4章 王の証 3
女王が神と再会を果たしていたその頃、少年は小高い丘の上に移動し、戦況を観察していた。
『さて、女王陛下はどこまで出来るかな』
異国の言葉で呟き、不敵な笑みを浮かべるその少年は、つい先ほどレビウスによって救われたあの少年であった。
左手を腰にやり、右手を額に沿えながら遠くを見つめる。視線の先にはコーデルト城がそびえ立っていた。その城下では今もなお、激しい戦闘が繰り広げられているはずだ。剣を交える金属音がここまで響いてきている。
正直、オーガス軍がここまで本気で攻めてきたのは、アノン側からすると予想外だったに違いない。
王が留守のうちを狙うなら、今までの間でも多くのチャンスがあったに違いないからだった。
それをせず、今回新たなレビウスの帰還に合わせて攻めてくるのは、大胆といっても過言ではない。
『これが青海人の良いところなんだな』
この世界に囚われない自由な発想。それこそが青海から王を選出する理由の1つときいたことがあった。
その時、少年の頭上を何かの影が物凄いスピードで通り過ぎ去った。
多くの木々が揺れ、葉が舞い上がる。少年も少し前かがみになりつつ、通り過ぎたその影を見やった。
「・・・頑張ってね、空さん」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
(落ちる、落ちる、落ちる!!)
社で神に認められた私はオーガス軍の侵攻を止めるべく、急いで戦場に向かおうとしていた。
だが、当然このまま走って行っても最悪事態に間に合うとは思えなかった。そこで、コウがこんな案を出してきたのだ。
「じゃぁ、俺たちに乗ればいいじゃんね。解決じゃんね!」
乗るって何。とか問いかける暇もなく、私の体はゴウに抱きかかえられた。お姫様抱っこで。
「ちょ!!」
「しっかりつかまってて下さい、レビウス様」
言うと同時にゴウは走り始めた。私を抱えているとは思えない程の速さで洞窟の一本道を走りぬける。
振り落とされないように必死にゴウの腕にしがみつく。そうこうしている内にあっという間に出口が見えた。
「いきます!!」
掛け声と共に、ゴウは右足を軸に、スピードを緩めないまま大きく跳躍をした。風圧による衝撃が私達を襲い、思わず目を閉じ歯を食いしばった。
私は地面に着地する衝撃を待った。が、しかし、何秒経とうともその衝撃は訪れない。それどころか、先ほどまでの凄まじい風圧が少し緩まり、逆に体を少し浮くような感覚がした。
(なに・・・・?)
恐る恐る瞳を開いた。
「え!!!」
飛び込んできたのは、一面の青い空だった。
「飛べるなんて、聞いてないぃぃぃぃ!」
ゴウが竜の、コウが鳥の化身であるとはきいていたが、まさか変化できて、更には飛ぶことが出来るなんて知らなかった。
今ゴウは炎色の竜に姿を変えていた。蛇のような鋭い瞳、全長20メートル程で長い尾と立派な翼を持っていた。全身は紅い鱗に覆われており、太陽の光を受けてキラキラと反射していた。
私はその鋭く獰猛な爪が生えた腕に、大切に抱えられていた。
『申し訳ございませんでした。突然このようにお連れして・・』
屈強な見た目の竜が、しおらしく謝る姿は少し笑いそうになった。
「大丈夫。ゴウを責めてるわけじゃないから。悪いのはどっかの国のムカツク魔術師だから」
『それって・・・・おっと、おしゃべりしている暇はなさそうです』
ゴウが首を動かし、右手側、オーガスがある方角のある一点を睨みつけていた。
「どうしたの?」
『レビウス様、どうやら相手も簡単に引く気はないようです』
いったいどうしたのかと、私も同じ方向を見てみた。
「あれは、雷?」
真っ黒な雷雲がもくもくと広がり、ゴロゴロと嫌な音を響かせている。それと重なるように、黒板を爪で引っ掻くような不協和音も響いてきた。
『オーガスの神々です。雷の神エルスと音の神サディーですね』
「相手も本気、ってこと?」
『そういうことです。・・・コウ!』
ゴウが一声叫ぶ。
すると、後方から勢いよく巨大な鳥が飛んで近寄って来た。
透き通るような水色のグラデーショが美しい翼をはためかせ、金色の嘴は鋭く、その尾は七色に輝いていた。ゴウよりも少し小さいがそれでも立派な姿だった。
『はーい!来たよ、兄貴』
『オーガスの神々がこちらに侵入してきたようだ。国境を超えさえすれば城まではすぐだ。ここで食い止める必要がある』
