5章 心 2
「って、宣言したのはいいけれど・・・」
このまま二人だけで向かっていいものか、多少の不安は感じざるを得なかった。
なぜなら。
「お前さぁ・・・力はともかく剣の扱いとかは覚えようぜ?」
アルデロスの溜息が森に響く。
わかってる、と重い息と共に答えた。
私とアルデロスはオーガスへと向かう途中、炎の森の中にいた。
隣国オーガスの青海人収容所へは炎の森をぬけ、そのままエルドランを北へ進んだ方が近道ということだったので、それに従って歩き続けた。そして、その道中で私はいざという時のための戦闘の手ほどきをうけることとしたのである。
ところがところが、これが意外に難しかった。元来そこまで運動神経も悪くないから、当然それなりにこなせると少し高を括っていたのだ。だって、前世の私はここの世界の住人だったわけで、つまり体が覚えていたりするものかと思っていた。つまり、そこまで都合よくはなかったのである。
「剣って、こんなに重いものだったのですね、先生・・・」
「何言ってんだ。これは初心者向けの鍛錬用の剣だぞ?軽いにきまってるだろ。お前の力が弱すぎんの!まったく、能力も使えない上に武器も使用不可って・・・やばいでしょ。あーマジで護衛増やせばよかったかなぁ」
アルデロスは自分の剣を鞘に戻すと、腕を組み唸った。
一方私はというと、肩でぜーぜーと呼吸をしながら、地面に突き刺した剣を睨みつけた。
こいつ、なんてやっかいなヤツなの。ゲームとかで主人公が始まりの村かなんかで貰うような形をしていながら重さはしっかりと本物だった。刃もそれなりに鋭い気がする。てか、これがこんだけ重いのに、代々レビウスが使用している愛剣なんて使えるようになんのかしら。本気で謎。
「あんたが言ったんでしょ、俺一人で大丈夫って。折角ゴウが護衛をつけてくれるって言ってたのにさ」
「あーーも!はいはい。言いましたよ、俺がこの口で言いましたって。だから責任持って女王様を鍛えて差し上げているではありませんか?!」
ぎろりと睨みつけてくる。
「何よ、初心者なんだからそんなすぐに上達するわけないでしょ!」
負けじと睨み返した。
そのまま数秒間、私たちの睨み合いは続き、そしてほぼ同時に逸らした。
「・・・まぁ、徐々に覚えていけばいいか。よし、そうしたらそろそろ夕飯にしようか」
アルデロスはそう言い、パチンっと指を鳴らした。
すると、先ほどまで何もなかった場所に突然、テントとそして、キャンプとかでよく見かける調理道具一式となんと食材まで現れた。
「すご・・・」
「じゃ、頼む」
ポンッと肩を叩かれる。
え、おい、まさか
「ちょっとまって、私が作るの?!嘘でしょ!?」
「冗談で頼まんよ。じゃ、頑張れ。スープくらい作れるだろう?俺は薪でも集めてこよう」
任せたとばかりに言い放つと、すたすたと林の中へと入って行った。
残されたのは、アルデロスが出した道具と材料、そして私だけ。
ぽかんと開いたままだった口を閉じ、ちらりと材料を見遣った。
「・・・・スープ、というより・・・カレーね」
さくっとメニューを決めると、腹をくくって調理開始としたのだった。
「・・・うめぇじゃん、何だ?この料理」
「お粗末様。カレーライスっていってあっちの世界の料理。キャンプって言ったらこれでしょ」
へぇーと言いながらもがつがつと食べ続けるアルデロスに、どこか懐かしさを感じる。
昔、両親に連れられてよく山にキャンプに行っていた。その時は決まってカレーを母と一緒に作っていた。
そういう時に作るカレーというものは何故か格別に美味しかったりするから好きだ。
「てか、この世界、お米あるんだね」
どちらかというと西洋的な国であるアノンに、お米を食べる文化もとい米そのものがあることに驚いた。
「んーなんでだっけかあ。確か何代も前のアノンの王が青海から持ってきたんだよ。それがこの国では受け入れられて、今の世代にまで受け継がれているんだ」
食べながらアルデロスが答える。
「そうなんだ。意外に和風な・・・」
「わふう?」
「なんでもない。お代わりは?」
「いる!」
子供みたいに皿を差し出す姿に思わず笑みがこぼれた。
作った料理を美味しそうに食べてくれるのは、相手がたとえアルデロスでも嬉しかった。
(ん?)
