4章 王の証 1
手に握られているのは1枚の紙。
うすっぺらく、頼りない。でも、今の私には何よりも重いもの。
「私、私は・・・」
思わず力を入れ過ぎて、紙がくしゃくしゃになった。
両親が優しく私を抱きしめる。
「・・・私、あなたたちの子供なんだね」
答える代りに、少し強めの抱擁が返ってきた。
アノンより遠く離れた遥か上空。
そこには1つの国があった。名をルルベン。5大国の1つである。
今、1人の王がアノンを見ていた。そして、アノンが光に包まれるのを確かに感じた。
「・・・・女王が、帰還した・・!?」
ガガガーンッ・・・!
コーデルト城が大きく震える。
「レビウス様!オーガス軍の攻撃が城下まで迫ってきました!!どうかご指示を!!」
突然、1人の兵士が、開いたままになっていた入口から部屋に飛び込んできた。
はっとして振り返る。
「だめ!今入ってはっ」
その瞬間、部屋の中に満ち満ちていた光が弾けるように霧散した。
弾けた勢いで、私と兵士は勢いよく後方に吹き飛ばされた。
「大丈夫か!?」
儀式を部屋の外から見ていたアルデロスが駆け寄ってくる。
片手を床につきながら、ゆっくりと起き上がり、大丈夫だと知らせるように手を振った。アルデロスはその手をとり、私を立ち上がらせた。そして、倒れている兵士に怒鳴った。
「馬鹿野郎!!王が儀式を行っている最中は王以外入室してはいけないのを忘れたか!!!おかげで頼み綱だった儀式が失敗したじゃないか!!」
「も、申し訳ありません!」
兵士は片膝を床につき、深く頭をたれて謝罪した。
「アルデロス、それぐらいで許してあげてよ。彼も必死だったのよ・・・」
肩で息をしながら、呼吸を整えようとしていた私は、アルデロスの袖口を引っ張りながら訴えた。
怒りに震えながらも、彼は私を一瞥すると、諦めたかのように舌打ちをし、私に背を向けた。
私はその背に向かって、心の中で礼を言った。
そして、震えながら跪く兵士に近寄った。
「・・・国を想っての行動だったのですから気に病むことはないです。顔を上げて下さい。」
「しかしっ」
「私は大丈夫です。それよりも、あなたは下にいるジールの指示に従って下さい。私はこれから儀式の仕切り直しをします」
兵士は強く唇を噛みしめると、私を見上げた。
「さぁ、早く」
それがきっかけとなったのか、兵士は再び一礼すると素早く立ち上がり部屋を出て行った。
ふぅっと息を吐く私を見て、アルデロスが呆れた視線を投げかけてきた。
「で?どうするつもりなんだ?」
「どうするって・・・もう一度儀式を」
「無理だ」
「なんですって?」
難しい顔をしてアルデロスは台座に置いてある《宝玉》を見つめた。
「もうあそこには神を感じない。あいつら儀式が崩されたのに驚いて神域に逃げやがった」
ちっとまた舌打ちをした。
神を感じない?どういうことだ。
私は焦って《宝玉》に近寄った。すると、彼が言った通り、先ほどまで痛いほど感じていた視線のような力のようなものが全く感じなくなっていた。これはただの抜け殻だ。それはわかった。
「神域って?」
「・・・神ってのは通常《宝玉》から生まれ、眠りにつくのも《宝玉》だ。だが、それとは別に神だけが入れる異空間のような場所があるんだ。その異空間こそ神域だ。そして、地上にはそこに行くための社がある」
「つまり、神々は神域にいて、地上からはその社からしか行けないのね。なら話は簡単ね。私がその社を通して神域とやらに行って儀式を行えばいい。社はどこなの?」
アルデロスは少し驚き、後ずさった。先ほどまで王になることを拒んでいた少女には見えなかったのであろう。
「社はヒディアを出て西へ向かった森の中の洞窟にある。いや、ちょっと待て。1人で行くつもりか?」
西と聞いていきなり歩き出した私の腕を掴んでアルデロスは言った。
「そうよ!今のこの状況下では余分な兵力は割けられないでしょ。大丈夫よ、ただの貧乏人に見えるわよ」
「馬鹿か!自分の姿をよく見て見ろ!!」
彼の言うことが理解できず、首をかしげた。すると、彼は魔法で小さな手鏡を生み出し、私に差し出した。
それを覗き込んだ私は驚愕に目を見開いた。
「な、紅い!?」
そこには炎のように紅色に染まった髪と瞳を持つ少女が映っていた。灯りに照らされて、鮮烈に光る。
