大悪魔シトリー、序列十二位の恐ろしさ
「冷泉先生!!」
絶望していた宇田川の瞳に光が灯っていく。
冷泉は自身の能力が充分戦えるものだと確認すると一人で先に駆けて来ていた。
「宇田川君は無事みたいですね!
ネクラ君は!?」
「……そのイントネーションだと悪口にしか聞こえないけど……小生も生きてはいます……」
「……ネクラ君は足を……ッ!」
冷泉は類家の両の腕の先が無い事を見ると目を見開く。
「……俺は大丈夫ですッ!!早く二人を連れて撤退を――」
「逃がすわけが無いにゃ」
――ザシュ。
何時の間にか宇田川の目の前に立っていたシトリーは左手を横に薙ぎ払う。宇田川は目の前が真っ暗になり、何が起きたのか理解出来ずにいた。
「――宇田川くん!!」
冷泉の声に、ただならぬ事が起こっているのは理解出来た。視界が何も無いまま、ゆっくりと後ろへと倒れていくような感覚……。目の周りが熱く、煮え滾るような感覚を得て初めて認識する。
『両眼を一瞬で抉り取られていた痛み』
「〜〜〜ッッッッ!?」
声にならない声を漏らしながら地面へ倒れると海老反りで藻掻く。
「ちゅ♡ぺろぺろ♡綺麗な目ん玉にゃ♡
あむ♡もぐもぐ♡美味しいにゃ♡」
あまりにもグロテスクな光景に思わず根倉は吐瀉物を吐き出す。
「にゃー。きったないにゃ。
『きゅうくん』、あそこの不細工を殺すにゃ」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「何ですか!?地震!?」
「……ッ!?あ、アレは……?」
類家と冷泉は絶望した。そんな事が、こんな事があっていい筈が無いんだ。
遠くに見えていた『山』が。
『山だと思っていたモノ』が。
大きな大きな瞳を見開き此方を見ていた。
「やっちゃうにゃ、きゅうくん」
山だと思う程に巨大なソレは立ち上がると更に大きくなる。
雲をも超える程の高さから見下ろしてくる、その単眼の視線の先には根倉が居た。
『きゅうくん』と呼ばれる化け物は巨大な左腕を根倉に伸ばしていく。
「ま、待っで!!小生は未だ死にたぐないッッッ!!だ、ダズゲデ下ざい!!」
きゅうくんは腕を止めた。
「はぁ……はぁ……あ……」
根倉は目を疑った。きゅうくんの単眼は弓なりに弧を描き、笑いながら左の手をOKの形にしていたのだ。
「!!あ、ありがどうございまず!!小生!!この御恩は一生忘れまぜ――」
――ピンッ
OKの形のままきゅうくんは手首を返すと、根倉目掛けて非情にもデコピンを放った。これ程までに巨大な手から放たれるデコピン。親指の支えから解放された人差し指は、降り注ぐ隕石の如く、強烈な威力とエネルギーを伴い根倉へ衝突した。
――ドォォォオオオオオンッッッ!!
インパクトの瞬間、その凄まじい衝撃は地面を抉り、衝撃波がシトリー以外の者を吹き飛ばした。
きゅうくんの爪が根倉へヒットした瞬間に根倉は絶命していた。全身の骨は砕け全ての臓器は潰れ、根倉は亡骸になっていた。それでも攻撃は終わらない。
強烈なエネルギーが根倉の亡骸目掛け収束していく。そして――
根倉の亡骸は雲を吹き飛ばしながら遠くの彼方へと消え去った。
「……っ!!さ、サイクロプス……?」
冷泉の後を追って走っていた綺更は誰にも聞こえない程の声量で呟く。とても最初の村の付近に出て良い大きさの魔物じゃない。
他の生徒達と六島、鰐淵も走りながらきゅうくんを見て絶望していた。
特に最後尾を走っていた鰐淵は冷や汗を流していた。
(不味い!!不味い不味い不味い!!私だけがこの中で完全な部外者……!!更には私の所為でこうなったと思われている……ッ!!何かあれば確実に真っ先に囮に使われる……!!何とかしなければ……)
鰐淵の頭の中には自分の保身しか無かった。
冷泉は根倉が飛んでいき、吹き飛んだ雲を見るとシトリーへと視線を戻す。
「……貴女は氷漬けにした筈なんですけど?」
「にゃー?避けようと思えば避けれたにゃ。
でもその必要なんて無いのにゃ」
シトリーは宇田川の眼球と類家の腕を食べ終えると、口許に付着している血を舌舐めずりした。
「だって――
――『氷使いが自分より弱い氷使いの氷から逃げる必要』なんて無いにゃ」
「――!?」
シトリーの吐く息が一瞬で白く色付き、息の端々に氷が煌めく。黄色の髪が白く染まっていく。すると肌も白く、服すらも青く変化していく。そしてシトリーの周りの地面から彼女の背後を覆うように、冷泉の氷の柱よりも大きく、多く、太く、低温の純白の氷柱が突き上げる。
