5章 心 1
彼女に出会ったのは、ほんの些細なことがきっかけだった。
木陰に佇む彼女は、今まで出会った誰よりも、寂しげで。
とても、1人に見えたんだ・・・・
5章 心
(あれ、ここどこだろう・・?)
ぼんやりと辺りを見渡してみた。そこは、どこかの深い森の中だった。
アノンの炎の森よりも暗く、ジメジメとしている。気候自体が違うように感じる。
太陽の光もわずかにしか感じない。本当にどこだかわからない。
不思議と体が浮いているような、ふわふわとした感覚に襲われた。景色が勝手に過ぎ去り、森を出て開けた場所に出た。
(ん?なんだろう、あの建物・・・)
開けた場所は人工的な野営地だった。そこには大きな建物が一棟、重々しい雰囲気を出して建っている。
ところどころペンキが剥がれた灰色のその建物は、明らかにその場の景色からは浮いた存在だった。
もっとよく見ようと首を伸ばすが、それ以上は前に一歩も進めなかった。諦めずに、その拘束に逆らっていると、建物から女性の叫び声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがあるような・・・・
ますます、気になったところで、脳内に別の声が響いてくる。
〈・・・・きて!〉
(え、なに???)
〈お・・・きて!・・・レビ・・!〉
あ、この声は、もしかして・・
声の主に勘付いたところで私は、はっと目を覚ました。
「起きろーレビウス!!・・・あ、やっと起きた」
「コ、コウ・・・。びっくりした。おはよう」
枕元でベッドに半分腰かけていたのは、風の神コウだった。相変わらず、その髪は跳ねまくりで、服装はゆるゆるの甚平だ。
「おっはよ!レビウス!」
「きゃあ!」
首に縋りつくように抱きついてくる。突然のことに私はされるがままになってしまった。行き場を無くした両手だけが宙をかく。
「全然起きないし、魘されているしで、めっっっちゃ心配したんだかんね!」
「ごめん・・・。私、魘されてた?」
「うん。それは激しく」
コウが嘘をついているとも思えないので、私は夢の内容を思い返してみた。確か、どこかの森を散策していたような、それでもって変な建物を発見して・・・・
「あれ、その後なんかあったような・・・・んー、思い出せない」
「どうかした?」
眉間に皺をよせる私に、コウが心配そうに顔を覗き込んできた。
その様子が小動物のようで、思わず頬が緩む。
「フフ、大丈夫よ。ごめんね、心配かけてしまって。」
「いいんですよ、レビウス様。こいつにはどれだけ心配をかけさせても。」
声のした方を見ると、後ろ手に扉を閉じるゴウの姿があった。
「おはよう、ゴウ」
「おはようございます、レビウス様。今朝はあまり目覚めが宜しくなかったようで・・大丈夫ですか?」
プレスのきいた真っ白なシャツに黒のパンツスーツを身に着け、寝癖一つない彼は、音もなくベッドに近づくと少し屈み気味に問いかけた。
「大丈夫よ。ありがとう」
「そうですか。良かった」
微笑み姿勢を正す彼は、このアノンの炎の神だ。コウとは兄弟の契りを結んだ仲で、兄としてよく弟をたしなめている。今も、私に抱きついていたコウを引きはがして、その行動に対して説教をしていた。
伸びをしながらその様子を眺める。こんな朝もだいぶ慣れた。
オーガスの襲撃、そして私の異世界来訪から早くも3日が経とうとしていた。今も被害状況の確認そして怪我人の手当て、そして街の復興作業が続いている。近隣の街からも救援が次々に届き、人々は少しばかり前向きになりつつあるとの報告を受けていた。久々の襲撃、そして神の復活。これだけでも民の心が揺さぶられる理由としては十分すぎた。不安になるなとは言えなかった。まだ、私にはそれだけの言葉をかける勇気はない。アノンの民に直接触れ合うのは、まだ避けたいところだ。
ふぅ、と息をつく。この3日、私がしたことといえば王族専門医による診療、そして兵からの報告を受けることだけだ。指示を出すわけでも、手伝うでもなく過ぎ行く時間。罪悪感がないわけでもないけれど、かといって、私が出来ることは何もなかった。これでは本当にお飾りの王だ。
毛布から出て、ベッド脇にある化粧台に向かう。
一枚の楕円状の大きな鏡を前にして、私はまじまじと己の姿を見つめた。
