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テイマー  作者: はるな
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3章 レビウス1


あんな出会いのせいなのかしら、


今でもわからない。


何故だかわからない、


わからないけれど、だけど、私は――





爽やかな朝だ。うん、良い朝だ。


小鳥のさえずりは心地よいし、キラキラと木々の合間から溢れる木漏れ日は暖かくて気持ちが良い。


にも関わらず、こんな気持ちになってしまうのは何故だ。


原因はわかっている。


ちらりと隣を見やる。


そこには出会った時と同じ、ボロボロのローブにくるまり横たわるアルデロスの姿があった。


こちらには背を向けて、スヤスヤと眠っている。昨夜夜通し歩いたのだから疲れているはずなのに、その寝顔からはその疲れは感じられなかった。旅慣れしていたのだろう。


アルデロス、マラスという国の魔術の神。私が知っているのはそれだけ。


はぁ、とため息をつき立ち上がった。伸びをして、凝り固まった筋肉をほぐしていく。


私、新島空は昨夜異世界に連れて来られた。スノウと名のる天使によってアノンという国に拉致され、その上貴女はここの女王だと言われたのだ。正直まだそこまで信じてはいない。だってそうではないか、急に別世界に連れて来られたのだ、なんて信じられるわけがない。


しかし、私は昨夜アルデロスの使う魔法をこの目で確かに見て、体験もした。そこまでされてやっと、ほんの少しだけ信じてみようという気になったのだ。


だがしかし、起きたら夢でした!となるかもしれない、と淡い期待を持ってもいいではないか。ま、実際そんなわけがなかったわけだが。


「ん、起きてたのか?」


アルデロスはそう言うと起き上がった。そして、私の顔を見て一言。


「何睨んでるんだ?」


「別に。おはようございます、アルデロスさん」


「おはよう、レビウス。アルデロスでいいぞ。なんかその顔でさん付けされると変な感じするし」


「あっそ。では、アルデロス、早速だけどレビウスって呼ばないでくれる?私の名前は新島空よ」


つんとした態度を貫く。


対するアルデロスはというと、不思議そうな顔でじろじろと見てくる。


「なんで、レビ」


「空よ」


「レ」


「空!」


間髪入れずに言い返すと、アルデロスは諦めたように息を吐いた。


そのまま何も言わず彼は立ち上がると、周囲を見渡した。


「もうすぐだ。もうすぐ戦闘区域を離脱するから」


先ほどとはうって変わった真面目な顔で告げた。


私は、こくんと1つ頷いた。


そう、私たちは昨日、隣国オーガスとの戦闘区域、その中心である街・エルドランにいた。オーガスとは音と雷を司る国で、大変攻撃的な国としても有名らしかった。アノンとは永きに渡って争ってきたが、先王が亡くなってしばらくは戦闘もなかったという。


しかし最近になり、再びその火蓋は切って落とされた。


始めは国境付近だけの小競り合いだったが、やがてアノン勢が押し負けると、これ幸いと攻め混んできたのだ。街の住人は既にほとんどが脱出したと聞くが、実際には逃げ遅れた人々の大多数が既に死体と化していた。オーガス軍が通りすぎた後であったため、私たちは特に苦もなくそこを通り過ぎ、炎の森へと進めたのだ。


しかし、そこでも予想は裏切られた。部隊の幾つかが炎の森の中に駐屯していたのだ。


見つかればただではすまないのは、さすがの私でも理解できた。私達はこっそりと先を急ぐこととなった。


当初、私はある疑問をアルデロスにぶつけた。


「あなた、魔法使いなのよね?」


「正式には魔術師な。それがどうした」


訝しがる彼に私はムッとしながら言った。


「呼び方なんてどうでもいいでしょ。・・・移動魔法とかないの?箒に乗ったりとか」


魔法使いといえば便利な《魔法》。その中でも箒に乗っての移動手段は少し憧れてもいた。


それを使えばひとっ飛びなのでは?