なんでそこでアルデロスと他を比べる必要があるのか。誰だって喜んでくれれば嬉しいはずでしょ、私。
何かひっかかりを感じながらも、今はその温かな感情をかみしめた。
やがて辺りはすっかり闇に包まれ、満月が空に輝きだした頃、お互い休む準備を始めた。
火を消し、それぞれ毛布に包まる。まだ少し熱を持つたき火の跡を囲むように横になった。
春のような気候なのか、そこまで寒さは感じない。
辺りを柔らかな月明かりが照らす。
虫の鳴く声、木々が揺れる音、普段であったら気にもしない音が今は無性に気になった。
なかなか寝付けない。ごろりと寝返りを打つと、すぐ前に眠るアルデロスの顔が目に入った。
彼はすっかり夢の中のようで、起きる気配は微塵もない。
(それにしても・・・綺麗な顔してるわねー)
初めて見たときも思ったが、あちらの世界だったら芸能人と見間違うくらいの整った顔立ちをしていた。
今は閉じていて見えないが、その瞳もとても美しい金色で・・・
(って、他人の寝顔見て何考えてんのよ!)
熱くなる頬を自覚しつつ、眠ろうと目をきつく閉じた時だった。
「・・・ほ、のか」
アルデロスの口から寝言のような言葉が毀れた。
「え・・・」
驚き、再びアルデロスを見る。そこにはどこか悲し気な、切なげな寝顔があった。
―――ほのか
どこか懐かしいその名前のことを考えるうちに、私は深い眠りへと誘われていた。
翌朝私達は、北へ向かって再び歩み始めた。
道中、アルデロスはほとんど私と口をきかなかった。考え事をしながら黙々と歩き続けている。
昨日の夢のことでも考えているのかと気になった。
ちらちらと様子を伺っていると、ふとアルデロスが怪訝そうに振り返った。
「何?」
「え!いや、別になんも」
慌てて断ったが、何もないわけがない!
怪しみながらも再び歩き始めた。ほっとし、その後をついていく。
気を抜くと思わず尋ねてしまいそうになってしまう。
『ほのか』とはいったい誰なのか。
そもそも名前、なのかもわからないけど。でも、あのアルデロスからそんな寝言をきくことになろうとは思ってもいなかったから吃驚した。本当に、誰なんだろう。いやいや、そもそもこんなに気にするのは可笑しい!変だって!
頭をぐしゃぐしゃと掻き毟る。
もーーーーなるようになれ!
「あのさ!ほのかって誰?」
アルデロスの肩がびくりと揺れる。
首だけで私をみやった。
「・・・誰にそれを?」
「いや、誰って・・・あんた」
「は?俺!?」
大きな声と共によろめいて言った。
「寝言で、昨晩言ってたの。・・・ほのかって誰?」
じっと彼の瞳を見つめ尋ねた。
アルデロスは口を一文字にし、目をそらし、近くの木によりかかる。黙り込み、静寂が辺りを包み込んだ。
彼はしばらくの間目を閉じ、難しい顔で何かを思案しているようだった。どれだけの時間そうしていただろう。やがて、アルデロスは深く息を吐き、呼吸を落ち着かせると、ようやくその口を開いた。
「・・・いつかはお前に話さなきゃとは思っていた。ただ、お前自身で思い出す可能性も捨てきれなくて、今の今まで黙っていたんだ。ほのかは、日野穂香は先代のレビウスだ」
「先代?」
「そう、そして同時に、俺の・・・恋人でもあった人だ」
「・・え?」
視界がぐるぐると回る感覚に襲われる。何だか頭の中が真っ白になっていく。
――――恋人?
あれ、『恋人』ってなんだっけ。言葉の意味が頭に入ってこない。どうしよう・・・
穂香を語る彼はどこか懐かしそうで優しい瞳をしていた。どうしてだろう、そんな彼を見ているとこっちまで切なくなっていって・・・
「え、おい!レビウス!しっかり・・・・!」
アルデロスの声をどこか遠くに感じながら、私は意識が遠のくのを感じた。




