあ、ちょっとは弾けるんだね』
「って言ってもしばらく弾いてなさそうだから、もう弾けないかもしれないけどね」
『ふぅん』奏恵は興味がなさそうに相槌を打つ。『ま、どっちでもいいけど』
「確かに……。さ、準備完了だ」
優太は椅子に座り、改めてDAWの画面を見た。
「よし。さくっと必要な部分録っちゃおう」
そこから優太は手際よくギターを録音していった。
『すごい、コード教えてないのに分かるんだ』
「まぁ、ベースがルート音を弾いてるからね。後はだいたいダイアトニックかセブンスで音を積んでいけば大丈夫っぽい。ただあれか、ピアニストだからかな? 結構テンションノートが入ってるからそこはピアノのスコア見ればなんとかって感じ」
『日本語喋ってくれます?』
「あ、ごめん」優太は頭を下げた。「つまり、ベースでコード進行の流れ、メロディとピアノでその他の情報が概ね分かるってこと。俺はあんまり音感ある方じゃないから、聞くだけだとここまで早くできないけどね」
『へぇ……。あれだ、音楽理論ってやつ?』
「そうそう。それも使えば分かるよ。例えば……」
『その話は後にして。さっきので心折れた』
「そ、そっか」
優太は自制するように深呼吸をしたあと、そのまま演奏に集中し、黙々とギターを録音していった。
「……よし。これでほぼ録れたかな」
優太は時計を見る。もうすぐ十六時になろうとしていた。
『お疲れ様。でも、さすが。早いし上手いね』
「ありがとう。手の大きさが違うからちょっと苦戦したけど」優太はくっきり弦の跡がついてしまった左手をなでた。
『ギターはこれで終わり?』
「うん。欲しいところは全部録った」
『改めて、通しで聞いてみたい』
「了解」
優太は曲を最初から再生した。
夕方の日差しが照らす部屋に、たった今録音したギターと、もともとの音が混ざった楽曲が響く。ギターを片付ける音に混じって、優太にだけ、奏恵の鼻歌が聞こえた。
『優太、これさ……』
曲を聴き終わったあと、奏恵が小さくつぶやく。
「気付いた?」
『うん。なんか、ごちゃごちゃしてない?』
「そう。奏恵ちゃんなら言うと思った」
『どういうこと?』
「ひとつ、奏恵ちゃんに提案なんだけど……」
優太はギターケースを抱えて立ち上がった。
「やっぱりこの曲、ギター中心のバンドアレンジにしてみない?」