正直に言うと、彼は一瞬きょとんとした後、突然大きく笑い出した。


「な、何よ。そんな面白いこと言ってないわよ!」


「ははは・・・ごめ・・はは・・・」


堪えきれないといった風に笑いこけるアルデロスをはり倒したくなるのを我慢し、先を促した。


「あー面白かった・・・。いやさぁ、一口に魔法っていっても色々制約があるわけよ」


「制約?」


「そ。ここは俺の国ではない。他国での魔法行為はかなり制限されるんだ。主に

行使するには主である自国の王とスノウの許しを必要とする。で、今回俺はお前を王都へ送り届けるという命を受けている。だからそれに見合った魔法しか行使することを許されない。さらには、ご丁寧にも主から必要以上の魔法行為をしないようにと言い渡されていることもあって、俺は高位魔法である移動の術を使えないと、こういうことだ」


ご納得?と指さされる。


私は無言で頷き、今に至る。


なんだ。つまり、魔法とやらも存外役立たずだ。


そのおかげで、私は危険な戦闘区域を夜通し歩くはめとなったのだ。


ぐぅ・・


「あ」


うっかり気が抜け、腹の虫が鳴いてしまった。


気まずく視線を足元に落としていると、アルデロスが笑う気配が伝わってきた。


「・・・・私は一般人なの、お腹だって空くのよ」


「神だって腹はへるさ。何か食べよう。移動するのはそれからだ」


嫌味も軽く受け流し、アルデロスはキョロキョロと森の中を探索しだした。まさ

かと思うが、食糧を現地調達するつもりなのだろうか。


炎の森はその名の通り全体が赤い植物によって形成され、まるで炎を真似たような森だった。形はメロンのようなのに真っ赤な実や、枝や葉がうねるように伸びている植物、その上翼が燃え盛る炎で出来ている鳥の群れが頭上を飛んでいた。温度は軽く30度はいっているのではないかと感じるくらいの暑さで、少しくらくらする。炎の神が住まう地であるというが、あながち嘘でもなさそうだった。


ブラウスの襟元を少しはだけ、ぱたぱたと扇ぎながら、私も食糧になりそうなものを探した。



 期待はしていなかったが、あそこまで食べ物がない森だとは思わなかった。


あれから私たちは1時間ほどかけて果物と思しき食べ物をやっと4つ手に入れた。


他にも実はあったのだが、食べられたものではなかったのだ。


この世界の住人であるアルデロスに頼って探していたのだが、予想外にも彼はアノンの食物には詳しくなく、はっきり言って役立たずであった。


朝食を食べた私達は、再びヘキアに向かって歩き出した。


赤茶色の大地をひたすら前へ進む。その間、お互いに口はきかなかった。ここがまだ戦闘区域の中であるからというのもそうだが、ひとつに、私はまだこの男を信用してはいないからだ。


いくら同盟国とはいえ、ここまで親切に世話をしてくれるのは少々度を超えていると感じていた。まだ、話していない訳がありそうでならなかった。


 アルデロスは鋭い目で周囲を見ながら、注意深く先をいく。その表情からは敵か味方か判断は出来ない。汗1つかかず、颯爽と歩く姿は様にもなっていた。


 夕刻、道とも言えぬ道を進み続けた結果、私達は少し開けた場所に出た。


「ふう、これで一安心だな」


腰に手をやり、アルデロスは微笑んだ。


「戦闘区域を出られたの?」


「ああ。ここから先はまだ国際法的にも戦闘を行ってはいけない地域になる。その証拠にここからの道はよく整備された広めの公道になってるし、番人もいる」


そう言って、目の前にそびえ立つ大きな木を指さした。


赤々とした葉がたっぷりと繁るその木は、樹齢何百年かと思わせる程立派な幹をしていた。柔らかそうな葉はやはり赤い、しかしどこか暖かな赤、例えるなら冬の暖炉の火を思わせる色だった。