「どういうこと?」
儀式は成功しなかったはずなのに。鏡の中の紅い瞳が混乱に震えた。
「中途半端に成功していたみたいだな。お前の中のレビウスとしての力を目覚めさせることには成功したが、神を従えるまでには覚醒しきっていないということだ」
面倒なことになったと、アルデロスは頭を乱暴にかきむしった。
「そんな・・・」
どうしたらいいのだろう。こんな姿ではすぐに私がレビウスであることがバレてしまうことだろう。それでは社までたどり着けない。鏡を無意識に握りしめる。炎のように紅い髪と瞳は、今はまるで力を得ていないかのように迫力に欠けていた。
髪を持ち上げてみると、根元まで見事に染まっていた。ふいに、鏡を取り上げられる。
「外見を誤魔化すくらいは出来る・・・か」
小さく呟いた後、アルデロスは鏡を一瞬で消してしまい、その代わりに長方形のガラス細工のドロップケースを取り出した。
中にはキラキラと七色に輝くキューブが3つ入っていた。カランッと乾いた音をさせて、アルデロスはドロップケースを私に差し出した。
「なに?」
受け取りながら尋ねる。
「これはお前の姿を、儀式を受ける前に変えてくれるドロップだ。1個で30分はもつだろう。その目立つ姿を隠してやる」
光を反射し輝くそれを私は1つ取り出した。
「いいか、そのドロップのもつ時間しか俺は手助けしないぞ。他国の事情にこれ以上手を貸したらルール違反。国際問題になりかねないからな」
腕組みしながら、アルデロスは憤然と言い放った。
何だかそれが可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「べつに、助けてくれるんだなと思って。反対しないの?1人は危ないとか」
瞬間、アルデロスの眉間にしわが増える。
「そもそもこれはお前の国の問題だ。反対する権利を俺は持ち合わせない。お前がやると決めたなら俺はそれを助けるだけだ」
アルデロスはそれでけ言うと、踵を返し部屋を出て行った。
広い部屋には、私1人となった。途端に、どうしようもない空虚さが襲ってくる。
どうしよう、このまま本当に1人で社に向かうのか。今ならばアルデロスに同行を求めることも出来る。
七色のドロップを見つめ、ゆっくりと息を吐く。ドロップを持つ手が微かに震えていた。
「はっ!・・」
今更何を怖がっているのだろう。何を迷っているのだろう。
震える手を鼻で笑い飛ばし、ドロップをきつく握りしめた。そして、勢いよく口の中に放り込んだ。
七色のドロップは、ごく普通の味がした。甘いシロップ味でそこにほんのりと苺とオレンジの味と香りが混ざる、市販の飴と寸分違わない味がした。青海ではないというのに、この味を再現できるなんて信じられなかった。
美味しさと懐かしさを噛みしめていると、程なくして体に変化が表れた。
まずは髪だった。生え際が妙に痒みを帯びだし、次第に掻き毟りたいほどになったのだ。ざわざわと髪が根元から生え変わるような、そんな感覚が髪全体に走る。私は体をびくつかせながらもそれに耐えた。
最後は瞳だった。まるで瞳の奥から物凄く眩しい光を放射されたかのような、瞳が一気にカッと熱くなり、耐えられず私は瞳を強く瞑った。
熱さが去ったと感じた後は、何度か瞬きをして、瞳に異常がないかを自分で確認をした。
異変が収まったところで、再び鏡を見た。
「すごい」
なるほど、姿は以前の私と寸分変わらない。流石は魔術の神だ。
これなら問題ない。私は拳をギュッと握りしめ、神のやしろに急ぐべく、部屋を飛び出た。
城を出ると、そこは既に戦場だった。
調理場の勝手口からこっそりと出てきたため、戦闘の真っ只中には遭遇しなかったのが救いだった。
見たところアノンの武器に銃器は無さそうだった。皆剣を使って戦っていた。主に長剣を使う兵士が目立っていた。本物など見たことなかった私にとってそれはどこか現実離れしたものだったが、剣にべっとりとこびりつく血が、その物の本来の使用方法を私に思い出させた。
一方、対するオーガス軍は剣だけでなく飛び道具を使用していた。
グリップの先に矢じりのついた妙なその武器は、兵士が振りかぶると同時に勢いよく伸びたのだ。鞭のようにしなやかに振り、相手に向かって振り下ろす。これでは近寄らずとも攻撃されてしまう。
(このままじゃっ!)