何度見ても慣れないのはこの姿だ。紅い髪、紅い瞳。血の色にも炎の色にも見えなくもない。元々の私の姿からはかけ離れたその容姿に恐怖すら感じる。人の命すら簡単に奪える力がこの色には込められているのだと思うと、心に何かがずっしりとのしかかった。
「そんなに自分が好きか、レビウス」
「わぁあぁ!・・・アルデロスか・・驚かせないでよ!」
耳元で囁いたのは訳あってアノンに滞在中の他国の神、アルデロスだった。蛇のような黄金の瞳が面白げに輝いている。
「朝っぱらから自分を見つめるなんて、ナルシ」
「うるさい。黙れ。違うから」
「照れるなよ」
「照れてない」
「まったく素直じゃないんだから」
「どっちがよ」
目覚めたばかりだとういうのに、少し疲れた。
化粧台から離れると、何種類もの服が収納されているクローゼットを開いた。
元の世界の自分の服よりも、はるかに多い量がそこにはあった。どれを着ようかと本気で毎日悩んでいる。
「う~ん、どうしよっかな」
「本日は気候も暖かめですので、こちらはいかがでしょうか」
ゴウが差し出したのは若草色の七分袖のワンピースだった。レースやリボンも控えめの私好みだった。
「いいわね。今日はこれに・・・って何してるのゴウ」
ドレスを受け取り身支度を、と思った私のパジャマのボタンを外そうとしている。
「え?身支度のお手伝いを・・」
「しなくていい!いらないから!毎日毎日学習しないわね!」
焦ってゴウの手を払いのけ、急いでクローゼットの側にある衝立の向こう側へと走り去った。
ばくばくと音をたてる心臓を宥めながら、頬に手をあてる。ほのかに熱くなっていた、この分だと真っ赤に染まっているに違いない。
「へるもんでもないし、手伝って貰えば?レビウス」
「・・・あんた、何当然のように覗いてんのよ」
衝立に寄り掛かりながらアルデロスは意地悪気に笑う。
「いやいや、これはな未だにドレスの着方が解らず困るであろう女王様を慮っての配慮だ。はいりょ!覗きだなんて、そんな」
「うっさい。全員今すぐ部屋から出なさい。さもないと燃やすわよ!!!!」
叫びと共に、小物類が神々に降り注いだが、彼らはかすり傷負うことなく、部屋を飛び出していった。
「さて、オーガスも去ったことだし、次の話をするか」
朝食の席、アルデロスがコーヒーカップを手にし、言った。
「次って?」
「おいおい、レビウスならまだしも、コウが忘れてるとはな。」
「は?」
口いっぱいにパンを頬張りながらコウはアルデロスを睨む。
その横にいた私も意味がわからず、紅茶を口に含んだ。
と、その更に横で、ゴウがあっと声を漏らした。
「そうか、王の会合ですね!!」
「そうだ。やっと思い出したか。まったく、お前たちは眠りから覚めたばかりでまだボケボケなんだな」
アルデロスはコーヒーを飲み、頷いた。
「ああ!そういえばそうだったな」
コウはやっと思い出したというように手を叩いた。
「えっちょっと待って!その王の会合ってなに?」
何のことだかわからず、ゴウに説明を求めた。
「王の会合とは簡単にいうと5つの国の王が一堂に会する話し合いの場のことです。基本的にはマラスにて行われます。」
ゴウは地図を取りだし、マラスの場所を指さした。
「会合?戦争している真っ最中だというのに?」
アノンとマラスが、というなら納得だけれど。
「はい。たとえ友好国でなくても、この会合には絶対参加とされています。これはスノウの定めたルールであるため、誰も逆らえないのです」
「スノウの・・・」
私をこの世界に連れてきたあの天使。そんなにこの世界で絶対的な存在だったなんて予想外だった。
「まぁ、そんな面子だからさ、当然話し合いなんて殺伐とした感じでいつも終わるんだよね。ほんと意味なし」
「そんなに言ってやるな。今年の王はどんなか顔合わせの意味もあるからな」
ぶつくさと文句をいうコウの頭を、アルデロスは撫でた。
「それと、俺たち神が文句言ってどうするよ?主である王まで迷っちまうだろ。しゃんとしろ、しゃんと」
わかってる、といったようにコウはアルデロスの手を払いのけ、距離をとった。
「あったりまえだろ!レビウスを守るのは俺たちだ!導くのも」
「そうか。ならいい」
何故か楽しそうにアルデロスは言った。
わいわいと騒がしくこれからの会合について話し合い始めた神々をよそに、脳裏には全く別の光景が広がっていた。
――空っ!