ただ、


「番人?」


「もし、法を破ってこの地域で戦闘を行った場合、スノウから直接裁きを受ける

羽目になるわ、経済的抑圧を受けることになる。だから、大抵の輩はここでは戦闘をしない。ここは神の社のある大切な場だしな」


私の呟きはあっさりと無視される。


アルデロスはその後も様々な制約についてつらつらと述べていたが、私は目の前

の木から目が離せなかった。


風が吹く度に揺れる枝葉は、ガサガサと音をたてている。それがまるで会話を聞いて笑っているかのようにも感じた。少々、いや、かなり不気味だ。無意識に眉間にしわが寄ってしまう。


その時だった。


――燃える、燃える炎の色は、誰かの心の色


――冷えた青にも、情熱の赤にも変化する、魔物のよう


――深き情を燃え上がらせるのは、荒々しい風


――時に頬を撫でるそれは、まるで母のよう


――二面をもつのはわが心、どこへゆくのかわが心



「・・・歌?」


「あぁ、ローダばあさんだな」


少し低めの優しげなその声は、遠い昔一度会ったきりの祖母を思い出させた。葉音の中に紛れるように、その歌は響いている。


どこからの声なのか、周囲に目をやっていると、突然目の前の大きな木の枝が、

がさりと動いた。


「きゃあ!」


驚き、尻餅をつくと、隣でアルデロスが愉快そうに笑った。


「やぁ、ローダばあさん。俺だよ、アルデロスだよ」


『その軽口・・・マラスの坊かの?なんだ、おめさんかぃ。久し振りやねぇ』


枝が一本伸びてきて、アルデロスの頬をそぉっと撫でた。


「木が・・・木が喋った・・・?!」


尻餅をついたまま後ずさる私をアルデロスは可笑しそうに指さした。


「今回はこの子のお守りで来たんだよ」


お守りとは聞き捨てならない。


『ん?なら、その別嬪さんはもしかして・・・レビウス女王かぇ?』


少し、枝がざわついた。


つるのような柔らかな葉が、私の方にするすると伸びてくる。


私はすぐに違うと言おうとしたが、それよりも先にアルデロスが口を開いていた。


「あぁ。青海人としての名は新島空だ」


『なるほど。・・わしはローダリキュラ、ここの番人をしておる。皆はローダと呼ぶ』


つるが握手を求めてきた。


「空です。宜しくお願いします」


優しそうな老婆の声に、思わず挨拶を交わしてしまった。不覚、と感じながらも悪い気がしないのも確かだった。全く調子が狂う。


少しムッとした顔で立ち上がると、アルデロスを睨みつけた。


「何自然な感じで人の事をレビウスって紹介してんのよ。私は空だって言ってるでしょ」


「真実を言って何が悪い。お前はレビウスだろ?」


真実じゃないと思うから、突っ込みを入れているわけだが、その辺この男は理解しているのか。


少々半眼気味でみやる。


「だいたい、私はここの人間じゃないんでしょ。その青海とかいうとこの人間なんでしょ!?なのにどうして私が王様なのよ!!」


アルデロスの顔面に向かって、びしっと指をさして言った。


指された本人は面倒くさそうに、溜息と共に指を払いのけた。


「あのな、人に向かって指をだな・・」


「質問に答えなさい」


「・・・・まぁ、いいか。そもそもな、5つの国の王ってのは死んだらその後生ま

れ変わるんだ。」


「生まれ、変わる?」


「そう。お前の育った青海人の世界にな。そして、成長と共に己が何者であったか、先王までの記憶を思い出していく。そうして、ある程度成長した暁にスノウが迎えに行き、こちらの世界に渡ってもらうんだ。だから、大抵の王はお前みたいに取り乱さない。最初から自分が何者であるかを知って育つからな。むしろ故郷に帰れた気がしてんじゃないかな」


――故郷に、帰る


内心どきっとした。だって、その感覚が無かったわけでもないから。

誕生日が近くなって感じていた感情が、それではないのか。ここが自分の居場所ではないかのような、あの感覚。もしかしたら、このせい?