恐怖と焦りを同時に感じつつ、何も出来ない自分が歯がゆかった。
大通りは戦闘中のため通れない。私は仕方なく城壁に沿うように大きく迂回し、走った。
都市の地図すら見たことのない私には路地を進む選択肢は無かった。
とにかく走り続けるしかない。
一心不乱に、髪を振り乱し、制服が汚れるのも構わずに走り続けた。
そのうちに私は炎の森にたどり着いた。
見つからないように走っていたため、思わぬ時間をくってしまった。
しばらく進んだところで休憩をとる。木の幹に片手をつき、息を整えた。大きく胸を上下させるほど息が切れていたが、あまり休む時間はない。一刻も早く社に行かなければならなかった。
こうしている間にもアノンの人々は殺されているかもしれないのだ。そう思うと胸の奥が痛んだ。
急ごう。今出来ることはそれだけだ。
私は再び走り出した。気持ちの良い木漏れ日の中を疾走する。さらさらと鳴る葉音はどこか現実味を帯びていなかった。
少し進んだところで、私は近づいて来る足音に気がつき足を止めた。
ざっ、ざっ、と隊列をしっかりと組んだその足音は、どう考えても一般人のものではない。
大きな木の陰に生い茂る草むらに身を潜め、様子を伺った。
ほどなくして黄色と黒の虎模様の甲冑に身を包んだ兵士の隊列が通りかかった。
不気味とも思えるその姿は先程王都で見た、オーガス軍の兵士だった。
10メートルほど離れた位置を20名程度のオーガス軍隊が進む。握る手のひらはじんわりと汗ばんだ。
あのような少数部隊がいるとなると、他にも部隊がどこか別の場所を進んでいると考えるのが妥当だろう。
私はそのまま草むらで息をひそめ、部隊か通りすぎるのを待った。しんがりを務めていた一人の兵士がキョロキョロと注意深く辺りを見回す。異常がないか見張るその視線から逃れるように、私は潜む草むらにさらに体を沈めた。
やがて、部隊は何事もなくその場を通りすぎた。ほっとし、私は肩の力を抜いた。
危なかった。見つかっていたら大変なことになっていただろう。
今のうちにさっさと社に向かってしまおうと歩き出した時だった。
「いたっ!」
「ぎゃっ!」
ものすごい勢いで腰の辺りに何かが突進してきた。一瞬息がつまり、悶絶する。
いったい何がと、痛む横っ腹を擦りながら顔をあげると、そこには私同様に頭を痛そうに抱えている少年がいた。
ボロを纏った少年は、ボサボサで手入れされていない栗毛を乱暴に掻きむしった。掻きむしりながら少年が顔をあげ、当然のように私と目があった。
少年は一瞬固まると、すぐにはっとし、何やら私に叫んだ。
「×××××××!」
「えっ?何?何て言っているの??」
言葉がわからず、混乱していると、少年のすぐ後ろの草むらからオーガス軍の兵士が現れた。
「×××××、×××!」
オーガス軍の兵士も何やら私に問いかけてきたが、残念ながら言葉が解らなかった。どうやらオーガスとアノンでは言語が違うらしい。いや、でも今はそんなことどうでもいいんじゃなかろうか。
突然の敵兵の登場に、私は酷く動揺していた。兵士は私のことはとりあえず置いておくことにしたらしい。少年の方に矛先を変えていた。少年の胸ぐらを掴みあげ、顔を近づけ怒鳴り散らしている。少年は眉間にしわを寄せ、歯を音がするほど噛みしめ、耐えていた。
オーガスの言語を話す少年が何故自国の兵士に追われているのかはわからなかったが、助けねばという気持ちに自然とかられ、気がついたら体が動いていた。
「何してんのよ!」
オーガス兵の横っ腹に体当たりし、体勢を崩させ、少年を自分に引き寄せた。
少年は酷く驚いた様子で、私の腕の中におさまった
突如攻撃されたオーガス軍兵士は、少年を奪った私をじろりと睨んだ。
「オマエ、アノン」
片言だが、私に理解出来る言語を発した。恐らく、私にとって日本語のように聞こえているのがアノンの言葉なのだろう。さすがに、隣国の言葉くらい解るといったところか。
