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テイマー  作者: はるな
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3章 レビウス2


それから私達は休まず歩き続けた。


炎の森は意外に狭く、1時間程歩いたところで森の終わりが見えてきた。


紅い葉で出来たアーチをくぐると、その先には街が広がっていた。


「すご・・・」


「王都ヘキア、その東地区ヒディアだ。ここはアノン伝統の建築方法がまだ残っている地域だな。大抵の街が隣国の技術を織り交ぜているのに対し、ヒディアはレビウスへの忠誠心の深さからアノンの伝統を第一に守る傾向がある。それに、オーガスに面している地区でもあるから、常時ここの検問は厳しい。ヘキアの中で一番警戒心の強い地区だ」


だいぶ日も落ち闇色が迫る中、その街は煌々と輝き続けていた。素朴なレンガ造りの家家が立ち並び、また、その中には石造りの尖塔がいくつかそびえたっていた。そのどの建物の窓からも、松明や蝋燭いったものの光が溢れている。それが多く合わさり、まるで青海の眠らぬ街のようだと思った。


しかし、何よりも気になったのは、その街の先に見える巨大な建物だった。


「あれが・・・」


「そう、あれが王城コーデルト城だ」


王城。この国の王が住まう場所。確かに、それに相応しいと答えざるを得なかっ

た。街の尖塔の倍はあるかと思われる程の高い塔が何十棟も立ち並び、中心である本棟を囲んでいた。街の外周にある城壁と同じく、各塔の途中には鼠返しのような縁があった。しかし、それが雰囲気を損なわぬくらい、城全体のデザインは天目がけてまっすぐ突き刺すような攻撃的で実戦的なものだと思った。さらに驚いたのは、その城を創っている石の色だった。炎により近い紅。さながら、燃え盛る炎のような城、それがコーデルト城だった。


しばし圧倒され呆然と見ていたけれど、よく見ると城がどこか冷え切った空気に包まれているように感じてきた。


「なんか・・・」


「城が元気ないって感じ、だろ?それはそのはずだ。あそこに今は主であるレビウスがいないからだ。主のいない城は朽ちていくだけだ。だから、新しいレビウスが即位さえすれば、以前のような活気を取り戻すことだろう」


アルデロスと私はヒディア内部へと足を踏み入れた。


外からでは解らなかったが、中は随分と閑散としていた。かろうじて食堂などが開いているだけで、その他ほとんどの店が休業の看板を出している。人っ子一人歩いておらず、時々見かける人間も、軍服を着た兵士ばかりだった。王が不在、そして戦争状態。それだけでここまで活気のない街になるのだとなんとも言えない気持ちになった。


人目を避けながら歩き続け、やがて私達はコーデルト城の正門にたどり着いた。

門の両端には厳つい表情の兵士がそれぞれ立っていた。アルデロスはその内の1人に近づき、何か小声で耳打ちした。途端に兵士は驚きたじろいだ。そして少し遠慮がちに私の方をちらりと見た。じろじろと眺めた後、承知したというようにアルデロスに頷き、速足で開閉機のある小屋へと姿を消した。まもなくして、重い鉄門が緩やかに開いた。


それを見届け、アルデロスが私の元に戻ってきた。


「行くぞ」


「え、入っていいの?」


「当たり前だろ。お前の城だぞ」


そう言うと、アルデロスはすたすたと城内に入って行った。


なんとも遠慮なく他人の城に入る奴だな。それだけ同盟関係は良好なのだろうか。


少々疑問に思いつつ、私は慌ててアルデロスの後を追って城の中へと入った。


正門から城への道は、その両側を兵士を模ったブロンズ像が飾っていた。まるで訪問者を威圧しているかのように、兵士の瞳は鋭く厳しい。少しばかり緊張しつつ、私は先を進むアルデロスを一歩遅れて追った。


古めかしい音と共に、3メートルはあるかと思われる大扉が開かれた。2人で中に入ると、そこはだだっ広い玄関フロアであった。


床には真っ赤な絨毯が敷かれ、壁にはアノンの国旗と思われる竜と炎の鳥のタペストリーがいくつも垂れ下がっていた。部屋の中央には次の階への大きな階段があった。その階段の前に、1人の老人がこちらを向いて立っていた。