今朝見た夢・・・もしかして。
ぶわっと急に映像が流れてくる。深い森の奥にある建物、そしてその中から聞こえたあの声は。
「みんな」
気が付いたら、声に出していた。
「私、会合の前にやりたいことがあるの」
静かすぎるその声に、神々も動きを止めた。
「時間、あるよね?」
「そうですね、会合は来月ですから日はありますね。その、やりたいこととはいったい・・?」
ゴウは首を傾げる。
「その、私・・・友達を探しに行きたいの」
「友達?」
顎に手をやり、アルデロスは思い出すようなそぶりをした。
「あぁ!あの子か」
「そう。一緒に連れてこられた友達のりの。着いてそうそうごたついちゃったから探しに行けなかったけど、今どこにいるのやら・・・心配で・・。あと、」
「あと?」
俯いた私の顔をアルデロスが覗き込んでくる。
「今朝、変な夢を見てさ」
そこで私は、夢で見た森での出来事を語ってきかせた。まるで森の中にいるような妙にリアルな夢だった。
だからこそ、もしかしたらあれは現実のことなのではないかと思ったのだ。
話を一通り聞いたところで、ゴウが口を開いた。
「それは、もしかしたらオーガスにある収容所のことではないでしょうか」
「収容所!?」
両手で勢いよくテーブルに手をつき、半ば立ち上がった状態で私は声を上げた。
「はい。この世界にはよく青海人が迷い込んできてしまうのです。オーガスではそういった人たちを見つけては収容し、労働を強制しているとききます。勿論、他国ではそんなことはございません。我々もこの風習だけはほとほと手をやいている状態です」
「ひどい・・」
私の漏らした言葉にゴウは顔をゆがめた。
「オーガスの悪しき習慣だよな。あの国で青海人はほとんど人権すらないらしい。実態はほとんどが極秘で、他国の人間は詳しくは知らないんだ」
アルデロスは私の横に立ち、落ち着けといったように肩に手をかけてきた。
「・・・りのが、もしかしたらそこに・・?」
だとしたら、一刻も早く見つけないと、りのの命が危ない。そんな酷い扱いを受けているなんて想像するだけで心が痛んだ。
「りのを、早く助けないと」
アルデロスとゴウ、二人はごくりと生唾を飲み込み、私を見つめた。
「わたしっ」
「ちょっと待てよ!!兄貴もアルデロスも何納得!みたいな顔してんだ。そんなのあぶねぇだろうが!!」
コウが拳をテーブルに叩きつけた。その反動で紅茶のポットが倒れ中身が派手に毀れた。
肩を怒らせるコウにゴウが静かに諭す。
「コウ、何も一人で行かせるわけではありませんし、心配は無用ですよ。」
「だって!」
「俺が着いていく、安心しろよコウ」
アルデロスは腕を組みつつ言い放った。
「ええ?!アルデロスが一緒に??」
げぇっと声を漏らす。
「なんだ、不満か」
「・・・いえ、別に」
「素直じゃねぇの。・・・とにかく、レビウスの同行は俺がする。だからその間、お前たちはアノン国内の情勢を安定化に向けてどうにかするんだ。いいな?王が未熟な分、そういった部分はフォローするのが俺たち神の仕事だ」
アルデロスの言葉に、コウはふて腐れたようにそっぽを向いた。
私は席を立つと、コウの隣に移動し、その頭を正面から抱きしめた。小さな頭はすっぽりと収まった。
「心配してくれてありがとう、コウ。でもね、私がこうやって守られている内にも、親友が苦しんでいるかもしれないの」
ぴくりとコウの肩が動く。
「それを黙ってみているなんて、私には出来ない。だから行くの、例え危なくてもね」
腕を離し、コウの顔を見る。今にも泣きそうな子供顔だ。思わず微笑んでしまった。
「未熟な王だけれど、信じて」
コウの瞳は大きく揺れたかと思うと、一度瞬きをし、強い光を宿した。
「・・・わかった。レビウスを信じる。悔しいけど、アルデロスは強いし信頼出来るから・・きっとレビウスを守ってくれるはずだから」
少しだけ頬を赤くしてコウは言った。褒められた当の本人は、こちらに背を向け関わらんようにしているようだった。心なしか耳が赤い。
「ありがとう、コウ」
にっこりと笑いあう。ゴウも側で微笑んでいる。
「ありがとう、皆。・・では、私は会合までの間、親友りのを探しにオーガスに向かいます!」




