2章 戦火の広がる地2
扉はゆっくりと開き、1人の人間を招き入れた。
(誰・・?)
考えてもわかるはずもないのだが、反射的にそう思った。
その人は中に入ると、丁寧に扉を閉めなおした。驚きなのは、あんなに重い扉を
片手で動かしていたことだった。
「ふぅ、やっと着いた。やれやれアノンもだいぶ物騒になったな。これは先が思いやられる。」
少し低めの声だった。明らかに男性だと思った。
男は漆黒のローブを羽織っていた。しかし、せっかくのローブは埃や泥だらけであった。道中大変であったことはすぐに察しがついた。
パンパン、とローブの埃を叩き落とすと、男はフードを取った。中から現れたのは見事な金髪だった。それだけがキラキラと輝いているかのようなブロンドは、勿体ないことに短く切り揃えられていた。
(うわ・・キレー)
見とれていると、男はこちらに気が付いたのか、ばっちりと目があってしまった。
「あ」
深い黄金の瞳、しかしまるで蛇のように鋭く、こちらを射抜く。
頭の奥で何かが弾ける音がしたのはほぼ同時だった。
「・・・・アルデロス」
自然に。そう、本当に自然と口から零れた。
「え?何で俺の名前知ってるんだ?」
男――アルデロスは驚愕し、速足で私の方へと歩いてきた。
私はというと、全然知らない単語を口走り、パニックになっていた。
あわあわとする私にアルデロスは顔を近づけ、再度尋ねてきた。
「おい、何故知っていると聞いているんだ。」
「い、いや・・なんとなく。口からぽろっと出たというか、なんというか」
「お前、何言ってんだ?」
意味をなさない言葉に、彼は不思議そうに首をかしげた。
それよりも、だ。
(顔!顔近すぎる!)
先程までは暗くてよく見えていなかったが、近づいた今ならわかる。コイツ、美形だ。しかも相当な。まるでモデルのようにバランスの整った造形に、思わず頬が赤くなった。こんなイケメンと至近距離で接したことなど人生で一度たりとなかったからだ。しかも、身長も180㎝はあるかと思わせるスタイルの良さだ。妙に緊張してきた。
必死に目線をそらしていると、アルデロスは何か合点がいったように「あぁ!」と叫んだ。
その声が大きかったため、私はまたもや飛び上がった。
「・・・・な、なに??」
「お前、もしかして今代のレビウスか?」
くいっと私の顎を捉え、無理やり視線を合わせられる。
その動作が地味にイラつき、私は睨みかえた。
「そう言われたけど、私の名前はレビウスじゃない。新島空よ」
相手が敬語を使ってこないため、ついタメ口をきいてしまった。しかし、向こうも失礼なのだからチャラだと考えることにした。
アルデロスは黙ったまま、私を観察し続けた。その間、自分の心臓の鼓動が妙に大きく聞こえていたのは気のせいではないだろう。あまりにも見つめてくるから、思わず、私もその瞳を見つめてしまった。
突然、世界が凍り付いたように感じた。
(え?)
彼の瞳から目が離せなくなった。それどころか、指一本動かせない。黄金のその奥にある何かに吸い込まれるような感覚がした。
「おい!大丈夫か!?」
「ほぇ・・?」
いつの間にか、私の体はアルデロスの腕の中にすっぽりと収まっていた。
一気に目が覚めた。
彼の胸板を跳ね飛ばし、慌てて距離を取る。
「ぐ・・・何をする。一瞬息が止まったぞ」
「自業自得」
はぁはぁ、と息は乱れっぱなしだ。
「まぁ、そうだな。今のは悪かった」
「年頃の女の子を抱きしめたこと?」
「違う、その前。てか、抱きしめてない。支えただけ」
じとっと非難気な視線を浴びせてくる。
「くせなんだよ。俺の瞳にはある種の催眠効果があって、ずっと見つめていると
相手の動きを止められるんだ。戦場では役に立つんだけど、普段はな・・・」
やれやれといった面もちで、長椅子の背もたれに両手をついて寄り掛かった。
なるほど、妙な感覚の原因はあんたか。
(・・て。なんで納得してんの!?私!!)
催眠効果って、一般人にそんな能力ない。ということは、特殊能力か何か?当然、信じられるはずもない。なのに何故だろう、この人とは初対面ではない気がした。
瞳を直接見ないように、じろじろと眺めた。
「あなた・・・何者?」
「え、なんで聞くんだ?俺のこと知っているんだろう?」
「だから、無意識だって言ってるでしょ。あなたなんか知りませんよ」
いい加減にしろ。スノウといい、この男といい、なんで揃いも揃って「覚えてないの?」みたいな反応をしてくるのか、わからなかった。
「無意識ねぇ・・・、まぁいいか。俺はこの国の人間じゃない。というより、人間ですらない。」
「え」
「俺は《神》。マラスの神だ」
《神》。英語でGOD。信仰の対象。・・・の神!?
「冗談言ってる?」
「なんでこんな大真面目に冗談言わなきゃいけないんだ。お前、本当に何も覚えてないのな。迎えに来て正解」
言いながら大きくため息をつく。
「迎え?何の?」
「だから、今日この場所に新しいアノンの王が来るっていうから、わざわざ迎えに来たの。感謝しろよ?通常他国の神が出迎えなんてしないんだから。アノンとマラスが同盟国だからするんだからな」
ふふん、と鼻で笑って、ドヤ顔をした。
いや、だからそんなドヤーって言われても、
「私、友だちと一緒に早く帰りたいんだけど」
「あぁ、だからちゃんと一緒に連れて帰るって。」
「ほんと!?」
「お前の城にな」
最後の一言にがくっと肩を落とした。
「どうした?レビウス」
「違う、空。」
「違わない、お前はアノンの女王レビウスだ。」
「違うったら違う」
「スノウが王を間違えるはずもないし、よくよく見たらお前先代に少しだけ似てるしな。間違いない。じゃあ。行こう」
嫌だと反抗するのも無視し、アルデロスは私の手を取り、勝手に扉の方へと歩き出した。
「お願いだから離して!私は友だちを探さなきゃならないの!」
ぶんぶんと腕を振り回すが、相手の力は強く、一向に引きはがせなかった。
そうこうしている内に、あっという間に外に連れ出されていた。あの嫌な風が吹き付ける、と思ったら想像していた風は吹いてこなかった。正確には防がれていた。
「・・・これって」
「あぁ、俺は魔術の神だからな。こんなの呼吸と同じだ。簡単なもんさ」
風が自分たちを避けていく。なんて、小説の中だけだと思っていた。今目の前では実際に、風が見えざる壁を避けるように吹いていた。魔法。認めざるをえない。
ゆっくりと、アルデロスを見上げる。
「安心しろ。お前の友だちもちゃんと探す。だから今はついて来て、レビウス」
ニッと笑うその顔は現状に似つかないほど爽やかで、思わず唖然とした。
「さぁ、いざ王都ヘキアの王城へ。参ろうか、女王様?」
見知らぬ土地で、見知らぬ人々に出会った。
差し出されるその手は、知っているはずもないのに、
そのぬくもりは、どこか暖かくて
私はどこかで感じたことがあると、1人、確信した。
「なんでそんな顔赤いんだ、レビウス」
「赤くないし、レビウスじゃないし」
「ちょっと、先行くなよ。道解んないだろ、レビウス」
「違う、黙れ、来るな」
「でもなー」
「あーーっもう!」
こうして私はアノンに、この世界にやってきた。