「お待ちしておりました。陛下、そしてアルデロス様」


小柄なその老人は純白のローブに身を包み、優しげな笑みを浮かべた。ローブには、背中に大きく赤色で国旗が描かれている。光の加減から見るに、上等そうなローブだ。ただの老人ではないというのは一目でわかった。


「遅くなってすまない、ジール。道中オーガス軍を避けながら来た影響で時間をくってしまった」


ジールと呼んだ老人に近寄り、アルデロスは親しげに彼の肩を叩いた。


状況が読めず困惑していると、ジールがアルデロスの肩越しにこちらを覗いてきた。ばっちりと目があい、少し動揺した。


「あの・・」


「紹介するよ。こちらは第3000代アノン宰相を務めるジール・リー・アークだ。ジールはレビウスの片腕とも言われていた凄い人なんだぞ。とはいっても、俺よりお前の方が詳しいか」


「全く凄くなどございませんよ、アルデロス様。片腕というのも、先代のレビウス様がお気づきにならなかった辺りを少々お手伝いしていたに過ぎません」


照れたようにジールは笑った。それから、彼は私の方に向き直ると改めて一礼した。


「本当にお久しゅうございます、陛下。お戻りになられて真に嬉しく存じます」


あまりの丁寧さに、なんだか罪悪感が生まれた。


「初めまして、新島空といいます。あの、喜んで頂いているところすみません。私、皆さんが言うようなレビウスとしての記憶が全くないんです。だから、その、もしかしたら人違いかと・・」


「え?」


驚き、ジールは瞳をぱちくりさせた。


「私、王様ってがらでもないし」


「そんなことはございません。これほど先代に似て美しいお方がレビウス様でないはずがございません!」


強く言い切ると、ジールは私の両手をしっかりと包み込むように握った。


「それになによりも、スノウ様とアルデロス様がこうして連れてきて下さった。これこそ、貴女様がレビウス様であるという証拠に他なりません。ですから、貴女様は正真正銘我国の王、レビウス様なのです」


暖かなその手は、同時に力強い意思を持っていて、驚いた。


私が固まって動けないでいると、痺れを切らしたアルデロスが肩をすくめながら近寄って来た。


「まぁ、その辺にして。さっさと儀式の方を済ませよう。オーガスもいつまで静観してくれているかわからんしな」


「え、は?儀式??」


「そうですな。早速、炎妃の間へ急ぎましょう」


さぁさぁと背を押されるように、私はわけもわからないまま炎妃の間へと連れて行かれた。


炎妃の間は、本棟の4階中央の大きな部屋だった。不思議だったのが、この扉には取っ手が無かったことだった。3mはあるかと思われる扉を見上げる。そこには不可解な紋様が書かれていた。黒一色の扉、そこに中央に向かって螺旋を描く竜と鳥が掘り込まれている。


「これは・・?」


「ここがこの城の中心部、炎妃の間です」


そっと扉に触れ、ジールは小さく息を吐いた。


「この扉はアノンの女王であるレビウス陛下しか開けることが出来ません」


「レビウスしか?」


「はい」


炎を吐く竜を指でゆっくりとなぞる。


「歴代のレビウス様のみが開くことが出来るこの部屋には、文字通りアノンの心臓があります。それは《宝玉》と呼ばれるものでございます。各国にそれぞれ国の象徴ともいえる神々がいらっしゃるのはご存じかと思います。その神々の卵ともいえるのがこの《宝玉》なのです」


ジールは扉から私の方に振り返り、深く一礼した。


「陛下、どうか今再びこの扉を開き、神々に王がお戻りになったことをお知らせ下さいませ」


「知らせるって、どうやって?」


動揺し、鼓動が早くなる。


「扉にお手を触れるだけで結構です。それで扉は主が帰ったことを認識し、自ら封印を解除することでしょう」


それだけ言うと、ジールは扉から数歩離れた。隣を見ると、アルデロスも扉から距離を取って立っていた。


厳かな扉の前には、平凡な少女が1人だけ。


どくどくと、心臓が強く脈を打っているのがわかるくらい緊張した。どうして私が、とか、本当に開くのか、とか色々な疑問が頭の中を飛びかった。胸の内がぐるぐるとして、眩暈がする。自然と、右手を心臓の上に置き、ゆっくりと息を吐いた。


