5章 心 3
『レビウス様!ねぇ、レビウス様!』
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
その声につられて、私はゆっくりと起き上がった。私は延々と広がる芝生の上に横たわっていた。
辺りを見ると、遠くにぽつんとある棟から誰かが走ってくるのがわかった。あれが先ほどの声の主だったのだろうか。
だんだんと近づいてくるその人影が、やがて子供であることに気がついた。
子供はまっすぐ私の方へ駆けてくる。そして、私の前で止まった、と思った。
「うわ!」
子供は止まるどころか、私をすり抜けていった。
驚き、後ろを振り返るとそこには・・・
『レビウス様!!』
『あぁ、ウィルか。どうしたんだ?そんなに慌てて』
紅い瞳に、長い紅い髪。
「わたし・・・?」
いや、私ではない。でも、そこには限りなく私に似た女性が芝生に座りこんでいた。
ほっそりとした身体、すらりと伸びる手足は私とは似ても似つかない。美しいアノンの国王がいた。
『さっき、妹が生まれたんだ!お兄さんになったんだ!』
ウィルは笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
『おお!それはめでたいな。この光の日に生まれるなんて幸運な子だ。』
レビウスも嬉しそうに微笑んだ。
『そうなんだぁ。母さんもそういって、名前はティアにするって』
『そうか。いい名前だ。幸せな子に育つだろうね。後で花でも送ろう』
『ええ!レビウス様もお祝いしてくれるの?』
『あぁ、勿論』
ウィルの頭を撫でながら笑顔で答えた。
『やったぁ!ありがとうございます!!』
ウィルは頭を下げて感謝を述べると、元来た道をまた駆け足で戻って行った。
しばらくの間、レビウスは去っていく背を微笑ましそうに眺めていた。
『やれやれ・・・今日は客が多いこと』
レビウスは仕方ないなといった風に首をふると、背後を振り返った。
そこには何もない空間が広がっているだけだったのだが。
『いつまでそうしているつもりだ?・・・アルデロス』
『・・・なんだ、ばれていたのか』
思わず、声のした方に目をこらした。
すると、何もなかったはずの場所から、まるで見えないカーテンをめくるようにアルデロスが現れた。
魔法で姿を消していたようだ。
(なんで、アルデロスがここに・・・)
呆然と、ただ見ていた。
アルデロスはレビウスに歩み寄ると、背後からきつく抱きしめた。
『おはよう、穂香』
『おはよう、アルデロス』
どくんっと心臓が大きく跳ねた。
この人が穂香。アルデロスの恋人であったという先代のレビウス女王。
『アル、誰かに見られる・・・ばれては』
『ばれたらマズイって?どうして?』
意地悪気に尋ねる。すると、彼女はどこか気まずそうに答えた。
『どうしてって、神と王がこんな…』
『わかってるよ。こんなこともダメだって―――』
アルデロスはそういいながら、そっと穂香の唇に口づけた。
―――え・・?
一瞬だった。一瞬すぎて思考が追い付かなかった。
『お前な、わかっているなら控えろ。皆に見られたら今度こそスノウに氷漬けにされるぞ』
頬を赤らめ少し尖った口調で彼を責めている。だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
その様子に何故か耐えられず、目を背けてしまった。
愛されているその姿に懐かしさと愛おしさが同時に押し寄せてきて、私の心に溢れかえる。この感情は誰のものなの?幸せだという感情、本当に懐かしいと叫ぶ心があるのも、二人の寄り添う姿に傷ついている自分がいるのも真実で。ぐちゃぐちゃだった。
ぎゅっと心臓の辺りを掴み、目を閉じる。そして、大きく深呼吸をした。私は新島空、他の誰でもない。アルデロスともまだ出会ったばかりだ。だから、この感情は嘘だ。嬉しさも悲しさも、今の私が抱くわけもないモノ。これはあくまでも『穂香』の記憶によるもの。魂が同じであるがゆえのバグだ。なのに、なんで。なんで胸の痛みが消えない。
いつしか、頬を涙が伝っていた。
周りの風景がぼやけて、崩れていく。砂を洗い流すように、辺りから色がなくなり、私は暗闇に一人佇んでいた。
静まりかえる中、私はとうとう声をあげて泣き出していた。
「あぁ・・うっ・・ひっく・・」
しゃっくりをしながら、柄にもなく感情むき出しで泣いた。こんなに激しく泣いているのは初めてかもしれない。でも、ここは恐らく自分の夢か何かだ。誰に見られるわけでもない、そう思ったらより一層涙が止まらなくなった。
「悲しいのか?」
ふと顔をあげると、目の前にはいつの間にか穂香が立っていた。感情がほとんど見られない顔でじっと私を見つめていた。
私は質問には答えずに、彼女を逆に見つめ返した。すると、穂香はまた口を開いた。
「私も悲しかった。あいつと共にずっと一緒にいられるとあの頃は信じて疑わなかったから」
その瞳は幸せだった頃の想い出をめぐっているようだ。
「あの戦がなければ・・・そう思い何度も悔やむ。生まれ変わり、なおも心に残るぐらいには・・」
(え、今なんて・・・?)
ひゅっと息を飲みこむ。
穂香はそんな私の様子など気にもせず話続けた。
「共にいたかった。永遠に」
「黙って!!!」
荒い息を吐き、私は言葉を遮るように叫んだ。当の本人は驚く様子もなく、口を閉ざす。
「そんなこと、聞きたくない!貴女にそんなこと言われたくない!」
叫びながら頭を振る。
あぁ、心がどうにかなってしまいそう・・・。
「じゃぁ、何よ。私は貴女の代わりってこと?そのために生まれたって?」
何もわからなかった。この世界にきて、戦いばかりで怖くて。
心細くて、でも、側には彼がいて―――
「冗談じゃない!私は空よ!貴女じゃない!だからっ」
例え、それが私のためでなくとも―――
「だから、この気持ちは私のものよ!誰が代わりなどになってやるものか!そうよ、認めてやるわ、私はあいつのことを」
―――――好き。
ぐっと言葉を飲み込む。
たぶん、そうなんだ。どんなに嫌味なことを言われても、どんなに喧嘩をしても、それでも助けてくれる彼のことを憎からず好んでいるから、だからこんなにぐちゃぐちゃなんだ。
「羨ましいな」
「何が」
「その真っすぐさが。私にはなかったから・・・・」
眩しいものを見るかのように目を細め、穂香は力なく微笑む。
「お前なら、なれるかもしれない。真の『王』に。彼らを黙らせることの出来る存在に。私のなれなかったものに」
真の『王』?
首をかしげると、穂香は今はわからなくてよいと頷いた。
「あいつとアノンを頼んだぞ、空」
そういい残し、穂香は闇の中へ溶け込んでいった。
「・・・穂香」
呼んでも出てこない。本当に消えてしまったのか。
いや。胸に手をあて感じる。これは彼女の〈心〉だ。
穂香はまだここにいる。私の中に。
「言われなくても、そのつもりよ」
だから、黙ってそこで見ていろ。
やってやるんだからね。
そう固く決めて、瞳を閉じた。