飛びながら、ゴウはほぼ叫びつつ指示を出す。
『戦闘開始だ、コウ!』
一際大きく翼をはためかせ、ゴウは雷に進路を変え、飛び始めた。
『了解!いっくぞー!』
その後をコウが追う。
私は速度が上がり、より強くなった風に負けぬように、しっかりとゴウの指に掴まった。
「ゴウ!戦うといっても、どうするの?」
『そうですね、力量的には対して差はないので、ふいをつければ・・・!』
そこで突然言葉を切り、ゴウは急旋回をした。声を出すことも出来ないくらいの衝撃が走り、私は一瞬気が遠くなった。
「?・・なにが」
目を開けると、目の前には大きな翼が生えた虎が、恐ろしい牙を見せつけながら、こちらを睨みつけていた。黄色と黒の縞模様の巨体は十分に恐怖をかきたてさせる姿だった。
『エルス…』
『よう、ゴウ。ひさしぶりだなぁ・・・。え~?そいつが新しい王か?』
低いドスの聞いた男性の声だった。エルスと呼ばれたその虎は私をぎろりと睨み付け、舌なめずりした。
『ええ、その通り。・・・・貴様こそ、我が国で何をしている?』
礼儀正しいゴウが、紳士のようなゴウがそのような口調をきいたことに驚き固まった。
心なしか私を抱える腕に力を籠ったような。
『おいおい、そんな怖い顔すんなって!こっちは親切できてやってんのによ』
『他人の国を乗っ取ることのどこが親切なんだ!ふざけるのも大概に・・・・』
ゴウが牙を見せ、怒鳴った。
『だって親切じゃねぇか。・・・自分が王であることすら否定したがるやる気のない王よりも、きっちり国民を管理してくれる我王が、この国を助けてやろうっていう優しささ』
〈やる気のない王〉。その言葉に胸の奥が抉られたように痛んだ。
俯いた私を見たゴウが、慰めるように指でそっと私の頭を撫でた。
(ゴウ・・・・)
顔を上げると、ゴウの瞳が、大丈夫だと言うように輝いていた。
『やる気のない王などここにはいない。いるのは、国民を必死に守ろうと走る、心優しい王だけだ!貴様の親切など無用!即刻この国から立ち去るがいい!!』
全身の鱗の輝きが一層増したように感じた。ゴウの鼓動に合わせいるかのようで美しかった。
『なるほど・・・。そういうことなら話ははやい・・・我王の命により、死ね!』
エルスは一声大きく咆哮し、勢いよく私達に向かって飛びかかってきた。
前足の鋭い爪をが少し延び、ゴウの顔目がけて振り下ろした。しかし、ゴウは瞬間的に羽ばたくのをやめ、高度を下げることで避ける。避けたその位置から、喉をゴロゴロ鳴らし大きく後方に引いてから頬を膨らませ、口から強烈な火炎を放射した。エルスは咄嗟に翼で炎を受け流し、体を反転させることで逃れる。
『おいおい、こんだけか?』
『・・・まさか。これからだよ』
お互いに一歩も引かず、それがぴったり合う戦いだった。
ゴウとエルスの戦いが始まった丁度その時、コウは後方でサディーと戦っていた。
『くらえ!おばさんオオカミ!!!』
コウは大きなその翼を一際羽ばたかせ、強風をサディーにぶつけた。
『おばさんとは何よ!このクソガキが!!』
銀色の見事な毛並みの大きな狼が空を駆けながら、強風に向かって咆哮をぶつける。サディーの生み出す強烈な超音波はいとも簡単に強風を総裁してしまう。それが何度も続いた。
(これじゃ、らちがあかねぇ!)
イライラが募ってきて、それが滲み出てきた頃だった。
『コウ!』
『兄貴!!』
別の場所で戦っていたはずの兄の登場に、コウは顔を輝かせた。が、その後ろからエルスが牙をむいて追ってきているのを見て、げんなりとした。
『兄貴、何連れて来てんだよ・・・』
『いいから、それよりも!あれやるぞ!』
『あぁ!あれか。うん、了解!!』
2人は平行に飛び、サディーとエルスに対面する。
いったい何をするのかと見守っていると、突然、2人の体が紅と青の光を発し始めた。
『あ!あいつらまさか!』
サディーが止めようと超音波をぶつけてくるが、2人の光がそれをはじいた。
「すご・・・あ!エルスがくるよ、ゴウ!コウ!」
間髪入れずに突進を試みるエルスの姿をとらえ、私は声を張り上げた。
それに反応するように、ゴウとコウはお互いに力を高め終えた。
『『くらえ!!!』』
紅と青の、2人の力合わさった光がエルスとサディーに向かって放たれた。
巨大なその光は2神にぶつかり、爆発音と共に彼らを弾き飛ばした。
激しい衝撃波に耐えながら、私は、2神の悔しそうな咆哮を確かに、きいた。