少し、気持ちが落ち着いた。今はどうしてとか、考えるのはよそう。考えたところで答えは出ない。私はその材料を持っていないから。だとしたら、今の私に出来ることは、ここにいる彼らの言う通り期待に応えることだけだった。


そっと扉に近づく。恐る恐る右手をのばした。指先から順に触れる。ひんやりとした表面をなぞるように滑らせた。その途端、触れたところから徐々に扉全体に広がっていくように光が紋様の上を駆け抜けた。


「きゃぁっ!何!?」


ぱっと手を離し、急いで後ずさる。


光は紋様全体に広がりきると、さらにその輝きを増した。白光色だった光は徐々に赤く色を変えていく。そして、目を開けていられない程の光に私は顔を背けた。


ガコンッ・・・


何かが外れる音が響き、光は徐々に小さくなっていった。


恐る恐る視線を扉に戻すと、扉が観音開きの如く薄く開いているのが見えた。


「・・・開いた」


「口では否定しても、やはりレビウスだったか」


びくりと肩を振るわせる。腕組みをしたアルデロスが満足げに近寄って来た。

ムッとし睨みつける。しかし、彼はそれをさらりとかわすと片手で扉の縁を持ち、さらに開けた。


「さぁ、あの兄弟を起こすとするか」


「兄弟?」


「ああ。アノンの神は炎と風を司っている。その二人は兄弟の契りを交わした仲なんだ」


「兄弟・・・」


正直、神様にそういった感覚があるとは思わなかった。少しだけ、驚いた。


「炎の神が兄であるゴウ、風の神が弟のコウだ」


中に入りながら、大人しく解説に耳を傾ける。


「ゴウは竜、コウは2対の羽を持つ鳥の化身だ。ゴウは非常に真面目な青年だよ、まぁ真面目過ぎるぐらいだが。だが、身の内には強い情熱の炎を秘めている。対して弟のコウは悪く言えば不真面目な超ポジティブ少年だ。でもその明るい態度の裏に繊細な程の優しさが隠れている。そんな神々だ」


アルデロスは前方を指さし、立ち止まった。


「見ろ、あれが《宝玉》だ」


指した先には石造りの立派な台座があった。台座の上には2つのソフトボール程の大きさの玉が納められていた。1つは紅く、1つは空色だった。


私はジールに促されて、台座の前へと歩み寄った。


「代々、女王レビウスとなられる方々は皆、この部屋へと赴き儀式をされます。それを帰還の儀といいます。帰還の儀とは、女王が《宝玉》の前にて自らの青海名と王名を名乗り、国に帰還したことを神々の前で宣言する儀式のことでございます」


ジールは《宝玉》を見つめ、語った。


「そして、儀式が成功した暁には、女王の瞳は敵を一瞬で灰にする紅き瞳に、髪は紅蓮の炎の如く深い赤色に染まります。また、その体は炎と風の加護を得て、今後その2つの要素によって死ぬことはなくなるのです。その姿がアノンの王としての象徴となるのでございます」


話し終えると、ジールはこちらを向いた。その瞳は酷く真剣で、力強くて、私の心を揺さぶった。


でも・・・


「あの、ジールさん」


「はい」


「申し訳ありません。私、女王にはなれません」


「え!?」


ジールの瞳が大きく見開いた。


私はしっかりとジールの方を向き、目を見て言った。


「すみません。私はただの高校生です。いくら扉が反応しようが、顔が似ていようがそれは変わりません。私は青海に帰ります」


はっきりと口にして、改めて思う。私、帰りたいんだ。あの世界に。学校に居場所が無くても、両親との絆を感じなくても・・・あそこは私の育った世界だから。


「・・・どうやって帰るつもりだ?」


黙って見ていたアルデロスが怠惰そうに尋ねた。


「それは、これから考える」


「考える時間なんてないぞ」


「え?」


くいっと顎で廊下をさしてきた。


(外を見ろってこと?)