「だから何、私は一般人。あんたこそ何で自分の国の子を苛めてんのよ!理解出来ないわ」
ぎゅっと、少年をしっかりと抱き締めた。
「ソイツ、ウラギリモノ。シマツスル。オマエ、ジャマ」
そう言うと、兵士は左腰にぶら下げていた剣をゆっくりと抜き、私の方へと近づいてきた。
まとめて始末する気か。
怖くないと言えば、嘘になる。剣先は私に真っ直ぐ向き、貫くのは今かと待ち構えているようだ。
少年が腕の中で身動いだ。私がみやると、少年は真剣な眼差しを向けてきた。
「お姉さん、逃げないの?」
「君っ」
「僕はどっちの言葉も話せる。お姉さん、逃げて。僕はしくじったの、始末されて当然なんだ。だから逃げて」
少年は私の腕を無理矢理どかし、大きく私の前で両手を広げ立ちふさがった。
何故少年が私を逃がそうとしているのかわからない。困惑しながら、私は少年を見ているしか出来なかった。彼の手が小さく震えていた。その表情はここからでは見えないが、恐らく頑なな表情をしているに違いなかった。
兵士が少年のすぐ前に立ち、大きく剣を振り上げた。
足が動かない。助けねば、逃げねば、2つの命令が私の中で反響する。
ただ、ただ、剣先から視線が外せない。
その時だった。瞳の奥がまるで燃えるように熱くなり、視界がパッと明るくなった。
瞬間、そこには火だるまになり、苦しげに転げ回る兵士の姿があった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うそ・・・」
火はさらに大きくなり、やがて、兵士は全く動かなくなった。
辺りは静まり返り、そこには私と少年、そして黒く炭へと姿をかえた兵士の遺体だけが残った。
「は・・・はっ・・・」
息が、呼吸がうまくできない。
大きく吸っているのに、どうしても空気が体に入ってこない。苦しい。苦しい。
どうにかなってしまう。
「お姉さん!しっかりして!!・・・レビウス女王!!!」
両肩を力強く掴まれ、私ははっとした。
顔をゆっくりとあげる。
心配そうに見つめる少年と目があった。
「だめ!」
すばやく視線をそらした。すると少年は大丈夫だと言い、私の頬を撫でた。
「だいじょうぶじゃ・・」
「平気。だって貴女は僕を敵と思ってないもの」
優しく、今度は頭を撫でられた。
「どういうこと?」
「僕、ずっとオーガスに潜入してたんだ。そこで、色々知ったよ。アノンの女王は敵を灰にする恐ろしい力を持っているって」
「ちから・・・」
「うん。でもあくまでも敵に対してそれは発動される。女王がそう思ってなければ発動しないってオーガスの奴らは言ってた。だから、大丈夫。レビウス女王、貴女は僕を燃やさない」
にっこりと少年が微笑んだ。
そして、立つように私を促した。
私は大人しくそれに従った。足元が少しだけふら付いた。
「しっかりして、女王様。社に行くんでしょ?この先をまっすぐ行ったところだよ。さ、行って」
「・・何故、なんでそんなことまで知っているの?」
私の問いかけに対して、少年はただ微笑み、私の手を優しく握った。
「色々知ったと言ったでしょ?」
ミステリアスなその微笑みだけを残し、少年は私の前から煙のように姿を消した。
呼吸はいつの間にか、戻っていた。
ゆっくりと深呼吸をする。瞳を閉じ、落ち着かせた。そして、少し危なげな足取りで歩き始めた。
人を殺した。
助けるためとはいえ、私があんなにもあっさりと殺した。
小刻みに手が震えている。
私という存在はなんと変わってしまったのか。この妖艶とも思える紅にはそれほどの恐ろしい力が宿っていた。ドロップの効果を自ら破り、力を発動させたその姿は、少し黒混じりの茶髪から妖しげな紅い色に変化していた。
歩く度にふわふわと揺れ、嫌でも視界に入ってくる。
「まるで、血を被ったみたいね」
自虐的に呟いた。