「で、でも、私が確かにレビウスだって証拠にはならないんじゃ・・・」


「それは間違いない」


はっきりと断言された。


「なんで、そんなはっきり・・」


「当たり前だ。スノウが見つけたんだから。スノウはこの世界のルールで、唯一生まれ変わった国王を見つけて来れる人物だ。それに、お前に至っては顔が先代

に似てる。間違いようがない」


残念でしたー、と舌まで出して言う。途端に、考えるよりも先に手が出た。

ばしん、という音が響いたと思ったら、次の瞬間、そこには頭を押さえて蹲るア

ルデロスの姿があった。


「・・ってぇ、何すん」


「ムカツク」


「はぁ!?」


「ムカツクって言ったの!あなたはどうしてそう人の神経逆撫でするような言動しかとらないのよ!この馬鹿!!」


さらに一発、今度は拳骨を脳天に叩き落とす。


「っっっ!だから、やめろって!!」


もう一発振り下ろそうとした私の腕を、アルデロスは容易く受け止め拘束した。


腕を握る手は強く、それでいて痛みを感じさせない、絶妙なパワーバランスだった。


そのさりげない好意も、今の私には沸点の材料でしかなく、むかつきは更に強まった。もう一方の手で反撃しとうと、振り下ろそうとした、その瞬間だった。


一本の蔓が素早く両者の間に振り下ろされた。


地面に蔓が激しく叩きつけられ、軽く高めの音が響いた。


『喧嘩はやめんしゃい。喧嘩は』


ローダの険しい声が聞こえた。


顔はなくとも、不快に感じていることはそれだけで伝わった。私達は互いに距離

を置くかのように、後方に飛びのいた。


そんな私達を見て、ローダはくすくすと葉を揺らした。


『・・・まったく、喧嘩する程仲が良いとは言うけれど、何十年経ってもおぬしらは変わらんなぁ。いやはや、仲が良いの~』


ローダが葉をざわつかせて笑う中、アルデロスの顔から表情が一瞬にして無くなった。


(え・・?)


「何のはな」


「ローダばあさん、俺たち先を急いでいるんだ。話の続きはまた今度な!行くぞ、レビウス」


そう言うと、返事を返すよりも早く、アルデロスはローダに踵を返し歩き出した。


アルデロスに着いて行くかどうするか、わたわたとする私を、ローダは優しく蔓で撫でた。


「あのっ」


『口が滑ったねぇ。すまないね、わしの口から語られるべきことでは無かったよ。いずれわかる。だから、今は聞かんでくれるかい?』


「いずれ?」


『あぁ、いずれ・・・・』


そう言うと、ローダは静かになった。まるで普通の大樹のように、ただそこにいる存在に戻った。


私はただ、ぼうっとローダを見上げていた。燃えるような紅のその葉は、先ほどまで優しさを感じた。でも、今ではその優しさの中に悲しみが感じられた。いったい何が、この悲しみを呼んだのだろう。わかない。


「おい、レビウス。完全に日が沈む前にここを出るぞ。早くしろ」


既に公道の遥か先に進んでいたアルデロスの声によって、思考は中断された。どこか固いその声に先程までの優しさはなく、少しの気まずさがあった。

私は一度頭をふるふると振って、よしっと声に出して気合いを入れた。足をアルデロスの方に向け、歩き出した。


ここで色々悩み、考えたところで答えが出るわけでもない。ひとまずは状況を把握し、りのと合流するのが先決だ。そう考え、歩く足をより一層速く動かした。あっという間に、先を行っていたアルデロスに追いついた。


「急ぎましょう」


「いや、それ俺の台詞」



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