「うちの、『雪豹形態』にゃ」
「そんな事も出来るんですね……」
今『氷』を使える冷泉だからこそ理解出来る。シトリーが自身よりも圧倒的に強い『氷』を扱う相手だと。
「ブスじゃ、うちの相手にはならないにゃ」
雪豹形態になろうと最速は健在だった。手足を、指一本すら動かす事無く、大量の純白の氷柱が冷泉を、類家を、宇田川を囲うように突き上がり3人を閉じ込める。
冷泉は破壊を試みるも、自身の冷気も氷の柱も純白に凍らされる。
「く……私じゃ勝てない……ッ!!」
冷泉の能力は『氷結』。モノを『凍らせる』能力。これは彼女の名前の『冷』と普段から氷を大量に入れた酒を呑んでいた事、挙げ句に氷をそのまま噛んで食べていた事から選ばれた能力。
それに引き替え、対するシトリーの雪豹形態の能力は純粋な『白氷』。
「氷」の能力に「冷やす」能力が勝てないのは至極当然。
シトリーが雪豹形態に変化する必要性は皆無だった。冷泉の能力が強力ならば完全に無効化出来るこの形態への変化は意味が有る。しかし、彼女は変化した。
それは、『遊び』。彼女は、この戦いを戦いだとは捉えていなかった。『一方的な狩り』。動物には狩りを娯楽のように行う種類が存在するが、シトリーも同じだった。
「うちは序列十二位の大悪魔にゃ。この位は簡単過ぎるにゃ。
ブスは『序列』の意味を理解してるのかにゃ?」
「……ブスじゃないですけど?まぁ美人でも無いですが……。
強さ、ですよね?貴女が十二番目に強いっていう……っていうか序列だとか初耳ですけど」
「にゃはは、やっぱり勘違いしてるにゃ。
悪魔の序列は『とある書物に記載された順番』に過ぎないにゃ」
「……?」
「分かりやすく言ってあげるにゃ。ブスの勘違いで言うなら――
うちの序列は『三位』。
七十二体の大悪魔が名を連ねる中で、うちは三番目に強いのにゃ」
「……っ!?」
「真っ白過ぎて見れないかにゃ?
見せてあげるにゃ」
そう、純白の氷が周りにそびえ立っていた為、外が見えていなかった。冷泉を囲う氷柱の一つの一部が砕け散る。それは冷泉の顔の高さに顔位の穴を作り出した。
冷泉がその穴から外を見ると、シトリーが宇田川の頭を握り潰した後だった。
「宇田川くんッ!!」
シトリーの白い腕からは鮮血が滴り落ちている。純白の氷柱と白く凍った地面に真っ赤な血が映えていた。
「弱いにゃ。三番目に強い大悪魔がどの程度か、分かってるのかにゃ?
うちだけで『世界一つ壊せる程の強さ』にゃ。
こんな弱い能力しか使えないブスには一生勝てないのにゃ」
シトリーは握り潰した頭を地面へ投げ捨てると、類家の元へと向かう。
「――ッ、待てッ!!待って!!止めて!!私と勝負してッ!!私は未だやれますからッ!!」
空いた穴から攻撃しようとするも、シトリーの氷が低温過ぎて冷泉の氷が瞬時に凍結し何も出来なかった。
ピキッピキピキッパキィィィィン――!!
類家を覆っていた氷柱が全て砕け散る。類家が破ったわけでは無い。只、只々冷泉に見せ付ける為の演出だった。
「……はぁはぁ、冷泉先生ッ」
類家は肘から先を失った痛みに耐えていたが、出血多量と凍える冷たさで痛みの感覚が麻痺していた。
「ッ、類家先生!!絶対私が助け――」
「礼華さん!!
……生徒達を。アイツらを宜しくお願いします」
名前を初めて呼ばれた。嬉しい筈なのに、涙が溢れ出る。
「うっ……!!
類さん!!諦めないで下さい……ッ。
私が――」
――ボトッ。
早すぎて、何が起きたのか理解出来なかった。シトリーの前に居た筈の類の……頭が……無い??
――ゴロゴロ……ぽすっ。
何かが冷泉の足に転がってきた。『それ』に視線を落として冷泉は号泣してしまう。
類の頭だった。
頭だけになった類は、片想いしていた礼華への愛情を籠めた表情のまま、絶命していた。
設定
冷泉 礼華 レイカ・レイゼン
能力『氷結』。『冷やす』能力であり、充分強力だが『氷』系統の中では最弱。
シトリー・ビトル=シュトリ
『序列十二位』は『とある書物に十二番目に記された大悪魔』であり、実際には『序列三位』の強さを誇る。
『雪豹形態』。息、髪、肌が白く、服は青く変化する。最速は健在。モーションや詠唱の類を用いずに大型の魔法すら使いこなす。能力は『白氷』。純白の氷は普通の氷よりも低温で相手の視界を遮る事も可能。
語尾が『〜にゃ』なのは猫要素では無く、チーターの鳴き声由来。
きゅうくん
綺更はサイクロプスと言っているが、『キュクロプス』の仲間。詳細は不明。山より大きい規格外の単眼魔物。