速足で廊下に出て、窓の外を見た。


「・・・嘘」


そこは先程までのただ活気のない街ではなかった。


そこかしこから炎が上がり、遠くの大地では爆発まで起こっていた。人々の悲鳴が微かだが確かに聞こえた。


「どうして・・・」


「スノウの来訪を聞きつけたオーガス軍が強行突破してきたんだろう。まずいな」


隣に来たアルデロスが苦い顔をする。


追って出てきたジールも驚愕していた。


「なんということっ!ただちに戦線を立て直し応戦致します!」


そのままジールは下の階へと走り去っていった。


その間にも炎は大きく燃え盛り、血の香りまで漂ってきた。


「うっ・・・」


香りによる吐き気が襲ってきた。それと同時に、人々の悲鳴が全身を稲妻のように貫いていく。


苦しい・・っ痛い・・・!助けてっ!!


言葉がそのまま私を攻撃する。こちらまで同じにしようと言わんばかりに。


蹲った私の背を、アルデロスがそっと撫でた。


「あの悲鳴はお前の民のものだ。だから、その痛みも当然お前のものでもある。受け止めろ、そして考えろ。彼らを救うにはどうすればいいかを」


痛みで薄れていく意識の中で、アルデロスの声はひどく明瞭に聞こえた。


「アノンが防戦一方なのは王がいないからだ。神々の恩恵なくば戦は勝てない。お前が帰還の儀を行えば、オーガスは恐れをなして撤退するはずだ。だから・・・」


だから、王になれ。


覚悟を決めろ、そんな風にも聞こえた。


私が王様?信じられるわけがない。これまでの人生一度だって主役だったことなんてないのだから。


皆の物語を外から見てるだけの存在。それで十分だった。それ以上なんて必要ないし、望んでなかった。


なのに、なんで今、こんなことになっているんだろう。


震える両手で、自分の肩をぎゅぅっと掴んだ。


この手にいったい何人のアノンの人々の命がかかっているのだろう。


痛みが再び襲ってくる。今のは恐らく1人の命分の痛みだった。そう思うと、とたんに怖くなった。


多分、黙っていれば私は襲われない。でも、でもそれによって彼らはどんどん殺されていってしまう。


とっても、怖かった。


『怖いか・・・?』


(うん。怖い)


『逃げたいか?』


(出来るなら、そうしたい。だって、私ここの人間じゃないもの)


心の中で声が語りかけてきた。静かで、どこか懐かしい声。


『お前は真にこの世界の住人だ。魂がここで生まれているのだから』


(でも、それは新島空ではないわ。空は青海で生まれたの。ここじゃない)


きゅっと目を強くつむる。


『それは肉体の話だ。肉体など大した意味は持たない。大切なのはその心、魂だ』


(魂・・・?)


『そう。そなたの魂はここで生まれた。それだけでもう、そなたはここの住人だ。ここで起こったこと、これから起こること、それらから目を背けることは許されない』


(随分と勝手ね)


『・・・すまない』


(何故謝るの・・・・?)


『理由はいずれわかる。だが、これだけは理解しろ。そなたが選ばなければ多くの命がなくなることを』


声はそこで途切れた。


決めるのはお前だ。そう言われた気がした。


痛みはやまない。それどころか増している。


突然、脳裏にビジョンが浮かんだ。


アノンの人々が逃げまどい、追いつかれ、真っ二つに切り裂かれる姿が。


頬を冷たい何かが伝い、流れ落ちた。


泣いている。そう自覚した時には、ぼろぼろと涙が止まらなくなっていた。


それは空であったなら感じない感情。私が私でなくなっていく衝動。


ゆっくりと立ち上がり、炎妃の部屋へと戻る。そして《宝玉》に向き合った。


そして、一呼吸おき、口を開いた。


「我が名はアシェリア・ウインド・アーカライト・レビウス。青海での名を新島空。炎と風よ、再び我に従い力をしめせ!!!」



瞬間、《宝玉》が輝きだし、強烈な光が部屋中を包み込んでいく。


目がかすみ、意識が遠のいていく・・・・



こうして私は、レビウスとして一歩を踏み出すこととなった。



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